9.マイヤー伯爵の終わり
やっとセシルとウィルが出会います!
ジャンの隊は正門に集まり、ウィルとレオンは馬に乗りすでに待機をしていた。
「よーし!俺の義妹を助けに行くぞー!」
もうすでに、ジョンの中ではセシルが自分の義妹になっており、ジョンはかなり意気込んで馬に乗り、ジョンの隊とウィルとレオンは王宮を出発した。
そんなジョンの様子を横目にレオンは呆れつつ、ウィルに少女のことについて尋ねた。
「ウィル、大丈夫ですか?」
「うん?何がだ?」
「いえ、ウィルは女性が苦手ですから、もし変な少女だったら私が対応しますから任せてください。」
全ての女性に紳士的に対応するレオナルドはジョンとは違った意味で、女性の対応に慣れていた。
「いや、大丈夫だ。それにこれは俺がフィルから頼まれたことだからな。急に抱きつかれてきたら、まぁ困るが・・・多分そんなことにはならないだろう」
「分かりませんよ、助けて王宮に連れ帰った後に、ウィルに言い寄るようになるかもしれません。」
「そうなった時はローエン侯爵にどうにかしてもらわなくてはならないな」
二人はこれから助けに行くセシルについてどんな少女かなどと話しながら、馬に走らせ続けた。
これから向かうのははドブリス・ファン・マイヤーのいるマイヤー伯爵邸である。
それは調査により、マイヤー伯爵が隣国に輸出するべきマイヤー領で取れる金を横領していたことや、セレスト王国の軍事情報を使い、贅沢品である絹を不正に取引していたことが分かったからだ。また、意味のない領民への増税や、出生証を提出せず少女を監禁し続けていたことも明らかとなった。
マイヤー伯爵の数々の不正発覚により、罪人として取り押さえるため、ウィリアムたちはマイヤー邸へと向かっているのである。
そして、ウィリアムたちがマイヤー伯爵邸へと到着した時、すでに日は落ち、あたりは静まり返っていた。
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マイヤー伯爵邸は隣国と金の取引を行っているため、セレスト王国の金山であるグラリア金山に近いところに屋敷が建てられている。そして、見る者からすれば下品と言われてもおかしくないほど、建物内のあらゆるところに金が使われていた。
現マイヤー伯爵であるドブリスは、これから自分の家を訪れる王太子たちのことなどつゆ知らず、熟成されたワインを片手に、次はセシルをどのようにして抱こうかと歪んだ笑みを浮かべながら考えていた。
この時、マイヤー伯爵夫人であるオリビア・フォン・マイヤーはすでにこの屋敷の中にはおらず、マイヤー邸の何人かの私兵とともに姿を消していた。
しかし、普段から妻に全く関心がなく、セシルと悪事を働くことにしか頭を回さなかったドブリスは、ワインを飲み終えた後、ギラギラと光る決して趣味が良いとは言えない豪華な椅子から体を起こし、セシルのいる塔へ行こうとした。
そのとき——————
バタン!
大きな音と共に武器を手にした騎士団員の服を着た兵達が屋敷の中へと雪崩れこんできた。
驚きで何が起こっているのか分からなかったドブリスは、机にあったグラスが割れる音にも気づかず、その中から現れた漆黒の髪と青い瞳を持った男を見て叫んだ!
「ウィ、ウィリアム王太子殿下!」
「あぁ、元気にしていたか、マイヤー伯」
「も、もちろんですとも!しかし、こんな夜中に兵達を連れて一体どんな御用で?」
「私が来た時点ですぐに分かったと思ったが、伯もまだまだだな」
「ははは、なんのことか私には皆目見当もつきません…」
ドブリスはチラリと階段の上にいるはずの雇っていた暗殺者に目をやったが、残念ながら見えた顔は暗殺者のものではなく、第一騎士団副団長のジョンであった。
「おーい!ウィル!こっちは全員取り押さえたぞー!」
「あぁ、ご苦労だった」
上から聞こえて来たジョンの声に労いの言葉をかけ、ウィルは腰を抜かして座っているドブリスを見下ろし、マイヤー伯爵の罪とその詳細、加えて国王の印である国璽が押してある紙をドブリスに見せながら言った。
「ドブリス・フォン・マイヤー、お前には金の横領に隣国との不正取引、軍事機密漏洩、出生証の未提出といった罪があがっている。大人しく指を咥えて処刑の日を待つんだな。」
「は、出生証?なんのことですかな?」
そんなことは知らないと言い募るマイヤー伯爵に、ウィルは鋭い眼光を放ちながら、喉元に素早く剣を突き付ける。
「ひっ!」
「お前の罪は全て明らかとなり証拠もあがっている。今更言い訳をするなんて見苦しい真似はやめるんだな」
突きつけられた剣に怯えるマイヤー伯爵を無視し、ウィルは近くにいる近衛騎士に「連れて行け」と素早く指示を出した。
そして罪人に対し冷たい表情で淡々と行われていくそれは、まさしくウィルが冷酷な王太子と呼ばれるにふさわしい光景であった。
伯爵を捕らえた後、事情聴取のため探していた伯爵夫人であるオリビア・フォン・マイヤーがいないという報告があり、ウィルは逃げたかと舌打ちをしたが、今回の件に関与している証拠は見つかっていないため、見つけたら確保するようにとだけ指示を出し、ジョンと共に少女が囚われている塔へと急ぎ走った。
「あ、ウィル、こちらも今ちょうど掃除が終わりましたよ。」
「ああ、レオンもご苦労だったな。」
塔の周りを囲む兵を任されたレオンは、数十人の兵を、一人でさっさと片付け、ウィルとジョンが来るのを待っていた。
「ここにいるんだな」
「フィルの言葉が嘘でなければですがね。」
「あぁ!早く会いたい俺の義妹!」
一人全く緊張感のない言葉を発するジョンを無視し、三人は塔の中へと足を踏み入れた。
塔の中には螺旋階段があり、外からの薄暗い見た目に反し、階段などはきちんと清掃されていて、埃っぽさはあまりなかった。階段の長さ短く、塔の三分の一のところで終わっていた。そしてその横には鍵が六個以上はついた扉があった。
三人は階段を駆け上がり、扉の前に着くとその鍵の数を見て驚いた。
「なんですか、この鍵の数。無駄としか言いようがありません。一個でも十分でしょう」
「そうまでして外に出したくなかったってことか?どうするんだ?この鍵。屋敷戻って侯爵の部屋から取って来るか?」
「必要ない」
そう言ったウィルは、腰に下げてあった剣を鞘から引き抜き、思い切り鍵を叩き切って、扉を蹴り破って中に入った。
「わー、豪快だなぁー!」
「まぁ、ここはどうせ壊されるんですからいつ壊しても同じですしね。」
ジョンとレオンが感想を言い合う中、部屋に入ったウィルは完全に固まっていた。
扉を開けで入った先には大きな天蓋つきのベッドに横たわる小さな人影が見える。塔の中は暗いためよく見えないはずなのだが、ウィルにはその少女が横たわる部分にだけ光が差しているように見えた。
ウィルは近づいていくにつれて、少女が寝ていることに気づき、顔がはっきりと分かる位置まで来ると、その、真っ白で今にも消えてしまいそうなほど儚く、華奢でありながら女性らしさが目立つ体をした美しい少女を見て目を見張った。
しかし、すぐに少女の着ている服がとても薄く、肌が透けて見え、肩や太腿から下もほとんど見えていることに驚き、ウィルは顔を赤くしながら急いで足元にあったシルクの毛布を美しい少女の体に巻き付けた。
そのことで、さらにウィルは驚くこととなった。
少女の手や足からじゃら、という音が聞こえ、音がした方を見ると、綺麗な体には似つかわしくない大きな鎖がつけられていた。
ウィルは急いで剣を抜き、鎖を四つ全て切ると少女を持ち上げ、慌てた。
少女の体が羽のように軽く、呼吸音が聞こえなかったからだ。急いで少女の脈をとり、呼吸を確認すると熱くなった少女の体を抱きかかえ、ジョンとレオンに指示を出した。
「ジョン!急いで馬車を用意してくれ。すぐに帰る!」
「え、どうしたんだ?急に?」
「この子、熱がある!呼吸も途切れ途切れで脈も弱い!急がないと手遅れになる!」
「分かった!!」
ジョンは少女の状況を知り、王宮へ急いで馬車を呼び、帰る準備をした。
「それからレオン!一足早く先に帰って、王宮に部屋の用意と、マーガン先生を呼んでおいてくれ!」
「分かったよ!」
そして、レオンは他の人たちより早く、一人王宮へ猛スピードで馬を走らせ、通常なら二時間かかる道を一時間で着いた。着いてすぐにレオンは王国一の医師であるマーガン先生を呼び、これからウィルが連れて来る少女を治療するよう伝えた。
ジャンの用意した馬車に乗ったウィルは美しい少女を腕の中に抱きかかえながら、王宮に着くまでずっと、心の中で少女の生存を願っていた。
書いているとき自分でハラハラしてます!