第1話 鉄の味と、死の予感
新選組の沖田総司に転生した男が生き延びる物語
鼻を突くのは、かび臭い畳と、微かな血の匂いだった。
視界が定まらない。
ぼんやりと天井を見上げれば、古びた梁が歪んで見える。
身体を動かそうとしたが、指先一つに鉛を詰め込まれたような重苦しさがまとわりついていた。
「おい、総司。……総司!」
耳元で、聞き覚えのある低く強面な声が響いた。
視線を向ければ、そこには幕末の肖像画で幾度となく見た、鋭い眼光を持つ男が眉間に皺を寄せて立っていた。
土方歳三。新選組副長その人である。
(……え? 土方さん?)
脳が状況を理解しようと足掻く。
俺はたしか、現代の自室で日本史の論文を書き上げ、溜まった疲れを癒そうと布団に潜り込んだはずだ。
それなのに、なぜ目の前に歴史上の人物がいる。
しかも、こんなにリアルな質感で。
口の中が鉄のような味で満たされていることに気づいた。反射的に咳き込む。
「……っ、げほっ、ごほっ!」
喉が焼け付くように熱い。
白い着物の袖で口元を覆うと、そこには鮮やかな、あまりに残酷な紅い飛沫がついていた。
「総司! まだ無理をするな。近藤さんも医者を呼んでいる。……お前が倒れたら、新選組はどうなると思っているんだ」
土方の声には、副長としての威厳よりも、友を案じる焦燥が混じっていた。
その光景を見て、俺の記憶のパズルのピースが埋まる。
沖田総司。天才剣士。
そして、若くして不治の病に倒れ、死ぬ運命にある男。
(肺結核……。そうか、俺は沖田総司になったのか)
恐怖よりも先に、冷徹な思考が脳内を駆け巡る。
今が文久三年の夏だとすれば、史実の沖田総司の寿命は、あと数年だ。
ここで大人しくしていれば、待っているのは結核による衰弱死と、新選組の凋落という絶望的な未来だけ。
(ふざけるな)
俺は血のついた袖を強く握りしめた。
せっかく手に入れた二度目の人生だ。
結核ごとき、現代の医学知識と、この「歴史を知っている」という最大の武器でねじ伏せてやる。
「……土方さん」
絞り出した声は掠れていたが、その瞳だけは、かつてないほどの闘志を宿していた。
「――死ぬのは、まだごめんです。必ず、生き延びてみせますから」
新選組一番隊組長、沖田総司としての、泥臭くも華麗な生存戦略がここから幕を開ける




