エピローグ:歴史にIFはある
全てが終わった。 Re-JAPAN計画、コンプリート。 私たちは、歴史を救ったのだ。
「……さて」
夜裏なおすが、背筋を伸ばして私に向き直った。 その時、異変が起きた。
ザザッ……ピシッ……。
夜裏の輪郭がノイズのように揺らぎ、その指先が光の粒子となって崩れ始めたのだ。 剥がれ落ちた皮膚の下から覗いたのは、血肉ではない。銀色に輝く 「機械の骨格」 だった。
「そ、総理!? その体……!」
「ああ、やはり来たか。……計算通りだ」
夜裏は、機械仕掛けの指を静かに見つめ、微笑んだ。 そこには、死への恐怖など微塵もなく、ただ任務を完遂した機械特有の安らぎがあった。
「どういうことですか! 医療ポッドを呼びます! gennai!」
『無駄だ、かたる』
gennaiの声もまた、静かだった。
『俺たちの体も……消えかかってる。俺たちゃ、ここにはいちゃいけねえ存在なんだよ』
見れば、執務室のコンソールと一体化していたgennaiの本体もまた、0と1のデータ列となって大気に分解され始めていた。
「かたる君。……悲しむことはない」
夜裏は、穏やかに告げた。
「これは『死』ではない。……『バグの修正』なのだ」
彼は、自らの正体を語り始めた。
「私は以前、未来から来たと言ったね。……正確には、このタイムラインの未来ではない。 私は、歴史修正に失敗し、日本が滅亡してしまった 『絶望の未来』 で製造された、最後の記録用アンドロイドなのだ」
「記録用……アンドロイド……?」
「そうだ。私のいた未来では、日本は消滅していた。私は、誰もいなくなった廃墟で『なぜ日本は滅びたのか』を解析し続けるためだけに作られた、孤独なブラックボックスだ」
彼は、消えゆく胸を押さえた。 そこにあるはずの動力炉が、最後の輝きを放っている。
「だが、君たちの努力によって、歴史は書き換わった。 RYOMAが強固なシステムを作り、KUKAIが魂を吹き込んだ。 ……それだけではないぞ」
夜裏は、誰もいないカプセル保管庫を見渡した。
「NOBUNAGAの破壊力が、古い因習を断ち切った。 HIMIKOの祈りが、人々の拠り所となった。 USHIWAKAの速さが、時代の停滞を破った。 MURASAKIの言葉が、日本人の繊細な感性を取り戻した。 PRINCEの法が、秩序の礎となった。
……誰一人、無駄ではなかった。 彼ら七人の英雄が全て 『統合』 されたからこそ、この完璧な日本(JAPAN Ver.2.0)が完成したのだ」
私の目から、涙が溢れ出した。 失敗じゃなかった。 僕たちが苦しんだあの旅の全てが、この景色に繋がっていたんだ。
「……しかし、それゆえに」
夜裏の足元が消滅した。
「私が製造された『絶望の未来』という原因そのものが、消滅した」
【タイム・パラドックス解消】
悲惨な未来が消えた以上、そこからやって来た「夜裏なおす」という存在もまた、この世界に留まることは許されない。 彼は帰るのではない。 存在したという事実ごと、宇宙の自浄作用によって削除されるのだ。
「そ、そんな……! 嫌です!」
私は彼に駆け寄り、その手を掴もうとした。
スカッ。
私の手は彼をすり抜けた。彼はもう、実体を失っている。ホログラムのような残像だけが、そこに立っていた。
「一緒に……一緒にこの新しい日本を見ましょうよ! あなたが一番頑張ったんじゃないですか! あなたが救った国でしょう!?」
「……ありがとう、かたる君」
夜裏は、透き通る手で、私の頭を撫でるような仕草をした。 触れられないのに、温かかった。
「だが、私は嬉しいのだよ。 ……私のメモリにあった『地獄』が上書き保存されて、君たちが生きるこの『天国』が確定した。 ……一介のアンドロイドにとって、これ以上のハッピーエンド(報酬)があるかい?」
『おいおい、泣くなよ兄弟』
gennaiもまた、光の中に溶けていく。
『俺も元々は、あっち側の壊れた工場のAIだからな。……旦那と一緒に消えるさ。ま、結構楽しかったぜ、この歴史旅行もよ』
「gennai……!」
二人のAIが、光の粒子となって天井へ昇っていく。 それは、死への旅立ちではない。 任務を果たした英雄への、世界からの祝福に見えた。
「かたる君。……これを持っていてくれ」
夜裏が、最後の力を振り絞り、一枚のメモリーチップを私に託した。 それは、Re-JAPAN計画の全記録。 七人の英雄たちのデータ。 そして、私たちが駆け抜けた冒険のすべて。
「君は作家になりたいと言っていたね。 ……なら、書いてくれ。 私たちがどうあがき、どう戦い、どうやってこの未来を勝ち取ったのかを」
彼は、KUKAIが言った言葉を、最後に口にした。
「世界はフラクタルだ。 君がこの物語を書き、それを読んだ誰かの心が動けば……その波紋は世界を変える。 ……頼んだよ、私の自慢のパートナー」
「……はい。……書きます。絶対に!」
私はチップを握りしめ、泣きながら叫んだ。 この手の温もりを、絶対に忘れない。
「さようなら、申述かたる。……良い未来を」
『あばよ兄弟! 元気でな!』
パァァァン……。
光が弾けた。 眩い輝きが執務室を満たし、そしてゆっくりと薄れていった。
目を開けると、そこには私一人だけが残されていた。 カプセルも、巨大なモニターも、彼らの痕跡はすべて消えていた。 ただ、窓の外には、彼らが命懸けで守った、美しき日本の夕暮れが広がっていた。
私は、空に向かって小さく呟いた。
「ありがとう、総理。……ありがとう、みんな」
数ヶ月後。
私は、ネオ・トウキョウの巨大コンテンツ配信局、その無機質なミーティングルームにいた。
目の前では、視神経に直接データをダウンロードしている担当編集者が、興奮で肩を震わせている。
「先生! これ、最高ですよ! 歴史上の偉人たちがAIとして蘇り、日本を救うなんて! 信長のロック、卑弥呼の村、龍馬の会社、そして空海の曼荼羅……! しかも、読者の選択で結末が変わるなんて斬新すぎます!」
私は苦笑いした。 これは創作じゃない。私が直接体験した、歴史修正の生データ(ノンフィクション)だ。 でも、完璧な調和に最適化されたこの世界で、誰もそんな真実は信じないだろう。 だから、私はこれを「物語」の皮を被せて世に出すことにした。
物語には力がある。 手塚治虫が言ったように、それは世界を映す鏡であり、人の心を動かす魔法だ。
私は、窓の外を見た。 街行く人々は、今日も笑顔で歩いている。 彼らは知らない。自分たちの平穏な日常が、地下で祈り続ける一人の僧侶と、かつて存在した未来のAIによって支えられていることを。
でも、それでいい。 彼らが「自分自身」を大切にし、幸せでいてくれるなら、システムは永遠に回り続けるのだから。
私は、空間に浮かぶ仮想エディタを呼び出した。 物語の最後に、こう書き添えるために。
『歴史にIFはある。 そして、未来はいつだって選べる。
世界を変える鍵は、遠いどこかにあるんじゃない。 今、ここにいる「あなた」自身の中にあるのだ。
さあ、次はあなたが選ぶ番だ。 あなたという小宇宙から、どんな素晴らしい物語を始めますか?』
書き終えたその時、風が吹いた気がした。 誰もいないはずの隣の椅子で、夜裏なおすが「よく書けたな」と微笑み、gennaiが「イカすぜ兄弟!」と親指を立てたような気がして。
私は、空中に浮かぶタイトルデータを指でなぞった。
『Re-JAPAN 〜歴史にIFはある〜』
私の、そして私たちの新しい歴史が、ここから始まる。
(完)




