第12話 再会
レイカはその日いつもと変わらず鍛錬を行っていた。
クウォルトルーラ家は古くから武を司る家と知られており、過去多くの戦闘面で優秀な霊術師を輩出してきたのである。クウォルトルーラ家の代名詞と言えるのは長めの直剣を用いた月天流剣術である。クウォルトルーラ家に属したものはみなこれを修め国に仕えてきた。その実績を認められ現在では追放されたが以前は七大聖霊家に数えられていたのである。そのためクウォルトルーラ家の長子たるレイカも学院に通っていない現在の時点で非常に高い戦闘力を持っている。それこそそこらの小悪党に敗れるような実力ではない。
地震の得物である暗剣・ヨスガラを構え、様々な型を繰り返し行う。一通り型を終え、一度息を大きく吐き出す。再び型の訓練を始めようとしたところで声がかかった。
「お嬢様。王都より文が届いております。」
「!ホント?分かったわ。すぐ着替えて開けるわ。広間に置いておいて。」
「かしこまりました。」
そう言ってレイカは声をかけ侍女が持っていたタオルを受け取り体の汗をぬぐう。そうして自分の部屋に向かい汗を吸った服を脱ぎ、過ごしやすい格好に着替えた。そして広間に行く。食事用のテーブルの上に手紙が置いてある。差出人はリュートレイ霊術学院。
『ついに来た。』
そう言ってレイカはふっと息を吐く。合格は固いと考えているレイカであっても緊張は隠せないようだ。
封を開け中を開くとそこには合格の文字があった。
「よし。」
レイカは思わず小さくガッツポーズをしてしまった。その顔には安堵と喜びが混じっていた。
「おめでとうございます。」
その様子を見て侍女は合格だと分かり言った。レイカは顔に出てたことに気付いて少し顔が赤くなった。その後侍女に笑顔を向けた。
「ありがとうございます。」
侍女もにっこりと微笑んでいた。
『これであの学院に行ける。イルたちはどうだったかしら。受かっていたらいいわね。それと…またリュウと会えるかしら。』
レイカはそんなことを考えていた。
◆ ◆ ◆
レイカがそんなことを思っている時、リュウはリーギスの民家で様々なアルバイトをしていた。リーギスは国の中心から離れた田舎であり、現在過疎が進んでしまっている。そのためアルメリア孤児院ではある程度大きくなった少年少女を農家などに人手として向かわせている(働くことに対する年齢制限はほぼないというのが現状である。)。代わりに孤児院ではそこでちょっとしたお金や作物などをもらっている。孤児院において最年長組の一人であるリュウもそれに習って働きに出ていた。そこで昼食をごちそうになった後リュウは孤児院に戻らず師匠の屋敷へと向かった。そしてそこで霊術や戦闘術、学術を習っていた。そうして日も暮れてから孤児院に戻るというのがリュウの日常であった。
その日もいつものように夜になってから孤児院に帰った。そして食事をとるために奥の建物に入る。入ってすぐに子供たちで食事をするための長いテーブルがいくつか並んでおり、その一部に子供たちが集まって何かをのぞき込んでいた。その中心にはセーラがいた。セーラはリュウが帰ってきたのを見ると手を振った。
「リュウ!王都から便りが来てるわよ!」
「おー。そうか。」
そう言ってリュウはその一団に近づいていく。
「はい。」
セーラはそう言って封筒を手渡す。子供たちがリュウの周りにまとわりつく。
「リュウにぃ。それなんだ。」
「なんだなんだ。」
「んー。王都の学院からの手紙だな。俺が合格してるかどうかのな。」
そう言ってリュウは躊躇いなく封を開ける。セーラは少しおびえたような、子供たちは興味津々の様子でそれを見ている。そしてその中には合格と書かれた紙があった。リュウはそれを見てにやりと笑った。
「よっしゃ。合格だ。」
そういったときセーラは一瞬驚きさみしそうな顔をした。その後すぐににっこりと笑ってみせた。
「おめでとう、リュウ。ずっと行きたがってたもんね。」
「おう。ありがとう。」
「なんだなんだ。リュウにぃ。なんて書いてあったんだ?」
「合格しましただ。つまりこれからこの王都の学校に通っていいですよってことだ。」
「えーー!リュウにぃ、王都行っちゃうのか?そんなのいやだ。」
リュウの周りにいる子供たちが次々に不満を述べる。それを見てリュウは子供たちの頭を順々になでていく。
「ごめんな。でもこれは俺の夢だったんだ。許してくれ。」
「えー。リュウにぃト離れるのは嫌だ。」
「たまに帰ってくるから。許してくれ、な?」
「「「えーー」」」
子供たちは不満そうだ。困った顔をしてリュウはなだめようとする。それをセーラはさみしそうな目で見ていた。そんな折ニーナがリュウのための少し遅めの夕食を運んできた。
「ほらほらみんな、リュウを離してあげなさい。リュウは頑張ってその学校に通えるようになったんだから。お祝いしてあげなきゃ。」
「えー、でもリュウ、王都行っちゃうんだろ?会えなくなるのは嫌だ。」
「そんなこと言わないの。もうずっとあえなくなるわけじゃないんだから。ほら、おめでとうって言ってあげなさい。」
「うー分かった。」
「リュウにぃ、おめでとう。」
「ありがとう、みんな。」
ふてくされた顔で子供たちがそう言うとリュウはより笑顔になってみんなを撫でまわす。それを見て子供たちも少しうれしかったのか不満顔が少し解消されたようだ。
「ほらほら、みんな。よい子は寝る時間ですよ。部屋に行きなさい。」
「「はーい。」」
「「えーー。」」
そう言ってリュウの前に夕食を置く。小さい子どもたちは言うことを聞いたものと不満をいったんのが半々だった。しかし各々自分の部屋へ戻っていった。
「お疲れ様。そしておめでとう、リュウ。よかったわね。」
「はい。ありがとうございます。これもニーナさんたちのおかげです。本当に感謝してます。」
「ふふっ。そんなことないわ。全てあなたの努力によるものよ。誇りなさい。」
「はい。分かりました。」
リュウはそう言ってはにかんだ。その様子をセーラは変わらず見ていた。
「ねぇ、リュウ。ほんとに行っちゃうの?」
「ああ。やはり夢だったからな。さみしいか?」
からかうようにリュウは言う。
「そ、そんなんじゃないし!」
セーラはプイっとそっぽを向いてしまう。その様子をほほえましく見守っていたニーナが問うた。
「リュウ。合格したのなら学院の寮に住むことになるのよね。いつ向こうへ行く?」
「そうですね。学院からの通知だと3ノ月までに学院の寮に入るようにと書かれています。そして4ノ月3日に入学式があると書かれています。ですから向こうでの準備もあるでしょうから早めにそれこそ近日中に行った方がいいかもしれませんね。ただ補助金は4ノ月から払われるとなっていますね。」
王立リュートレイ霊術学院は貴族・平民の境無く広く生徒を募集している。そのため審査に通れば国から借り受けるという形で生活用の補助金が支払われる。リュウもその審査を受けており、補助金が払われる旨がその容姿には書かれていた。
しかし今は3ノ月の初めである。その話を聞いてセーラが一層悲しそうな眼をした。それに築いたリュウは少しうろたえた様子だ。
「そうね。でもそうするとあまり早く行き過ぎても向こうで無駄に費用が掛かってしまうわ。私としてはできる限りギリギリで行ってほしいわね。」
「あ、あー。確かにそうですね。」
それを聞いてセーラの顔がぱっとやわらんだ。セーラの分かりやすい挙動を見てニーナは吹き出しそうになる。
「ただトラブルが起きた場合期日に間に合わない可能性があるのでできれば少し余裕を持っておきたいですね。」
「そうね。そうするとだいたい3ノ月の後半といったところかしらね。」
「そうですね。その辺りがいいかもしれませんね。」
セーラは少しほっとしているようだ。ただその眼にはさまざまな感情が見え隠れしている。
「ま、できればここに時々帰ってきた意図は思いますがね。」
「あら。ほんと?待ってるわ。」
それを聞いてセーラはさらに喜びをあらわにする。ニーナはもう吹き出す寸前といった様相であった。リュウは少し戸惑った表情であった。そしてしばらくこれからの予定や学院に行ってからの話をした後にリュウは学院のための勉強を、セーラは勉強や裁縫などをしていた。そして深夜と言える時間になって自分の部屋に戻るように促された。薄暗い廊下を2人で歩く。
「ねぇ、リュウ。ほんとにここに帰ってくるの?」
「ああ。向こうでの予定は今じゃ分からないがどこかで必ず帰省できる時間はあると思うからそんときに必ず帰ってくるよ。」
「うん!じゃあ、その時はまたお土産お願いね!」
セーラはまた満面の笑みを見せる。リュウもそれを見て少し笑った。
「おう。王都でうまい店でも探しておくぜ。」
「じゃあ、おやすみなさい。」
「ああ。おやすみ。」
そうして2人は別れてそれぞれの部屋に戻る。そこはどちらも数人で一緒に使っている部屋であり、同室の子供たちはもう寝てしまっていた。リュウはすぐに自分のベッドに入り、すぐに寝息を立て始めた。一方セーラはしばらく目が冴えたままであった。
『どうしよう。リュウに告白しようかな……でもそうしたら今の関係が変わって今みたいに話できなくなるかもしれないし…… やっぱしない方がいいのかな。どうしよう…』
悶々と考えなかなか寝付けなかった。
そうして再び日常が始まる。リュウもセーラも普段と同じ生活を送っていた。しかしセーラの目にはずっと迷っているような光が消えることはなかった。そんな様子をニーナは優しい顔で見ていた。
そしてついにリュウが王都へ出立する日となった。前日のうちに師匠やリュウがよく仕事をしていたところへは顔を出し、挨拶を済ませていた。そして朝、雲一つない空に太陽が上がっていく。その日リュウは孤児院を出ることになっていた。見送りにはセーラを含めた孤児院の子供たちほぼ全員とニーナ、そして昨日挨拶したはずの師匠もいた。そしてセーラが口を開く。
「リュウ、えっと…離れ離れになっちゃうのは悲しいけど、これから頑張ってね。大変なことたくさんあるかもしれないけど私はずっと応援してるから。あ、あといつでも帰ってきていいからね。待ってるから!」
少し目には涙が見受けられる。しかし顔は笑顔だ。リュウも笑って答えた。
「ありがとう。頑張るよ。あと、ちゃんと時間見つけて帰ってくるから。」
「そうね。私もこのアルメリア孤児院はいつでもあなたの帰りを待っているわ。思う存分勉強してきなさい。あ、あと時々手紙を書きなさい。」
「はい。これまでの御恩は忘れません。そして必ずお返しします。手紙はちゃんと書きます。いままで本当にありがとうございました。」
「ふふ。ありがとう。」
「我が弟子よ。夢があるのだろう?その夢のためにしっかりと鍛錬を積め、地道な日ごろのことの積み重ねがそれを成す最善であろう。」
「はい。ありがとうございます。これまで習ったことを大切に鍛錬に励みたいと思います。本当にお世話になりました。」
「リュウにx。ホントに行っちゃうのか?」
「あぁ。でもまた時々だけど帰ってくるよ。」
「約束だぞ。」
「あぁ。そん時にゃ、お土産も買ってくる。それも約束だ。」
そう言って子供たちの頭をなでてあげる。子供たちは嬉しそうだ。最後にセーラの頭をなでる。
「それじゃ、みんな行ってくる。」
「「「行ってらっしゃーい!!」」」
そう言ってリュウは踵を返し歩き出す。その背に向って子供たちやニーナが手を振る。トーラはその背中をじっと見ていた。そしてうなずいた。セーラは最初手を振っていなかったがすぐに手を振り出した。ある程度背中が小さくなったところで子供たちとトーラは孤児院の中に入っていた。残ったニーナは同じく残っていたセーラに声をかけた。
「セーラ、告白しなくてよかったの?」
その瞬間セーラの顔は真っ赤になった。ニーナはにこにこと優しい笑みをたたえていた。
「うん。もしそうしたら今までのことが壊れちゃいそうだったから…だから…」
「そうね~難しいところね。 ま、手紙書くっていうからね~ あなたも書いたらどうかしら?」
「う、うんそうしてみる。」
そうしてリュウは旅立った。リーギスは田舎であるため輸送車はほとんど通らない。したがってリーギスの近くの町まで行き、そこで輸送車に乗り込む。リュウはあたたかな春の日差しの中、確かな足取りで歩いて行った。
◆ ◆ ◆
3ノ月の23日、レイカは王都に向かう輸送車に乗っていた。家の用事が入ってしまったために出立の日付がギリギリになってしまったのである。イルミナとクルスはもうすでに先に王都について学院の準備をしている。そのためレイカは1人王都行きの輸送車の上で揺られていた。
しかしその途中、タリアイという町で輸送車は足止めを食らうことになった。なんでもこの先の道でトラブルが起きたのだという。そしてタリアイという町の輸送車置き場で一度荷物を降ろしていたレイカは別の同じように足止めをくらっていた輸送車から降りてきた男子に目が留まった。その人もまた彼女に気が付いたようだ。
「リュウ!?」
「レイカ!?」
そうして2人は再会したのであった。