エピローグ/「そして、俺たちは今日も仮想世界に物語を綴る」(前編完結)
【12/14(日)を持ちまして、エターナルファンタズムⅡβ版はサービス終了となります。テスターの皆様におかれましては、8ヶ月間のベータテストにご参加いただき心より感謝申し上げます。なお、正規版のサービス開始は12/25(水)24:00を予定しております。公式サイトから正規版ソフトが購入できますので、引き続きご愛顧のほどよろしくお願いいたします。】
そんな通達がなされたのは、ユアたんとの決戦事件が起きた翌々週のこと。
もはや幾人のプレイヤーが参戦し、勝利を喜びを分かち合った時間は風化して思い出になっていた。それだけゲーム内には、後にも先にも楽しいイベントや日常が盛りだくさんだと言うことである。
とはいえ、今日はベータ版のサービス終了日。
24時を過ぎるとサーバがクローズドされ、テスト期間が全行程が終了する。アナウンスにあった通り、正規版のサービス開始までは1週間近い休止期間が設けられている。
それまでやることはなにもない。
ゆえに友紘たちは、思い出にとエル・ヴィオラ百景の中で、最も美しいとされるリュオルの丘の頂に立った。この山は、ゲーム内の設定で過去に滅びた美しき都が見える場所として知られている。エターナルファンタズムⅡの背景CGは現実と見間違うほどのリアルさなので、丘の上から見下ろす風景は絶景だった。
「うわぁ~スゴいよ、にぃーた!」
と、光紗姫が声を上げる。
友紘は、その後ろでと心配しながら、妹の様子をうかがっていた。
「あんまり崖の方に近づきすぎるなよ? 落ちて死んだら、1人だけポランのホームポイントに逆戻りだかんな?
「そんときは、モカカちゃんに生き返らせてもらうもぉ~ん!」
「あのな、そんなんで他人の貴重なアイテムを使わせるな」
「えーっ!? だって、ここまで来るのメンドくさいんだもん」
「オマエなぁ……」
楽観的な妹には、ほとほと困る。
そんなことを思っていると、不意に後ろから声を掛けられた。振り返ってみると、少し離れたところで祐鶴が手招いていた。
なにか話があるらしい。
友紘が近づいていくと、
「少し話したいことがある――ここでは、なんなので少し遠くで話さないか」
即座にそう言ってきた。
しかし、なにも言わずにこの場を離れるのは気が進まない。友紘は振り返って、後ろにいた颯夏に向かって呼び掛けた。
「オリエ。ちょっと夕凪さんと話があるから、ウサ猫が馬鹿やらないように見張っててくれ」
「わかりましたわ」
とっさに颯夏からの反応が返ってくる。
けれども、それとは別のやかましい反応もあった。言うまでもなく、光紗姫からのモノで、自分を子供扱いする兄に対する抗議の声だった。
「そんな子供じゃないもん。にぃーたの馬鹿っ!」
友紘はその声を聞き流し、祐鶴の後について500メートル離れた場所まで移動した。そして、全員の姿が小さく映る場所で向き合って話した。
「ここならいいだろう」
「ねえ、いったいなんの話なの……?」
友紘がそう問いかける。
すると、わずかに押し黙った夕凪が意を決した様子で語りかけてきた。
「実は、クルト君に話しておかなければならないことがある」
「んっ? いったいなに?」
「――先日、兄からエアメールが届いたんだ」
祐鶴が話したかったこと。
それは先月、屋上で明かした祐鶴の兄が本当のユアたんだったということに関連したことだった。しかも、当のユアたんを名乗った祐鶴の兄は家を出ている。
そんな事情を知っていると踏んでの話なのだろう。
友紘は、祐鶴の話に耳を傾けた。
「……エアメール? お兄さんから?」
「ああ、両親と私宛にそれぞれ1通ずつな」
そう告げる祐鶴の顔は、妙に穏やかな顔だった。
「なんて、書いてあったの?」
「あの事件についての謝罪だ。それと家族に迷惑を掛けたことや出所後、なにも言わず勝手にニューヨークへ行ってしまったことも書いてあった」
「それで、お兄さんはいまなにをしてるって?」
「どうやら、両親に渡された手切金でむこうの短大を出た後、さる町の小さなFM局に就職したらしい。以前、兄は話すことが得意ではないと言っていたが、これが意外にも好評らしくてな。アメリカ人の彼女もできて、結婚も考えているようなのだ」
「……そっか。本物のユアたんは、リアルに楽しさを見いだしたんだね」
なんだか3年前が懐かしい。
そう思えるようになったのは、3年前の悔しさがいつのまにか楽しい思い出になっていたからだ。だから、友紘は本物のユアたんをもはや思い出の遺物として、初めて懐かしんでみせたのである。
「よかったじゃん。なんか和解できたみたいでさ」
「それもこれもクルト君のおかげだよ――本当にありがとう」
「よしてよ。俺はなにもしてないじゃないか」
「いいや、君は私を含めた全員に感謝されるべき存在なんだ。君のおかげで、私も、私も家族も救われた気がする」
「また大げさなぁ~」
「君はそれだけ大きなことを成し遂げたんだ。もっと誇りに思いたまえ」
「そう言われてもなぁ……。正直、あんまし実感わかないよ」
「だが、今回のユアたんの正体を暴いて、大勢のプレイヤーを率いて団結して勝利に導いた――この意味は、ユアたんを知っていようが、知らなかろうが、数多くのプレイヤーがその亡霊にとらわれなくて済むようになったということではないか?」
「それはオリエとの一件があって、結果的にそうなっただけだし……」
「君にとってはそうなのかもしれない。しかし、私にとっては感謝してもしきれぬモノなのだ」
「……夕凪さん……」
「どうかそのことを理解して、私にきちんと礼を言わせてくれ――ありがとう、クルト君」
その言葉を聞いて、友紘はなにも言えなかった。
いや、むしろ言わなかったと言った方が正解だろう。
なぜなら、自分では感謝されるべきことをしたはずではなかったのにも関わらず、こんなにも感謝されている。そのことが友紘の中で、若干の混乱をもたらしていたからだ。
しかし、すぐに頭を整理し直して、その意味をハッキリと理解する。
友紘は照れくさそうに、はにかんだ。
「面と向かって言われると恥ずかしいなぁ~……なんか告白されてるみたい」
「こ、こ、告白だとっ!?」
「いや、だってさ。2人っきりでこんなことしてたら、そう思われても仕方ないじゃん」
「……はぁ~まったく。君は、どうしてそんなにデリカシーがないのだ」
「え? 俺、そんなにおかしなこと言った?」
と、惚けたような顔を見せる友紘。
再度祐鶴に答えを求めたものの、返ってきたものは「知らん!」という不機嫌そうな言葉だった。
「おーいっ、2人とも! そろそろ太陽が地平線に差し込むぞ~」
不意に泰史のそんな声が聞こえてくる。
友紘が画面左上の時計を見ると、エル・ヴィオラの世界の時間は夕方になっていた。しかも、リアルでの時間はすでに深夜23時半を回っている。
あと30分もすれば、ベータ版のサービスが終了する――友紘はそのことに気付いて、夕凪と共に全員のいる場所へと戻った。
全員のいる丘の上に戻ると、ウサ猫が一緒に見ることをせかすように言ってきた。友紘は大はしゃぎする妹をなだめようとしたが、すぐに諦めて一緒に夕日を眺めることにした。
「あの、クルトさん」
ふと右手から颯夏が話しかけてくる。
顔を差し向けると、颯夏がなにか話したそうなで見ていた。友紘がそのことを訊ねると、颯夏がオロオロした様子で訊ねてきた。
「えっと、夕凪さんとなにをお話になってらっしゃったんですの?」
「なにをって……そりゃまあ色々と」
「い、い、色々ですのっ!?」
「そうだよ。それがどうかした?」
「……いえ。個人的にどんなお話をなさったか聞きたかったのですが……色々ですか」
と言って、なぜか颯夏から溜息が漏れた。
理由はわからない。
とにかく、フグのように顔を膨らませて怒っているのは確からしい。友紘はその理由がわからず、不思議そうに首を傾げた。
「なに怒ってるんだよ?」
「怒ってなんかいませんわ。ちょっと気にくわないことがあっただけですので――お気遣いなくっ!!」
「やっぱし、怒ってんじゃん。なんで、そんなに語気を荒げてんだよ」
「もう知りませんわ!」
プイッ――
まるで、そんな音を立てるように颯夏の首が明後日の方向を向いてしまう。友紘はどうにか説得を試みたが、周囲の奇妙な笑い声もあって、その理由を聞き出すことができなかった。
「さて、あと10分ぐらいでサービス終了だぞ」
やがて、祐鶴の口から残り時間が告げられる。
ログウィンドウには、すでに『速やかにログアウトしてください』という文字が躍っており、プレイヤーの退出を促している。
そんなとき、友紘はあることを思いついた。
「俺たちの戦いは、まだまだこれからだ!」
それは、とてもくだらない冗談の叫びだった。
記念のつもりだったのだろう――狙ったつもりはなかったが、唐突な叫びに周囲は必死に笑いを堪えようとしていた。
「エールで叫ぶなよ、腹痛えじゃねえか」
「ク、クルト君。そのネタはあんまりだぞ……?」
「にぃーたってば。突然、そんなのズルいよ」
「いいじゃん。一応、ベータ版も最後だし、なんか叫んでおこうぜ?」
そうした考えは、友紘だけではないらしい。
突然、どこからともなくエールで「正規版で会おうぜ」という声が聞こえてくる。どうやら、同じことを考えるプレイヤーがいたようだ。
次々とくだらない叫びがエル・ヴィオラ全土に響き渡る。
それを聞いて、友紘たちは感想の一言を漏らした。
「やっぱ、みんな考えることは同じだねぇ~」
「……まったくだ。こればっかりは、恒例行事みたいなものだからな」
「なぜ皆さんは、こうも叫びたがるのですの?」
「オリエさん、ソイツは考えねえ方がいいぜ。どうせ、全員なにも考えずにくだらない叫びをするだけだからさ」
「クックック……なんと厚かましことよ。世界の終焉など目の前だというのに」
「モカカちゃん? それ一応、サービス終了って意味だよね?」
「ふんっ、わかっておろう。だが、この叫びは混沌から生まれん新世界への渇望やもしれぬ。さしずめ、この叫びを『ワールドシャウト』と呼ぶべきか……あ、でも語呂が悪いかも」
「だったら、『グローバルシャウト』なんてのはどうだ?」
「おや? 珍しく夕凪さんから中二病的な発言が出た」
「わ、わ、私はモカカ君が困っていたから、手助けをしたまでだ!」
「うひひぃ~。私も初めて夕凪さんの中二病っぽい発言聞いちゃったなぁ~」
「ウサ猫君までくどいぞ!」
「まあいいじゃん。夕凪さんは、ゲームも隠れてやってた人だし」
「クルト君、その話は今度リアルで話そうか」
「……あ、いや……マジでスミマセン……」
刻々と時間が過ぎていく――楽しいひとときだった。
ゲームに全力に励み、ゲームに命を燃やし、ゲームを大いに楽しむ。それだけで、友紘は人生が満ちていくような気がした。
だから、友紘にとってこうして仲間といることは、かけがえのない思い出の時間だった。
友紘が言う。
「んじゃ、もう1回最後に叫ぼうぜ!」
その一言は、これから思い思いの一斉に叫ぶための合図だった。もちろん、最初に提案した友紘も遠い景色の向こう側に声を届けようと身構えている。
「――行くよ? せーのっ!!」
友紘を含めた風雷房の全員が叫ぶ。
それは、正規版への渇望の声だった。
友紘は新たなる冒険の日々を心に思い描きながら、サービス終了の1分前までのひとときを風雷房のメンバーと共に楽しんだ。
人生の1分1秒を仮想世界の物語とするために――
ドーモ=ドクシャサン、マルオ=ルイジです。
え~っと、意味もなく某忍殺風に始まった挨拶ですが……(ぅぉぃ)。
ともあれ拙作「GLOBAL SHOUT!」をここまでお読みいただき誠にありがとうございました。拙作の感想はいかがだったでしょうか?
この作品は、筆者がかつてプレイしていた黄金期に50万人のプレイヤーを誇った大人気ゲームファイナルファンタジーXIでの思い出をベースに「楽しいとはなにか?」とか「俺のプレイしてたゲームってこうだったよな」的な思いを乗せて執筆させていただきました。
ですので、この作品のテーマはズバリ「楽しいとはなにか?」です!
みなさん、MMOは楽しんでますか……?
一度もやったことがないという方もおられると思いますが、MMOってのめり込むときと飽きちゃうときってのが何度もあって、でもスルメイカみたいに味わい深いんです。そのせいもあってか、気付くと筆者であるボク自身も「くやしいっ、でもプレイしちゃう(ピコンピコン)」と言いながらゲーム画面を開いてます(笑)
いまはファイナルファンタジーXIVに身を移してしまいましたが、発売当初からプレイしていたこともあって、とても思い入れの深いゲームでもあるんです。
今年は最後の追加ディスクが発売され、いよいよサービス終了も近づいてるようですが、ボクは最後の日に立ち会うだけにして置こうと思います。
(理由は、一昨年復帰したときにあまりの変わりようにつらくなって辞めてしまった経緯があるためです)
だから、ゲーム内のグループコミュニティが崩壊しちゃったときとか、そのコミュニティで仲が良かったフレンドが掲示板に晒されて「あんなこと書かれるぐらいならもう辞める!」と言ってメールしてきたときにフォローしたこととか、ゲーム内で出会った方の結婚式の2次会にお呼ばれしていったときとか、大型コンテンツでイヤな思いをしておもわず悪態付いちゃったこととか……。
とにかくっ! いろんな思い出があのゲームにはあります!
――で、そういうモノを回顧しながら、この作品を描いたつもりです。結構アラも目立つ部分だったり、個人的に失敗したなと思う部分もありますが、その辺はホントにすみませんご容赦ください。
あと、前編エピローグの「丘の上から廃墟と化した都市を見下ろす」シーンは、ファイナルファンタジーXIのオープニングシーンへのオマージュです。
これは、プレイされていた方ならおわかりいただけると思います。あそこから冒険が始まるというイメージが、ボクの中でどうしても残っていましたので、リスペクトを込めて使用させていただきました。
さて、長々と書き連ねましたが、本作はこれで終わりではありません!
前編と称している以上、「じゃあ後編は?」と思われる方もいらっしゃるはず。
なので、後編は必ず年内に執筆する予定でいます。まずはプロットなのですが、なにぶん机上の空論程度にしかできておりません。
ですので、本作の再開はいましばらくお待ちいただくことになります。
どうか本作を最後まで温かい目でお見守りいただければ、筆者としてこの上ない喜びでございます。ならびに最後までご一読いただければ幸いです。 m(_ _)m
それでは、後編のあとがきでお会いしましょう。
ごきげんよう――さよなら、さよなら、さよなら!




