第1節「喧噪の中のダンジョン攻略/その1」
驚き、桃の木、山椒の木、狸に電気に蓄音機……などという地口も半ば。いや、それすらも越えて、なにがなんだかわからない状態だろう。
それぐらいスピカの告白は衝撃だった。
当然、その話題はサーバを越えて話題になり、果ては公式SNSでも取り上げるまで始末。まさか単なるプログラムであるNPCがプレイヤーに恋をするなど、いったい誰が想像付くだろうか?
ATNPCは、確かに自律思考型する機能を持ち合わせている。だが、あくまでもプレイヤーの冒険をサポートするための存在と定義されたモノだ。
そのことがネットを介して、大きな騒動となった直後。
一撃ゲームステージの公式WEB放送に出演したプロデューサーの吉中が言及していた。そして、その中で「かなり特異なケースだと」説明した上で、リリンとスピカの恋の行方を静かに見守って欲しいと語ったのである。
もちろん、それは当事者の周りでも、話題に事欠かさなかった。だが、喉元過ぎれば熱さを忘れるの諺の如く、リリンとスピカの恋バナは徐々に忘れ去られた。
そして、数週間後――。
ゲーム内では、代わって期間限定の攻略イベント「偏屈王に囚われた人々を救え」の話題で持ちっきりとなっていた。
ATNPCの実装、ホームタウン制度の導入を経て、開催される今回のイベント。参加条件には、それらの要素を加えての参加が明記されていた。
「――詰まる所。開発としては、エンドコンテンツでもATNPCを参加させて攻略して欲しいということだろう」
と、友紘の前を歩く祐鶴が語る。
その背中を追い、友紘たちは石灰岩の柱や壁で作られた城の中を警戒しながら、ひたすら進んでいた。
現在、イベントの攻略中で、ATNPCや長靴キャッツのメンバーもいる。もちろん、その中にはくだんのリリンも参加しており、前情報で伝え聞いていたレアアイテムを欲していた。
開始前、友紘はその話を祐鶴にするリリンの姿を見ていた。
今回のレアアイテムの中には、ATNPCの導入と時を同じくして追加されたジョブ『竜騎兵』のレア武器も含まれていた。
付属されるステータスが異様に高く、攻撃間隔も短い。
そんな武器を手にすることができれば、エンドコンテンツでの活躍も間違いなしといえるだろう。そう考えれば、リリンが喉から手が出るほど欲しくなる理由もわかる。
友紘はそんなことを考え、祐鶴にこの先のことを訊ねた。
「――で、これからどこ行くの? しらたきのスレじゃダンジョンは組み替え制らしいし、モブの位置情報なんか役に立たないらしいよ」
「それなんだが……。若干場当たり的ではあるが、タンク2人に前方警戒をして貰いつつ、ウサ猫君にヒューミントで探ってきて貰おうと思うんだ」
「ヒューミントって、今回シーフに追加された攻撃とダッシュが使えなくなる代わりにモブのエンカウント対象から外れるっていうあのアビリティのこと?」
「そうだ。忍者の方には、一定の場所で聞き耳を立てると情報が得られる『シギント』が追加されたが、シーフに追加されたヒューミントはモブやモブのNPCと接触しても会話が成立するような仕組みになっている」
「それって、やっぱりATNPCが導入されたから?」
「だろうね。こういうエンドコンテンツや一般的なクエストの中にも、攻略情報がその時々によって代わるシステムが導入されたんだろう」
「じゃあ、前情報で手に入るイベント攻略情報なんて役に立たないじゃん」
「まあ、それだけ難易度が上がるってことだな。開発も、そこを見越して導入したってことじゃないのか?」
「相変わらず、追加されるコンテンツが斜め上だなぁ~」
「おそらく、ATNPCの導入でより攻略しやすくなったことへの配慮ってことだろう」
「絶対いらねえじゃん、ソレ」
「まあ、ATNPC参加させるだけで得られるボーナスマネーが出るんだ。そう考えれば、難易度が上がることは苦ではないだろう」
「だけど、そのお金も攻略に必要なアイテムなんか買ったりしたら赤字だって聞くよ? これで本格的にエンドコンテンツでATNPCを参加させることになったら、どれだけのボーナス得られるかわからないよ」
「そう愚痴る気持ちもわからなくはない。とにかく、今回のイベントは楽しむつもりで参加しようではないか」
「とは言ってもねえ……」
歓迎したいような歓迎したくないような内容。
友紘としては、ゲームを楽しみたいという思いがある。だが、難易度が上がって攻略できないなどという事態だけは避けたかった。
それだけに開発が難易度を上げたことに関しては複雑な思いだった。
「大丈夫だよ、にぃーた」
そう言って、横から光紗姫が割り込んでくる。
見つめた顔には自身が満ちあふれており、ポンッとまな板のような胸を叩いていた。
「アタシがちゃ~んと『ちょーほうかつどう』してきてあげるから」
「オマエが言うと、なんか不安だ」
「えーっ! なんでさー!?」
「だって、安心安全のポンコツウサ猫だろ? 兄ちゃんは心配でしかたねぇよ」
「ぶぅ~。アタシ、ポンコツじゃないもん」
「ウソつけ。オマエ、意外となにもないところでスッ転んだり、家事の手伝いしてコップ割ったりしてるだろ?」
「それとこれは別だよぉ……あっ、もしかして」
「…………あ?」
「にぃーたは、アタシのことが怪我しないかという意味で心配してるんでしょ?」
「はぁ~っ!? そういう意味で言ってんじゃねえよ」
まったくウチの妹は……。
そう思いながらも、友紘は光紗姫が上手にやってくれることを祈った。
「とにかく、ウサ猫君に命運が掛かっている――くれぐれも気を付けていってくれ」
「了解であります、隊長殿っ!!」
光紗姫が悪ふざけで敬礼をしながら、祐鶴に返事をする。
その様子を横目で見ながら、友紘は自分に向けられるある視線に気付いた。すぐさまその視線の方向を向くと、後方にいたリリンが友紘をジィーッと見つめてた。
そばには、あのスピカがいる。
リリンに向かって、「緊張しますね」とか「ボクが付いてますから」とか、なにかとアピールしているらしかったが、本人は相手をするつもりがないらしい。
(……なんで、こっち見てんだよ)
その思いから、友紘は気になってリリンの方へと向かっていった。
「さっきから見てるようだが、なんだ? なにか用か?」
「ち、違うし……。たまたま目が合っただけだし」
「ふーん、たまたまねぇ……」
「まさか疑ってるんじゃないでしょうね?」
「……別に。NPCの彼氏さんができて、うらやましいなぁ~だなんて思ってないですから」
と、友紘が言うと横から「彼氏だなんて」というスピカの声が漏れた。
すでに当人は、リリンの彼氏のつもりでいるらしい。
NPCであるはずのキャラが知性を持つと、ここまで人間っぽくなれるのか――友紘は、そのことを改めて身をもって感じさせられた。
「コイツは、彼氏じゃないっつーの!」
だが、途端に反論の言葉が飛び出た――言うまでもなく、リリンからである。
あのときの続きをちょっとだけ話せば、リリンは即座に告白を断った。そのことは、友紘を含めた周囲の人間が認知していたはずなのに、なぜか公式を巻き込んでお祝いムードになっている。
しかも、当の告白したスピカもすっかり彼氏気分。
告白から向こう2~3日の間、リリンは煩わしそうな態度でスピカを煙り巻いていた。友紘はその様子を傍目から見て、ずっと心の内で面白がっていた。
なにしろ、あの場でリリンと口論していたのは友紘である。
喧嘩の相手が予期せぬ不幸に遭っていたなら、面白がらないわけがない。だから、いまもこうしてからかいの対象にしようとしているのだった。
「いや~お熱いですな。俺もおもわず顔から湯気が出ちまうぜ」
「だから、ウチはコイツと付き合った覚えはないっつーの! つーか、あの場で断ったの見てたのアンタじゃん!」
「えぇ~? そんなの断ってましたっけ?」
「ムッキー! マジムカつく」
「いいじゃないですか-。ホント、ベストカップル過ぎてうらやましいですねー(棒)」
幼稚な口喧嘩が続く。
だが、しかし途端に祐鶴の声が聞こえてくる。
「……2人とも。ここに来てまで喧嘩するのは、勘弁してくれないか」
友紘が振り返ると、祐鶴はそう言って溜息を漏らしていた。
けれども、とっさに前にいた颯夏から「敵が来ますわ」という声を聞きつけ、全員に戦闘準備に取りかかるよう発破を掛けていた。
友紘もその言葉に従い、リリンの方を一瞥すると腰に下げたボールを手にした。
やがて、颯夏が予告通り、雑兵とおぼしきNPCが真っ直ぐ延びた通路の先からやってきた。
その数は、おおよそ7人。
レベルも現行キャップより若干高いLv62。モブ特有のHPの多さが気になったが、睡眠魔法などを駆使して対応すれば問題ないはず。
友紘はそう考察し、プリーストであるアウラや魔術士のATNPCが対応してくれることを願った。
そして、突撃する他のDPSに混じって攻撃を開始する。
今回のイベントの最大参加人数は12人である。
このうち、戦闘時の編成は2班に分かれて戦闘を行うとあらかじめ祐鶴から通告されていた。友紘は指示通り、タンク役である颯夏が引きつけるモブに攻撃し始めた。
モブが1人、また1人と倒れていく。
5分も経過した頃には、すべてのモブの殲滅をし終えていた。全員が手にした武器を収め、颯夏とヴァネッサを先頭に歩き始める。
「あっ、言い忘れたんだが……」
そんなとき、祐鶴が思い出したような声を上げた。
なにやら、大事なことを言い忘れたらしい。友紘はそのことを察して、祐鶴に問いかけた。
「どうかしたの?」
「ヒューミントは失敗すると、2度目は警戒されて侵入しづらいらしい」
「へ?」
それはいったいなにを意味するのだろう――と、思った直後だった。
唐突にグループチャット越しに「ぎゃぁぁ~」という声が上がる。友紘は何事かと思って、光紗姫に確認すると狼狽えた様子がチャットを介して伝わってきた。
それから、寸刻の間。
光紗姫は気まずそうに黙っていた。友紘もそのことが気になり、聞き耳を立てるように光紗姫の反応を待つ。
『ゴ、ゴ、ゴメン……。隠れてるのバレちゃって、ヒューミント失敗しちゃった』
やがて、帰ってきた言葉は思いも寄らないモノだった。
当然、友紘からは失敗を嘆くような溜息が漏れた。同時にグループチャットを介して、「オマエなぁ」と呆れた声で光紗姫に呼び掛けていた。
『だって、ちっこい女の子のNPCがアタシに話しかけてきたんだもん』
と、光紗姫がチャット越しに言い訳してくる。
友紘はその言葉を聞いて、妙な単語が出たことに違和感を覚えた。
『ちっこい女の子のNPC……? なんだ、そりゃ』
『わかんないよぉ~。その子が私の正体バラしちゃったから、周りのNPCに感づかれちゃったの』
『なんだかよくわからんが、ともかくいったん戻って来いよ』
モブじゃないのか……?
一瞬、頭の中でそう考えた。だが、話しかけられたことに端を発して、光紗姫が死亡するに至ったことを考えると通常のATNPCではないかとも思える。
友紘はワケがわからない状況に首を傾げ、光紗姫と戻ってきたら確認することにした。
そんなときだった。
「なんだ? あの女の子……?」
突然、近くにいた泰史から声が上がる。
友紘が顔を向けると、泰史は前方を指差して驚いていた。しかも、こちらに近づくなにかの存在に気付いて、全員に注視させようとしている。
そのことを知って、友紘も泰史が見たモノの正体を確かめることにした。
目を細め、300メートル先から歩いてくる存在の姿を捕らえる。すると、そこには泰史の言う小さな女の子の姿があった。
女の子はパタパタと足音を立てて、こちらに近づいてきている。友紘は女の子の姿がクッキリと鮮明になると、その容貌に見覚えがあることに気付かされた。
やがて、少女が目の前に到達する。
「あれぇ~? なんで、お兄ちゃんがこんなところにいるの~?」
と言って、友紘の元にやってきた少女――その姿を見て、友紘は我を疑うように驚かされた。
なぜなら、少女の正体はいまも目の前にいる颯夏とうり二つの顔をしたあの『NPCオリエ』だったからである。




