第8話 夕食を
ぐうぅぅぅぅと情けない音が響き渡る。リュウの顔は真っ赤になる。恥ずかしそうに顔を背け言った。レイカは少し面白がるように笑った。
「えーっと… 聞いての通り非常に腹が減っているのでどこかの店で夕食にしようかと思っていたのですが… お恥ずかしい限りです。」
「そうですね。夕食には少し遅い時間になってしまったかもしれませんね。どうですか?ご夕食、一緒しませんか?」
「喜んで。」
リュウの様子がおかしいのかレイカがはにかみながら問いかけるとリュウの赤い顔のまま笑った。2人はそのまま近くの定食屋のような店に入る。2人が入店するとその真っ白な髪を持つ少女と真っ黒な髪と眼帯の少年という組み合わせをみて店内の客も従業員も一瞬動きが止まる。2人は少し困った顔をして笑った。それを見て店員が行動を再開し2人に尋ねた。
「2名様ですか?」
「はい。」
「こちらにどうぞ。」
店員が普通に対応するのを見て客も一度は目をそらす。しかしその後もその物珍しさからかチラチラと様子をうかがっている。店内は夕食の時間を少し過ぎているせいかそこまで混んでいることもなくすぐに2人は席へ通された。使い込まれた、それながらしっかり手入れされている味のある木製の机と椅子に向かい合って座った。
「こちらがメニューになります。」
案内をしてくれた店員がコップに入った水を出すのと一緒にメニューを差し出す。
「おすすめは何かありますか。」
「こちらのガルニアブタのフリジア風炒めが当店のおすすめ料理です。」
「じゃあ、それをお願いします。」
「私もそれをお願いします。」
「かしこまりました。」
そう言って店員は厨房の方へ歩いて行った。店員が去るとリュウはレイカの方へ向いて言った。
「正直驚きです。貴族の方がこういう庶民的な店に入るなんて。」
「あら、それも偏見ですよ? 私はこういったお店が好きなんです。」
「すいません。どうも貴族の方と聞くと色眼鏡で見てしまうようで。」
「いえいえ、かまいませんよ。実際貴族にはこういった店を嫌う輩もいますから。もったいないと思いますけどね。」
「確かに。」
いきなり失礼なことを言ってしまったと少しうろたえたリュウだがレイカの柔らかい反応でほっとした表情を見せた。レイカはコップに手を伸ばし水を飲む。
「そういえば一つ聞きたかったんですが、今日の試験なぜあんなにもギリギリの時間だったんですか?」
「あー、あれは今朝早めに宿を出たんですが、道途中で大荷物を持ったおばあさんに会いましてね。その荷物を運ぶ手伝いをしてたらあんな時間になってしまいまして… いやぁ、焦りましたね。遅刻なんてしたら一発で不合格でしたから。」
「ふふふ、本当ですか。なんというか本の中の出来事のようなベタな出来事ですね。」
少し遠い眼をしてリュウが語る。レイカは上品に笑った。
「自分も聞いていいですか?」
「ええ。」
「さっきの出来事の話なんですが… なぜクリラちゃんのお母さんがあの路地にいると確信できたんですか。あの男の言葉が嘘かもしれなかったのに。」
「あー… それはまぁ、私の特技です。どんな特技だと思いますか?予測してみてください。待ち時間をつぶせますし。」
「フフッ、なるほど。では自分の推論を。今日の出来事から考えると最初、クウォルトルーラさんがあの男の言動からお母さんの場所について言及したときあなたは探知能力があるのかもしくは他人の心を読めるんじゃないか思いました。しかしもしそうならお母さんのいる建物も把握できていたでしょう。それを確信した様子はなかった。ゆえにクウォルトルーラさんは探知していなかったし、心が読めたわけではない。ならばどんな能力がありうるか。そこで思いついたのが嘘を見抜く能力です。もし嘘を見抜けるつまり相手が本当のことを言っているのかが分かるなら男の言動からお母さんがその路地にいることは分かっても何も言われていない建物までは分からなかったと考えられます。よって嘘を見抜けるということが特技だと思います。まあ、嘘を見抜くと言っても嘘の内容まで分かるのか、嘘を言っているのが分かるのかは不明ですけど。こう考えていたんですがどうですか?」
レイカはリュウの話を聞き心底驚いた顔をした。
「すごいです。大正解です。」
リュウは拳を握り少し嬉しそうに笑った。
「まさか言い当てられるとは思いませんでした。ちなみに最後の疑問ですが私は人のしゃべる言葉が嘘かそうでないかしか分かりません。」
「すごい特技ですね。いつからその特技を使えるようになったのかとか聞いてもいいですか?」
「ええ、全然かまいませんよ。この特技はいずれいろいろなことに役立てたいと考えていますから。まぁ、そんなに隠すつもりはありません。」
「いずれなら今はあまり良くないのでは?」
「いいんです。今日は助かりましたから。それで。」
「そんな、こちらこそ。クウォルトルーラさんがいなかったらとても解決できなかったと思いますし。」
「いえ、武装が十分でなかった私だけでは難しかったと思います。何より誰にもけががないということにはならなかったと思います。」
「えーっと、じゃあお互いさまということで…」
「そうですね。その通りです。あ、この特技についてですが、アルメリアさんはクウォルトルーラ家についてご存知ですか?」
「あー、一応知っています。霊術師はその血筋が結構重要とされていますがその中の頂点に位置し、国の機関の1つとして霊術師のとりまとめを行っていたのが七大聖霊会議というものでそこには7つの貴族の家が関わっていた。通称七聖家でしたっけ。しかし数年前に1つの家がその会議から追放され現在では六大聖霊会議と呼ばれている。その追放された家がクウォルトルーラ家ですよね?」
「その通りです。」
レイカが少し沈んだ口調になった。リュウが慌てる。
「すいません! あまりに直球過ぎました。ごめんなさい!」
「あ、いえいえ、そんなことありません。事実ですし。」
「こちら、ガルニアブタのフリジア風炒めになります。」
リュウが頭を下げ、レイカは取り繕うように手を振っている。そんなところに店員がお盆で料理を運んできた。そこには熱々のパンとスープ、そして色とりどりの野菜と薄切りにした豚肉の炒めものがある。そしてその脇に小皿に入った黄色がかった透明な液体がある。店員がその小皿をさしていう。
「こちらフリジアという植物からとったエキスを混ぜたドレッシングであります。こちらをいためものにかけてお召し上がりください。」
そういうと店員は厨房の方へ戻っていった。
「えっと…」
「まずはごはんをいただきますか。」
「そうですね。」
「いただきます。」
2人は言われたとおりに液体をいためものの上にかけそれを食べる。
「!」
「!」
「「おいしい!」」
2人は目を輝かせるようにして二口、三口と食べていく。ドレッシングからのさわやかな味と香り、ブタのどっしりとしたうまみ、野菜のシャキシャキとした食感が絶妙に合わさって非常に追いいしいものだった。またスープやパンも作り立てでおいしいものだった。2人はしばらくそれらの料理を堪能していた。ある程度食が進んだところでレイカが一度手を止め話し出した。
「先ほどの話ですが、クウォルトルーラ家という家は古くから続いている貴族ですが、このクウォルトルーラ家の子息は稀に特殊な能力を持つ子が生まれることがあるそうです。初代当主は非常に強力な能力を持っていたとも言われています。私は偶然その恩恵にあずかりました。そしてその能力というのが嘘が分かるというものでした。
「なるほど。そのような話は初耳です。」
「そうですね、能力を持つ人は少ないですし持っててもあまり大げさに言うことはありませんからね。あくまで特技として扱ったりしていたそうです。私の能力も特技の一種と言えなくもありませんから。」
「確かにそうかもしれませんね。とは言っても嘘が分かるというのは霊術師としては相当便利そうですね。」
「ええ、私もそう考えています。ただ子供のころは家族を含めて他人が嘘をつくのが分かってしまって、ある種の人間不信に陥ったこともあります。今はもう大丈夫ですけど。」
「あー… なるほど。自分に嘘をついているというのが分かっちゃうと子供としては傷つくことあるかもしれませんね。」
「今は嘘にもいろいろあるということを学んだので気にしていません。」
「そうなんですね。あー、そういえば今日俺が初めて名前を名乗ったとき顔が一瞬変わったのもそれのせいなんですか?」
「! ええっと…はい、そうです…。一応表情に出ないように気を付けていたんですがよく分かりましたね。というか名前が嘘なんですか?」
レイカはあの時確かにリュウが嘘をついているように感じた。しかしそのことは顔に出さないように気を付けていた。かつリュウのことを観察し不審に思われていないようだと確認していた。したがって非常に驚いたのである。
「いや、嘘というか、本当の名前は他にあるといった方が正しいですかね。ええっと、俺の身の上話になるんですが、俺は実は孤児院出身なんです。孤児院では親が分からない子ばかりです。だから孤児院が名字を送る決まりがありますが、数年前アルメリア孤児院というところに保護されたのでそこで名前をもらったんですね。それが今の名前です。しかし俺は親のこと、そして名前もしっかり覚えているんです。本来ならそっちを名乗るべきだったんでしょうが、孤児院の名字をもらっちゃったんですね。そのせいで名字が本来のとは違ったりするんですね。そのあたりが原因だと思います。」
「あ、えっと、すいません。名前が嘘とか言ってしまって。」
「いえいえ、間違いというわけでもありませんから構いませんよ。クウォルトルーラさんの話も聞きましたしそのお返しみたいなものと考えてください。」
「そうですか… じゃあ、アルメリアさんは孤児院からこの王都にまで来たんですか?」
「ええ、地元で霊術師として見出されて特別に勉強させてもらいまして今回の試験を受けています。」
「そうだったんですね。試験はどうでした?」
「思ったよりもできたと思いますよ… クウォルトルーラさんはどうでした?」
2人は食事を勧めながら他愛もない話をした。もっぱら今日の試験のことなどで、他に2人が今日使った霊術について、はたまたこのお店の料理について思い思いの話をした。そして2人はほぼ同時に食べ終わった。
「この料理ほんとおいしかったですね。」
「そうですね。」
「食べ終わったことだしそろそろ帰りますか?」
「そうですね。明日もまだ試験がありますからね。早く帰って休んだ方がいいですかね。」
そういうと2人は席を立ち会計所のところへ向かう。
「合計で1400ゼニーになります。」
店員がそう言うとリュウがその分だけ硬貨を出した。
「おごりますよ。今日はありがとうございました。」
「いえいえ、そんな。ここは私が。」
「いや、ここで女の子に払わせたら俺の立つ瀬がないんですが…」
「でも…」
「お願いしますって。」
そういわれて仕方なくレイカは折れた。会計を済ませると2人は外へ出た。
「アルメリアさんはどのあたりの宿に泊まっているのですか?」
「この通りから学院とは反対へ進んだところです。クウォルトルーラさんはどちらですか。」
「同じ方向ですね。」
「じゃあ、行きますか。」
「そうですね。」
2人はそう言って宿の方へ歩き出す。途中でレイカが言った。
「あの… 私たちはもしこの試験が受かれば同級生になるんですよね?だったらわざわざ敬語を使わなくてもいいのではないですか?」
「いやいや、それは… クウォルトルーラさんは貴族なんですし。」
「できれば対等でありたいと思います。これから一緒に学べるかもしれないのですから。」
「そうかもしれませんが… 分かりました。そうします。えと…クウォルトルーラさん、よろしく」
「フフ、よろしくね。あと私のことはレイカでいいわ。」
「じゃあ、俺の事もリュウと」
「ええ、そうするわ。と、ここが私の宿ね。リュウのところは?」
「もう少し先の宿だね。じゃあ、今日はこの辺で。」
「そうね、また明日。お互い頑張ろう。あ、あと遅刻しないようにね。」
「フフッ、気を付けるよ。ではまた明日。」
そう言って2人は別れた。様々なことがあった試験の1日目はこうして膜を閉じた。霊術師を目指す2人の若者レイカとリュウは新しい友人を得ることとなった。別れた後の2人の口は少し笑っているようだった。