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レラシオン~時の使者~  作者: 時々
勇者と魔王編
3/19

時の魔法の残滓

 しばらく何年か旅をしていたとき、ある町で僕たちはいかにも無害なおとなしいそうな青年に話しかけられた。


「あの、町がモンスターに襲われていて。助けてください、旅の方!」


 青年の声に対して、根っからやさしい瀬奈は青年の声に真剣な顔をして詳しい事情を聞き出そうとする。


「場所はどこですか? モンスターの規模は?」


「ここから半日ほど離れたところにある町です。400ほどのモンスターが人を襲っている。俺はそこから逃げて来ました! そっちのお兄さんは強いだろう? 彼女は俺が後から町に連れていきますから、お兄さんは今すぐ向かってくれませんか? 頼みます! 俺の家族もいるんです!」


 僕は、青年の切羽詰まった声を聞いてどうしようか迷う。瀬奈をここにおいていくのも不安がある。そんな時、瀬奈も懇願するように僕に頼んでくる。


「私は大丈夫だから! この人たちの町を救ってあげて」


 瀬奈はやさしい。こう頼んでくるのも1度や2度ではなかった。だけど今回はなにか胸騒ぎがする。だが戦う力がない瀬奈を一緒に連れていけるわけもなく、頼みを断れるわけでもない僕はうなずくしかない。


「わかった。すぐに戻ってくる。……瀬奈のこと頼みます」


 そう言って僕はすぐ例の町に向かって走った。青年の顔に浮かぶ残虐な笑みに気づかずに。


 いつまでたっても町が見えてこない。それにおかしい。かなり速い速度で走っているのに一体のモンスターすら感知できない。それにまだ胸騒ぎがする。一度、瀬奈のところに戻るか。そう思って僕は青年と出会った場所まで戻るがそこには誰もいない。


「道は間違っていないはずだ。それになんだこの足跡は? 瀬奈と青年のものにしては数が合わない……まさか」


 慌てて知覚範囲を伸ばすが見つからない。そして僕は気づく。あの青年に騙されたことに。自分の浅慮さに吐き気がする。いつも瀬奈と一緒だったから、そばで守っていたから油断していた。後悔しても遅く時間ばかりが過ぎていく。“時の精霊”の力も借りて数日かけて瀬奈の生命力を感知した僕はその生命力がだんだんとなくなっていくのを感じながら全力で向かった。

間に合ってくれ。彼女を僕から奪わないでくれ。頼むよ。僕の、僕の大切なヒトなんだ!


「……あ」


 声が出ない。その光景は僕の望んだものじゃない。認めたくない。

 彼女はいた。必死に抵抗したのだろう。力ずくで破られた服の破片があたりに散らばっている。彼女はうつぶせになって力尽きたように倒れている。

 なにより僕の目を引いたのが彼女の体から生えている武骨な剣。

 彼女を取り囲んでいる男たちが、言葉を失い呆然とその場に突っ立っている僕に気づき馬鹿にしたように笑いながら話しかけてきた。


「お! 今頃来たのか。ずいぶんとおそかったな。俺様たちがせっかく楽しんでから奴隷にいてやるっつったのに抵抗しやがるから思わず殺っちまったぜ」


「おいらたちのような貴族の奴隷になるんだから感謝してほしいだったんだがなぁ」


 貴族だと思われる男たちが好き勝手に話す中、ある一人が僕を見て何かに気づいたように目を丸くしながら言ってきた。


「お前、もしかして落ちこぼれじゃあねぇか! この女知り合いかぁ? 傑作だな! 騙されたあげく女一人守れねぇとは。あんまり笑わせてくれるなよ……なあ! 弟よ!」


 そう言いながら近寄ってくるのは僕の“元家族”らしい。


「コイツ、きれいな肌してたなぁ。もっといじめてやりたかったぜ!」


 うるさい、うるさい、うるさい。


「恫喝しても何一つ文句も言わねぇ。気丈な顔を見ているだけでそそられたぜぇ。こういう女を無理やり従わせるのが一番おもしろいんだよなぁ! そうだろお前ら!」


「ああ。最高だったぜ! ただあんまりにも強情だったせいで勢いあまって殺しちまったけどよ。あーあ、もったいねー」


「ぎゃはは! その通りだぜぇ!」


 いい加減、黙れよ。お前ら。ああ、なんで彼女だったんだ。瀬奈は本気で町のこと心配してたんだぞ。それを……平気な顔して、裏切りやがって!

 憎しみが。忘れていた、僕の中にある本来の怒りが。僕を蝕んで心の中から汚染していく。


「死ね」


 最初からこうしておけばよかったんだ。敵対するものは全て壊して、殺して。ずっと彼女を僕の傍で守り続ければよかったんだ。


「うあっぁぁぁぁぁぁぁ!! 何でお前らは僕から奪うんだぁぁぁl!!!」

「お、おい! さっさとソイツを殺っ――」

「死ねよゴミがぁぁ!!」


 笑っていた男たちの顔が驚愕に染まって首から上が飛んでいく。瀬奈の周りにいた男たちと僕の兄だったものの体から真っ赤な血が飛び出てくる。いつの間にか僕の手にある黒い刀は、漆黒の刀身に一筋の深紅を垂らしていた。

 何度も何度も何度も奴らの身体に刀を突き刺す。怒りのままに切りつける。   

 紅いシャワーが僕と瀬奈に降りかかる。そこでふっと我に返り瀬奈に駆け寄った。彼女の体を上に向けさせ腕で抱える。服ははだけていてほぼ全裸。髪は光沢を失い乱れている。

 

 僕がもっと早く来ていれば。瀬奈を守れるのは自分だけだったのに。後悔ばかりが胸を締め付けてくる。そんな僕をあざ笑うかのように降り出す雨。僕の目から出てくるしずくは雨かそれとも。

 うつむいている僕の頬に触れる柔らかい感触。驚いて視線を向ける僕に移る笑顔。

憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い

憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!!!

僕の最愛のヒトをこんな姿にしたこの世界が!!!! なのに……


「こほっこほっ……こわい顔……しないのっ。あなたには似合わないよ」


 せき込んでつらいはずなのに、やさしく僕に向けられる慣れ親しんだ笑顔。その笑顔だけで僕の憎しみは瞬く間に鳴りを潜めていった。残ったのは深い深い後悔だけ。


「僕の! せいでっ。君は……!!!!」


 悔しくて言葉がつながらない。彼女になんて声をかければいいのか分からない。僕は君を守れなかった。ただただ謝り続けることしかできない。


「それでも、来てくれてうれしかったぁ。最期を……ごほっ」


 彼女から流れ出る血が止まらない。


「―――と一緒に旅するのたのしかったぁ。私いつも一人だったから……。――がいつも隣にいてくれて……。一緒に笑って。一緒においしいもの食べて。だから心残り、ないんだよ……」


 嘘つき。だって君はまだたくさん行ってみたい場所があるって言ってたじゃないか。


 つらそうに言葉をつづける瀬奈。しかし僕には絶対に笑顔を崩さないようにふるまう彼女を見て、僕の目から透明なしずくが流れ落ちる。心の中で祈る。決して届かないと知りながら。


 やめてよ。もうしゃべらなくていいよ。これが最期みたいに言うなよ。頼むから。

 間に合わなかった僕を責めてよ……


「あ、やっぱりちょっとだけ心残り……あったよ! 今まで言うタイミングがなくて。でもなんでだろ? 恥ずかしかったのに、こんな時に限って言える気がする」


「なっ、なに? 僕にできることならなんだってするから!」


「耳……貸して?」


 僕は彼女の口元に耳を当てる。かすかな、しかしか細い吐息が彼女の“時間”がわずかなのだと、僕に教えているようだ。


「あなたと出会ってから、ずっと好きだった。もっと一緒にいたかった……!! でもあなたが生きていてくれて、うれしい。あなたの幸せを心から応援しているから。またいつの日か……あなたと出会えますように」


 そんなこと言われたら、未練が残ってしまうじゃないか。また僕を覚えている君ともう一度話したいっていう、叶わない願望を抱いてしまうじゃないか。

 彼女の瞼が落ちる。僕の腕の中で増す重さ。彼女はまだ何か言っていたが、僕にはもう何も聞こえない。

 僕は消えていく一つの命を感じながらずっと言えなかった思いを口にする。


「僕も瀬奈のことがずっと好きだったよ。君が僕のことを忘れても僕の心には君が永遠に……」


 さようなら。さようなら、瀬奈。



♦♦♦



 彼女をお姫様抱っこして誰もいない草原に僕は来ていた。

 僕は彼女の死を拒絶する。今まで多くの人の死を目の当たりにしてきたのに瀬奈にだけこれを使うのは僕のわがままなのだろうか


「アイオーン。“死の反転”を使う」


 僕は契約精霊であるアイオーンに話しかける。“死の反転”という魔法は“時魔法”の中で深淵に位置する禁じられた魔法の一つ。蘇生魔法であり、奇跡の魔法でもあるが代償が伴う魔法。


「マスター。よろしいのですか? それを使ってもマスターの記憶は彼女にはありません」


 アイオーンの言う通り、この魔法を使えば瀬奈の中から僕は消える。禁じられた時魔法を使うとき、僕は消えなくてはならない。


「たとえ、僕の記憶がなくても彼女の笑顔がみたい。もう一度話したい」


「分かりました。そのほかにどんな影響がマスターに及ぶか分からないと忠告してもやめないのでしょう? 私も何年もマスターと一緒にいるからわかります」


「いつも苦労を掛けてすまないな。ごめん」


「謝らないでくださいマスター。私はマスターのものなのですから。あなたと一緒の道を歩めれば私は幸せです」


 アイオーンと僕は一つの魔法を発動させる。僕にだけ使える魔法。”時の魔法”を極めたものにだけ許される奇跡。


「時は無限。示される“生”と“死”。我、汝の境界線を破壊する“死の反転”」


 瞬間、腕の中の瀬奈の体が淡く光りだす。彼女の“時”が戻っていく。服も傷も何もかも彼女のありとあらゆる時間が巻き戻っていく。

 やがて呼吸を取り戻した彼女がゆっくりと目を開く。僕にお姫様抱っこされたままの体制で。


「きゃああ! あなた誰!?」


 びっくりした様子で僕の腕から飛びのく彼女を見ながら、こみ上げる気持ちを必死に隠して声をかける。


「はじめまして。あなたが森で倒れていたので入り口まで運ばせてもらいました」


 そう。ここは彼女と初めて会った場所


「そうなの? じゃあ助けてくれたんだ! ありがとっ」


 そう。僕はこの笑顔が見たかったんだ。


「あなたの名前を……教えてくださいますか?」


 瀬奈、あの時と立場が逆だね。今度は僕が名前を聞く番。でも、僕は名乗れない。ごめんね。


「そっか。まだ名乗っていなかったね! 私の名前は瀬奈っていうの。士同瀬奈だよっ! よろしくね。ここで君は何してたの?」


 ここで僕は君に助けてもらったんだ。ここで君に出会って、僕はとても幸せでした。


「実は僕の大切な、とても好きなヒトに告白してきた帰りだったのです」


 僕は君が好きだ。


「わあ。そうなんだぁ! ロマンチックだねー。私も告白されてみたいな~」


 僕としてはもう一度チャンスがほしかったけど。残念ながら時間がない。


「でも……彼女、恥ずかしかったみたいで。またいつか返事するって言いながら走って行ってしまいました」


 もう会うことはない。


「そうなんだ! もったいないなーその子。こんなにかっこいい男の人に告白されて逃げちゃうなんて。私だったら一発OKだよ!」


 彼女の冗談にちょっとドキッとする僕。


「でもいつかまた会えると信じてるので。それまで、ちょっとの間離れるだけですから」


 目の前の瀬奈でない誰かに話しかけるように話す僕にちょっと不思議な顔をしながら目の前の瀬奈が顔を寄せてくる。


「う~ん……。どっかで会ったことないかなぁ、私たち。似ている気がするんだよね~。あの森であった少年に……あれ? あの森ってどこだったっけ? あれ? 思い出せない!? あれ?」


 突然そんなことを言いながら混乱しだす瀬奈。不意に彼女の目から涙がこぼれる。


「あれ? なんでわたし、涙なんか……」


 僕はそっと自分の気持ちに嘘をつき混乱する彼女に近寄った。

 肩をそっと抱きしめて。


「まだ本調子ではないのでしょう。森で倒れていたので。ここから北に1時間も歩けば町が見えます。悪いけど僕は一緒に行けないから」


そう言って彼女に背を向ける。これ以上彼女と話していたらきっと。


「うん! 助けてくれてありがとう! また会おうね―――!」


 最後、呼びかけられる僕の名前。僕は彼女に名乗っただろうか? 驚いて振り向く僕に、まぶしくて、やさしくて、大好きな彼女の笑顔。手を振りながら遠ざかる彼女をその背が見えなくなるまで見送った。



♦♦♦



「マスター……。もう彼女はいません」


アイオーンが人化しながら僕の前に現れ、そっと抱きしめてきた。


「よく我慢しましたね。もう泣いてもいいのですよ」


 精霊でも女性に抱かれて泣くのは恥ずかしい。だけどもう我慢の限界だ。この選択に後悔はしてない。してはいけない! する資格が僕にはない! あの時間に合わなかった僕はこれ以上を望んではいけない! 頭ではわかっている。理解もしている。だから我慢していた。だがどうやらアイオーンにはバレバレだったらしい。こんな意思の弱い自分が嫌いになってくる。弱みなんて瀬奈と出会ってからただの一度も見せたことなんてないのに。


 情けなくて、みっともなくて、顔すら上げられない。

 でもそんな僕をやさしく抱きしめてくる、その温かさに不覚にも僕は温もりを感じてしまって甘えてしまう。


「――――!!!」


 声を必死で押し殺して泣いた。今までで一番泣いた。もう叶うことがない想いを胸に抱きながら。

そんな僕をいつまでも見ていてくれる精霊をそばに感じながら。



 もうすっかり時間がたって夜遅く。森の入り口で僕はアイオーンと向かい合っていた。

 僕の体は禁じられた魔法を使った影響か、うっすらと透けている。


「僕はどうなるのかな」


「おそらくは別の世界に強制転移させられると思います」


「そっか。僕はまた、追放されるんだね。今度は世界から」


 寂しいな。でも


 たとえ君の心に僕がいなくても

 僕の心に君はずっといるから

 だからさみしくない

 いつかまた会える日まで

 いつか僕の方からこの想いを君に



 僕は一人の少女を思いながら最後の想いを口にする。


「僕も君が応援してくれたように君の幸せを心から応援している。さよなら瀬奈」


 煌めく“時の魔法の残滓”。その天に届くほどの……しかしどこか儚い奇跡の光ははたして彼女の目に届いたのだろうか。


 ああ、消えたくない。まだ君と一緒にいたい。もう一度僕は――――





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