第二話
センセイにひかれ、山の奥へと突き進んでいく。
晴吉が今歩いているのは大人たちが常日頃から立ち入ってはいけないと口を揃えて言っている界隈である。なぜと、問いかけてもダメなものはダメだと突っぱねられてしまうほど、頑なである。
草木で鬱蒼とした視界が急に開けた。
そこには神社があった。神社というにこじんまりとしている。晴吉は目をしばたたかせてそこを観察する。村にあるお稲荷様にはいくつも建物があるのに、ここには鳥居と本殿の一つしかない。長い間風雨に晒されてきたため、いくつも亀裂が走っている鳥居。本殿も建物全体が色褪せてしまっているし、壁板も所々穴が開いていたり、はがれている。そして屋根の瓦も残ってはいない。
「恥ずかしながら私の寝るところです」
自嘲気味にセンセイは笑う。
「荷物は適当において、私について来てください」
晴吉は鳥居の傍に籠を置いて、本殿の中に入っていったセンセイの後を追った。
中もやはり荒れていた。祭壇には祀られていたであろうご神体はなく、三方や土器などの祭器具が床に転がっており、敷かれた円座や薦はネズミに齧られ形を成すのにやっとといった風である。床は足を踏み出せば不穏な音が鳴る始末。
「センセイ、オイラなにすれば?」
センセイは帽子と外套を脱いで、白いカッターシャツを袖まくりをする。
「掃除を手伝ってください。仮にも私の住処なのでこのままにしておくのはやはり心苦しいのですよ」
「センセイ、もしかしてずっとこの状態だったのですか?」
あからさまに目を逸らし、「いやぁ」と曖昧に笑いながら短く刈り上げられた自分の頭を撫であげるセンセイ。
「裏に湧水が出ているところがあります。水を汲んできてください」
何所から取り出したのか、晴吉にバケツと雑巾を持たせる。
「私は先に始めますから」
センセイは床に転がる色褪せた三方を拾い上げて、愛おしそうな手つきで埃を払った。
掃除を終えたころにはすっかり山は紅色の化粧を施されていた。
「晴吉、大変助かりました」
「オイラも楽しかったです」
センセイは地面に置かれていた山の恵みで一杯の籠を持ち上げる。
「掃除を手伝ってもらったお礼です。受け取っていただけますか?」
晴吉は笑顔でうなずいた。
センセイは晴吉の頭を撫でる。
女性のように華奢な指と柔らかな手のひら。そして、心地よい暖かさ。晴吉は目を閉じて撫でられるのに身を任せる。
「晴吉、今日は帰りなさい」
晴吉の頭から手を離した。
「センセイ」
晴吉が目を開けると見慣れた光景が飛び込んできた。村にいた。寂れ荒れた神社はそこにはなく、夕暮れに染まる田畑と、どれもこじんまりとした木造の家屋。驚きのあまり
呆けたように晴吉は辺りを見渡す。自分はお山の入り口にいる。狐か狸に化かされたかと疑ったが足元の籠は山の幸で一杯であった。
「デクノボー。あいかわらず間抜けなツラしてんな。何してんだよ?」
同い年の村の子供の平六とそれを取り巻く複数人。この掛六はいわゆるガキ大将であり、いつも取り巻きを率いて村中を駆けまわっており、晴吉はいつもからかいの格好の的にされている。
呆けている晴吉に対し、平六たちはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。
「オイラは――」
晴吉の言葉が途中で途切れた。センセイの事を、話していいものなのか。話したところで信じてもらえない方が多いのではないか。寝ぼけていたなどと、格好のからかいのネタではないだろうか。さらには、山の奥まで入ったというう事実だけを大人たちに告げ口されてしまうかもしれない。
そんな考えが晴吉の脳裏を横切って行った。
「おきまりのだんまりかよ。何か言えよ、デクノボー」
口を開こうとしない晴吉に業を煮やした平六は晴吉の胸を小突く。不意の事で晴吉は地面に尻もちをつくが、草や葉っぱがやわらかく、さほど痛くはなかった。
「平ちゃん行こうよ。デクノボーなんて放っとこうよ」
取り巻きの言葉に平六は「そうだな」と頷いく。そして、晴吉に一瞥くれて取り巻きを牽いて去って行った。
黙って平六たちを見送った晴吉は立ち上がりお尻を払う。そして一杯の籠を背負った。家路を行く晴吉の背中の重さが、なぜだか心地よく感じる晴吉だった。




