雨の中、色づく世界
これは思い出。灰色だった世界はあの瞬間から色づいた。
それは短く儚い光だったけれど、確かに僕を変えた瞬間。
出会いで人は変わる。
僕には守りたい人がいた。
至同 瀬奈。僕の恋人。
世界でたった一人、僕の存在を認めてくれた人。
この世界には人間以外に精霊と呼ばれる存在がいる。その精霊と契約することで人々は様々な超常現象を引き起こすことが出来た。
そして僕の生まれた家は“炎の精霊”を奉る銘家。
歴代で数々の偉人を生み、そのすべてが“炎の精霊”と契約した者たち。
ゆえに“時の精霊”と契約してしまった僕は恥さらしとして追放された。当時僕は5歳だった。
神様は酷い。なんでこの世界を平等で埋め尽くしてくれないのだろう。
なんでいらない存在をわざわざ作るんだろう。
僕は特別な才能なんて望んでいなかったのに。
ただ普通にみんなと同じで良かったのに。
失意のまま森をさまよい、モンスターから逃れながら食いつないでただただ生きて10年。
もう何も感じない。家族の顔なんて忘れてしまった。
そんな時出会った。
雨の日、僕が森の入り口付近にある小屋で雨宿りをしていたときのことだ。
「君、こんなところで何してるの?」
声がした。久しぶりに聞く人間の声。
「だれ?」
「ああ、自己紹介してなかった。ごめんね! 私の名前は瀬奈っていうの。士同瀬奈だよっ。よろしくね。あなたの名前も教えてほしいな!」
綺麗、なのだろうか。僕には分からない。黒髪の女性。
「僕は……僕の名前は……すみま、せん。忘れちゃった。人と……話すのも……ずいぶん久しぶりで。
こんな……風に、片言でしか……話せなくって」
喋るのがつらい。のどが焼き切れそうだ。のどが切れて血に味が僅かにする。それでも僕は喋ることをやめようとは思わなかった。
「そうなんだ。でも名前が思い出せないって不便だね。君のことをなんて呼んだらいいか分からないよー!」
「そんなこと……僕に言われても。………困っちゃうな」
「親は? お父さんとかお母さんからつけてもらったんじゃないの?」
その言葉を聞いて僕は苦笑することしかできなかった。
だってその人たちに捨てられたのだから。
でも今更憎もうなどとは思わなかった。
ただ少し悲しい気持ちになった。
「僕は、捨てられた。5歳の時に。出来損ない……だから。でも」
「捨て、られた? そんなっ、どうして!? 出来損ないなんて理由で自分の子を捨てるなんて信じられないっ。 そんなの親がしていいことじゃない!」
次の瞬間、彼女は心の底から本気で怒ってくれた。それが僕には不思議でしょうがない。いや、わかる。これは同情だ。きっと彼女はとても優しい人に違いない。
「ねえ。瀬奈、さんは……この世界が……好きですか?」
僕の急な質問に、彼女は目を丸くする。でもはっきりと彼女は言った。
「好きだよ。私はこの世界が好き」
その言葉を聞いてやっぱり、と思った。僕とは違い、両親もいて楽しく暮らしているんだろうな、と。
僕とは住む世界が違うと思った。
「私、両親2人とも病気で死んじゃったんだ。その点でいえば君と同じだね。でも私はこの世界が好き。人の笑顔を見るのが好き。1日1日を精一杯生きている人を見るのが好き。だから私も負けないくらい精一杯生きることにしてるの! 私が生きている証をこの世界に刻みたい! 君はどう? この世界は好き?」
彼女も両親がいない。一瞬彼女と僕は一緒なのかもと思ったけれど、やっぱり気のせいだった。
彼女と僕は違った。今も彼女は僕と違って生き生きとした笑顔を浮かべている。僕はボロボロだ。
僕はどんな顔をしているのだろう。彼女は僕の姿も見てどう思っているのだろう。
僕には何の目標もない。ただ生きているだけ。それしか知らないから。そんな僕は、自分がとても恥ずかしい。どうしても彼女と比較してしまって惨めな気分になる。
「僕も」
ためらう。この先を言ってしまったらどうなってしまうだろう。一度は世界から爪弾きにされてしまった。でも寂しい。この先もずっと何も感じないまま森で一人生きるのは、寂しい。
「僕も、この世界が……好きに、なれますか?」
彼女みたいにこの世界が好きに思えたら、僕は何か変わるだろうか。彼女の瞳に映る僕は何かに縋っているみたいに情けない。
そんな僕の言葉に瀬奈さんは目を見開いて笑いながら言った。
「なら私が好きにさせてみせる。世界は君が考えているよりもっと君にやさしいはずなんだっ! 私と一緒にいこ?」
そう言った彼女はとても美しかった。
改めて見るととてもきれいな人だ。
つやのある黒い髪を腰まで垂らして、眼は赤と青のオッドアイ。
差し伸べられた手を僕は力強く握った。
この瞬間のことを、僕は決して忘れないだろう。
それから僕は世界中を瀬奈と旅をした。知らないことがたくさんあって、いろんな人と出会って、別れて。僕は世界の美しさを知った。
僕は誓ったのだ。僕のすべてをかけて瀬奈を守ると。
故に鍛錬をすることも忘れない。契約した、“時の精霊”にはアイオーンと名付けた。彼女は20歳くらいの女性の姿をしていて、髪はつやのある灰色、眼はきれいな青色をしている。
彼女は刀に姿を変え、僕の武器になる。彼女にもずいぶんと助けられた。
僕は自分の世界が広がっていくのを感じた。幸せだった。瀬奈と過ごす時間がとても楽しかった。いつまでも続いてほしいと願った。だが瀬奈と出会ってから毎日が楽しくて楽しくて、僕は忘れていたんだ。この世界はきれいな一面も持っていればどうしようもなく残酷な一面を持っていることを。
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