第5節「リリンとスピカ/その1」
あれから、いったいどうなったのか……?
結論を言えば、友紘たちは2人のATNPCを倒した。
どうして、あんなことになってしまったのかはわからないが、1つだけ言えることは『エル・ヴィオラ』という仮想世界に何らかの異変が起きているということだろう。
友紘はそのことを考えながら、街中にボーッと立っていた。
町行く人々が目の前を過ぎていく。
しかし、その何割がプレイヤーでNPCなのだろうかということを思うと、また理由なき戦いになるのではないかと不安になった。
そんな中、急ぎ足でどこかへと向かうリリンの姿を目にする。なにやら、誰かから逃げようとしているらしく、慌てた様子で何度も背後をうかがっている。
(なにやってんだ、アイツ?)
友紘は、あまりにも挙動不審さにおもわず見入ってしまった。
だが、次の瞬間にリリンがこちらを向いたことでお互いの目が合ってしまう。
「「あ……」」
偶然の一致だろう。
友紘はリリンと声を合わせて、目が合ったことを驚いた。
すぐに気まずくなり、互いに目を逸らす。
よほど縁があると見える――それは、決していい意味ではなく、悪い意味でだ。友紘もそのことを実感してか、バツの悪そうな態度を示した。
当然、そんな反応をリリンが快く思うはずがない。
友紘の顔つきを見るなり、荒々しい歩調で近づいてきた。
「なによ、その顔」
と抗議の声が上がる。
それに対して、友紘はとぼけた態度で言葉を返した。
「別になんでもねえよ。ただ、オマエがなにやら慌てた様子で走ってきたのが見えたからさ」
「だったら、なんでウチの顔を見て目を逸らしてんのさ? マジムカなんですけど」
「特に意味はねえよ。単純にオマエと目が合ったことがイヤだったんだ」
「はぁ~、なにそれ? 意味わかんないし」
「うるせえな。とにかく、俺に他意はなかったんだ。そういうオマエこそ、なに急いでんだよ?」
と友紘が告げた瞬間、思い出したようにリリンがつぶやく。
「あっ、そうだった……」
どうやら、言い争いよりも重要な事柄があったらしい。
そのことに気付いてか、友紘はなにがあったのかを訊ねた。
「……で、結局なにやらかしたんだよ?」
「やらかしてないし! スピカがしつこいんだっつーの」
「なんだ、また追いかけっこしてたのかよ。オマエらって、なんだかんだで仲良いよな」
「はぁ~っ!? ウチとアイツのどこが仲良いわけ?」
「だって、オマエ。スピカのこと、本当に嫌いだったら付きまとわせたりしないぜ?」
「そりゃあ、スピカが悪いヤツじゃないのは重々承知だけど……。それでも、じゅうぶん迷惑してるっつーの。ってか、アンタはウチが困ってても助けようと思わないワケ?」
「――なら聞くが、どうして逃げ回ってんだ?」
「アイツがしつこいのよ。乗る気はないのに『クエに行きましょうよ』って、何度も誘ってくるから……」
「別にいいじゃんさ、そんぐらい。そんだけ懐かれてるんだから、フツー悪い気はしねえだろ」
友紘からしてみればそう思える。
だが、リリンは納得がいかないらしい。
「だ・か・らぁ~ウチはイヤなの!」
「なんでだよ? 悪いところなんて1つもねえじゃねえか」
「だって、相手はNPCよ、NPC。コンピュータと恋愛なんて、ありえないっつーの」
「でもさ、二次元のイケメンと恋するヤツだっているぜ?」
「そりゃあ、そういう人もいるだろうけどさ……。ウチはちゃんとリアルの相手と恋がしたいの」
「じゃあ、なにか? オマエはNPCと恋愛するのは間違ってるって言うのかよ」
「そうは言わないけど、結局はゲームの中の登場人物じゃん。なんかウチはごっこ遊びしてるみたいでイヤ」
「まあ、気持ちはわからなくも無いけどさぁ……」
どちらが正しいとも言えない。
友紘はそう思って、口を閉ざした。
「リリンさぁん、どこですかー?」
そうこうしているうちに当の本人らしき声が聞こえてくる。
途端にリリンが慌てた様子で、友紘の背中に隠れた。もちろん、友紘も2人の喧噪に巻き込まれるのはたまったモノじゃない。
とっさに背後のリリンに向かって文句を言った。
「おい、なんで俺の後ろに隠れるんだよ」
「シィーッ、見つかるっつーの! ちょっと黙ってて」
「別にアイツとクエに行くぐらい良いじゃねえか」
「ウチはそれがイヤなの」
「なんなんだよ。もうワケがわからねえぞ」
「お願い! あとで1つだけ何でも言うこと聞くから」
「あのな、この状況で何でもって言われても……」
もはや呆れを通り越して、溜息をつくしかなかった。
不意に友紘の名前が呼ばれる。正面に向き直ってみてみると、いつのまにかスピカが「クルトさん」という呼び声を発して立っていた。
とっさのことに驚き、勢い余って飛び上がりそうになる――が、背後にはリリンが隠れていることを思い出して、友紘は堪えるようにその場に留まった。
「よ、よう……」
「リリンさん、見かけませんでした?」
「リリン? い、いやぁ~俺は知らないぜ」
「そうですか。おっかしいなぁ~こっちの方に行ったハズなんだけど……」
「別の方向へ歩いて行ったんじゃねえの?」
と言って、誤魔化す友紘。
しかし、その背中にはリリンが隠れている。その後ろめたさからなのか、スピカに向かってぎこちなく笑って応じるしかなかった。
とっさにスピカが真っ向から顔を覗き込んでくる。
「うわぁぁ~っ!?」
当然、友紘は突発的な行動にたじろいで身体を仰け反らせた。けれども、ずっと追いかけてきたリリンの姿を見つけたわけではないらしい。
なにかを勘繰っている。
そう感じた友紘は、わずかに残る動揺をひた隠しながら聞き返した。
「と、と、突然なんだよ……?」
「いえ。前から思ってたんですけど、クルトさんってリリンさんとどういう間柄なんですか?」
「は……?」
ところが、スピカの口から出たモノはトンデモ疑問だった。
リリンとの関係? 異性交遊ってこと?
まさかNPCがそんなことを考えるのか……等々、友紘はその意図がわからず棒立ちになった。しかし、ハッと我に返ってスピカに真意を問い質した。
「なに言ってんの、オマエ」
「だって、いっつも仲良さそうにじゃれ合ってるじゃないですか!」
「じゃれ合ってねえよ! んで、あんなヤツと仲良くなんかする必要があるんだよ」
「だから、ズルいんです! ボクがこんなにリリンさんのことを愛しているのに、どうしていつもクルトさんばかりなんですか」
「ズルくも、なにも、俺はアイツとホムメンってだけで、まったくの赤の他人だっつーの!」
おもわずムキになって反論する。
プログラムで作られたはずのNPCがこんな嫉妬めいた発言をするなど思ってもみなかったのだろう。友紘は驚愕と共にリリンに対する反応を素直にぶちまけた。
「ちょっと! 黙って聞いてれば、アンタなによそれ!」
だが、それを聞いて納得がいかなかったのだろう。
唐突に背後から怒鳴り声が漏れた。友紘の衣服を引っ張りながら、突然リリンが這い出てきたのである。そのせいで、友紘は後ろに倒れそうになった。
そのことに腹を立て、友紘は振り向きざまに怒鳴りつけた。
「あぶねえだろがっ、バカ!」
「そんなの、どうでもいいっつーの。それより、いまの発言はどういうことよ」
「……は? どういうことって、どういうことだよ?」
「だから、ウチとアンタの関係についてよ!」
「だって、オマエ。俺たちはゲーム仲間なだけであって、それほど親しいってほどじゃねえだろ?」
「……そりゃあ、そうだけど……そうだけどさぁ……」
「んだよ。言いたいことがあるなら、ハッキリ言えよ」
「あーもうっ! とにかく、いまの言い方が気にくわない」
「意味わかんねえよ。結局、なんだってんだよ?」
と言って、友紘が訊ねる。
しかし、リリンは答えなかった。
それどころか、不機嫌そうにプイッと顔を背けられてしまう。そのことに激情にも似たもどかしさを覚え、友紘の心の中はグチャグチャになった。
「リリンさん、見ぃ~つっけた!」
しかし、そんな中スピカが口を挟んでくる。
まったく空気が読めないのか、はたまた読もうとしないのか。スピカは、呑気そうにニッコリと笑って、間に割って入ってきた。
「なんだかよくわかりませんが、喧嘩は良くないです――それより、リリンさんはボクと一緒にクエストに行くべきです」
「ちょっと待ってよ。ウチはアンタとは行かないって、さっきも言ったでしょ?」
「スピカ、悪りぃんだが、いまコイツと話をしてるんだ。オマエの用事は、後にしてくれないか」
「ええぇぇ〜っ⁉ 先にリリンさんに用事があったのは、ボクの方ですよ?」
「会ったのは、オマエが先でもいまコイツと話してるのは俺が先だ」
「そんなこと言って、クルトさんはボクからリリンさんを奪う気なんですね?」
と、スピカが突拍子もないことを言い出す。
なにを寝ぼけたことを――。
途端に友紘は呆気にとられた。リリンが髪を掻きむしって苛立ちを見せながらも、状況を見守っていた。どうやら、釈然としない様子である。
友紘は気持ちを表すように溜息をついた。
「あのな、スピカ。オマエ、この状況わかって言ってんのか?」
「もちろんです! クルトさんがリリンさんをたらし込めようと……」
「「ちっがぁ~うっ!!!!」」
友紘とリリンの声が重なって叫び声となる。
それは、ほんの偶然だったが同じ気持ちだったのだろう。「どうしたらそうなる」という拒否感が声には込められていた。
それに対して、スピカは驚いた顔で「違うんですか?」と問うていた。
「俺はオマエから逃げるための盾にされただけだ」
「ちょっ!? 盾ってなによ、盾って!」
「うっせーな。実際、そうだろ!」
「ウチはアンタが丁度いいところにいたから、背中を借りただけだっつーのっ!!」
「それを盾にするっつーんだろが」
「まあ、まあお二人とも喧嘩はやめてください」
「うっさいわね! スピカ、アンタちょっと黙ってなさい」
「そうだ! コイツを黙らせるまで、少し待ってろ」
「黙らせるってなによっ、黙らせるって――もしかして、ウチとやる気?」
「おうおう、やってやろうじゃねえの」
説明するどころか、向かい合って一触即発の様相。
友紘は憤然と沸き上がった気持ちを抑えきれず、相対するリリンを睨み付けた。
「まあまあ、お二人とも落ち着いてください」
そんな状況の中、とっさにスピカが割って入ってくる。
自分たちをなだめようとしているのだろう。
呆れた様子で「しょうがないですねぇ」と愚痴を零していた。
「つまり、クルトさんはリリンさんのことが好きではないと?」
「ああそうだ。コイツのことなんて、1ミリも好きじゃねえし」
「ちょっ!? そこまで言い切る気?」
「当たり前だろ。第一、オマエと出会ってまだほんのひとときしか経ってねえじゃん」
「……な……じみ……だっつーの……」
「え? なんか言ったか?」
「なんでもないわよっ、バーカ! この唐変木!」
「んなっ……。なんだとこの野郎、もういっぺん言ってみろ」
「バーカ! バーカ! バーカ!」
「ちょっともう止めましょうよ、2人とも……」
ところが、結局は無駄。
友紘はスピカの仲裁を無視して、相対するリリンと互いの胸ぐらを掴み合った。
「2人ともいい加減にしてくださいっ!!」
刹那、轟くような声が響く。
発したのは言うまでもなくスピカである。
怒号は、2人の張り詰めた険悪な雰囲気を一気に風船のように割って、無言の静寂をもたらした。驚いた友紘は、おもわずリリンの胸ぐらから手を離した。
そして、ゆっくりとスピカの方へと向く――眉間にしわを寄せた厳しい表情がそこにはあった。
「どうして、そんな風に喧嘩しちゃうんですかっ!?」
「いや、だって……コイツが……」
「誰がとかコイツがとか関係ありません!!」
「は、はい!」
「イェ~イ、ざまあ見ろ!」
「リリンさんも少しは反省しなさい」
「えっ、ウチ……? どうして、ウチが反省しなきゃなんないし」
「そりゃあ、リリンさんが何も言わずに逃げるからですよ。断るなら断るでちゃんと行ってくれれば言いじゃないですか」
「だ、だって、アンタしつこいし……」
「言い訳無用!!」
怒りの矛先は、友紘だけではない。
途端にリリンにも雷が落ちて、言い訳をして凌ごうとする気を削いだ。
ざまあみろと言いたいところだが、友紘もそれどころではないのだろう。ヘラヘラと笑ってリリンについて行くスピカからは想像も出来ないような怒気がまさしく恐ろしかった。
「2人ともいいですか? これからは、もう少し仲良くやれるよう努力してください」
とスピカが説教を吐く。
学校の教師のようにも見えなくもない。
友紘はそのことに嫌悪感を抱いた――が、思わぬことに顔に出てしまったのだろう。とっさにスピカに睨まれて、蛇に睨まれた蛙のように大人しくしているしかなかった。
「それは、ウチだってそうできるんだったらそうしてるけど……」
対して、リリンは怯まなかった。
あの手この手でスピカを巻こうとしていただけに、ここで引き下がるわけにはいかないのだろう。そのことは、向かい合う友紘にも見て取れた。
とっさにスピカに腕を捕まれる。
何をするかと思っていると、急にリリンの腕も掴んで強制的に握手させられたのである。
「はい、じゃあまずは仲直りの握手!」
こうなっては、仲良くする他にない。
友紘は渋々リリンと握手を交わすほか無かった。
「言い過ぎた。悪かった、ゴメンなさい」
「ウチも悪かったよ。アンタのこと、そんなに言うつもりじゃなかったのに」
「これからは、お互いもう少し仲良くしないとな」
「そうね。ウチもアンタが嫌いってワケじゃないし」
「……は? どういう意味?」
「別にぃ~」
「んだよ、それ。スッゲぇ気になるじゃんかよ」
随分といい含んだ言い方。
友紘は、リリンの奇妙な態度に苛立ちを覚えた。しかし、これ以上の言い争いは余計にスピカを起こらせるだけだと悟ったのだろう。
途端に気を静めるようにして、溜息を漏らした。
「よかったぁ~2人とも仲良くしてくれて」
そんな2人の和解ムードを見てか、スピカが笑みを零していた。
友紘としては「何をそんなに呑気なことを」と言いたいところだったが、仲直りしてしまった手前逃げるわけにも行かなかったのだろう。
次にスピカが何を言い出すのかが気になって仕方がなかった。
「とりあえず、仲も深まったことですし、3人でクエストに行きましょうか!」
――が、発せられた言葉はとんでもない言葉。
友紘は思わずうわずった声を上げた。
「「なんで、そーなんだよっ!!!」」
それはリリンも同じだったらしい。
2つの声が重なり、トンデモ発言に突っ込んでいた。




