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GLOBAL SHOUT!  作者: 丸尾累児
Chapter4「お嬢様、冒険はまだまだこれからでございます」/「お嬢様のMMO戦記」(前編終章)
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第7節「これが俺のファンタジーだ!/その2」


 吹き荒れる風に砂が舞う。

 それと共に友紘の額に巻かれた長鉢巻きの尾がなびいた。黒いタンクトップに身につけられた胴当て、デニムジーンズの上からはタセットと呼ばれる和鎧の草摺に相当するモノが身につけられている。


 それらが象徴するのは、友紘が完全に武術家から投擲手(スローワー)に転向したということだ。腰に帯びた簡易型のサックに収められたボールが何よりの証拠である。



 いま友紘がいる場所はダルダーン砂丘という周囲に草木なにひとつ生えていない場所で、ポラン聖公国とブランデュール共和国の中間地点に位置する古戦場だ。隠れる場所も数を数えるほどにしかなく、それだけにエル・ヴィオラという仮想世界の歴史上において、もっとも苛烈を極めた戦いが起きた場所でもあった。



 友紘は、そんな場所を決戦の地に選んだ。



 できるだけ障害物が少なく、小細工がしにくい場所として選んだのだろう。多少、岩がむき出しになって段差を作っているスポットはあるものの、それほど戦闘に支障を来すようなモノには見えなかった。

 両隣では、颯夏、祐鶴、泰史、光紗姫、燦の5人の風雷房メンバーが思い思いに武器を整備しながら、正体を明かしたユアたんを待っている。



「しっかし、ホントにそのジョブを上げちまうとはな」



 待っている間、泰史が話しかけてきた。

 友紘は後ろを振り返り、マジマジと見てくる泰史に返事をかえした。



「武術家の上位ジョブみたいなもんだったから、EXクロススキルとクロスアビリティを習得するだけだったし、そんなには苦労してないぜ」


「全部ボールに関するスキルとアビリティなんだっけか。武術家とバガボンドのスキルとかは使えんの?」


「バガボンドの方は、全部使用不可。武術家の方は、ノーマルスキルの『正拳突き』やら『回し蹴り』なんかが使えるっぽいよ」


「ということは、サブウェポンみたいな感じで使うってことか」


「じゃねえの? んまあ、それに余ってスローワーは特殊ジョブみたいだし」


「どういう意味だよ、それ?」


「まあその辺はお楽しみってことで」



 と言ってはぐらかす。

 すぐさま泰史が「教えろよ」と言ってきたが、友紘は答えることなく、遠くから呼び掛ける声に耳を傾けた。



「にぃーた、来たよ!」



 どうやら、叫んでいたのは光紗姫らしい。

 じっと目を凝らして見つめると、光紗姫の50メートル後方ぐらいからユアたんらしき人物がゆっくりと歩いてくるのが見えた。友紘はその場でギロリと睨み付け、近づいてくるユアたんをけん制し続けた。

 すると、会話をするようにユアたんから笑みが漏れる。


 もちろん、再会を喜ぶような顔つきではない――きっと集まったメンバーを見ての嘲笑だろう。


 やがて、友紘はやってきたユアたんに対して、自信ありげな表情で笑い返した。



「逃げたかと思ったぜ、ミリアさん――いや、ユアたんと言っておくべきか」


「いまさら、そんなのどっちだっていいさ。どうせ君たちは、ボクには勝てないのだから」


「さあ? どうだかな」



 不敵な笑みを浮かべ、対抗意識を燃やす友紘。

 すでにお互いの心の内では戦いが始まっているらしく、挑発的な態度でユアたんににじり寄ろうとしている。



「確認けど、こっちにハンデをくれるってことで間違いなよな?」


「ああ、間違いないよ。それでも、君たちに商機があるとは思えないけどね」


「やってみなきゃわかんねえだろ?」


「おや? その言い方は、まるでなにか考えているみたいだね」


「んなの、敵であるテメエに教えるわけねえだろ」


「そうかい。じゃあさっさと終わらせてわからせてあげないと」


「それは、こっちのセリフだ」



 そう言うと、友紘はクルリと身を翻した。

 ゆっくりと後方の少し離れた場所で見ていた風雷房の面々の元へと赴く。全員、準備が整ったらしく、万全と言った顔つきで友紘を見ている。

 しかし、祐鶴だけは気まずそうな表情を浮かべて立っていた。



「クルト君、私たちの準備は万全だが、他がまだ……」


「いや、いいよ。当初、その予定だったし」


「だが、しかしっ……。それでは、我々は犬死にではないか」


「ちなみにどのぐらいかかりそう?」


「30分ぐらいだ」


「……30分か。なんとか悟られずにやり過ごせればいいんだけど」



 その言葉に再度チラリと後ろを振り返る。


 憎たらしいユアたんが微笑みを浮かべて待っていた。しかし、こちらがいつまで経っても始めないことに気が付いたのか、20メートル先から声を張り上げて「どうしたんだい?」と問いかけてきた。

 すぐさま応対してみせる。



「なんでもない。ちょっと作戦変更だ」


「おやおや、いまから作戦変更かい? まあどんな作戦を練ろうとしたところで、君たちが勝てる要素なんてあるようには思えないけどね」


「ちょっと時間をくれ。少しでも、テメエを楽しませてやるからよ」


「構わないよ。ボクは無駄だと思うけど、いくらでも作戦を練ってくれ」


「助かるぜ。んまあ、期待して待ってろ」



 友紘はそう言うと、みたび身体を仲間の方へと振り向けた。そして、各自を手招いて、できるだけ悟られないよう円陣を組んで話し合うことにした。



「……というわけでお許しが出た。できるだけ時間を稼いでやろうぜ」



 と、意地の悪そうな表情で言ってみせる。

 もちろん、そう都合が行くモノでもないだろう。途端に右隣の泰史から「だけどよ……」という不安視する声が漏れ出た。



「アイツだってバカじゃねえだろ? いつまで、こんなことやって誤魔化す気だ?」


「……そりゃまあ、できる限り?」


「なんで疑問系なんだよ。俺は不安でしょうがねえぜ」


「クロウが不安に思う気持ちもわからなくもねえよ。実際、ホントにヤツに勝てるかどうかなんて、俺だってわかんねえんだし」


「おい、ちょっと待て! オマエ、勝てるからアイツに挑んだんじゃねえのかよ?」


「……いや? 負けっ放しはイヤだから、ヤツに挑戦を叩き付けたんだけど」


「オマエなぁ……」


「いいじゃん。クロウだって、アイツに仕返しできたら、それで万々歳だろ?」


「できたらの話だけどな」


「そのために夕凪さんやロイさん、それとムカつくミカリンにも協力してもらって集めたんだろ?」


「そりゃあそうだけどよ……」


「信じろよ。俺たちは、ヤツに持ってないモノをたくさん持ってんじゃん」


「……例えば、どんな?」


「一言で言えば、楽しめるフレンドかな」


「それのどこがヤツの持ってないモノなんだよ」


「だって、アイツ。満足してたら、チーターなんてことやってないだろ?」


「その満足ってなんだよ?」


「知らねえよ。でも、ゲームか、リアルかでなんかあったんじゃね? まあとにかく、満足できてないってことは、フレンドともそれなりの付き合いしかできてなかったってことじゃん」


「それ言っちまったら、俺たちだって似たようなモノじゃねえの?」


「全部が全部ってワケじゃねえだろ? 現に俺たちはオフ会までやっちまってるワケだし」



 少々、言い訳じみたことを言っている。

 友紘にはその自覚があったが、泰史の問いかけにまんざら間違いでもないような気がした。わずか1ヶ月ほどしかプレイしていないが、前作を合わせるとゲームの楽しさは相変わらずだ。




 それは1人でできるモノではない――みんなが協力してくれるからこそ、MMOの楽しさがある。




 友紘はそのことを全員の顔を見ながら、改めて思った。



「おーい、まっだかなぁ~?」



 途端に後ろから声が上がる。

 振り返ると、ユアたんが退屈そうにこちらを見ていた。友紘は円陣の向かいにいる祐鶴に「いまどのぐらい立った?」と問いかけた。



「まだ10分ってところだ。チャット越しに『どれぐらいかかりそうか』と聞いてはいるんだが、まだもう少しかかるらしい」


「そろそろ限界かな? さすがに20分で片が付かないとなると、アイツも俺たちが時間稼ぎをしてるって、勘ぐり始めてるかもしれないし」


「あるいは気付いていて、わざと時間を与えているという線もあるかもしれん」


「その可能性はあるだろうね――とにかく、そろそろ潮時だと思う」


「正気かっ!? 我々だけで戦うなど無謀としか思えんぞ!」



 途端、祐鶴が円陣を崩して声を荒げる。

 続いて、泰史や光紗姫、燦からもバカげたことだ非難の声が上がり、見つめる瞳からは、怒りを通り越して呆れた様子が見受けられた。


 しかし、それで諦める友紘ではなかった。むしろ、覚悟を決めてやらねばという強い気持ちをにじませ、説得を試みようとしていた。



「もうやるしかねえよ。アイツにしてみれば、もう20分も待ったんだ……残りの10分は、俺たち風雷房のメンバーで耐えるしかないっ!!」


「そんなの無茶すぎだよ、にーたぁっ!」


「クルトよぉ~考え直せ。俺たちだけでアイツに勝とうなんて、さすがに無謀すぎんぞ」


「わたくしも、皆さんの意見に同意しますわ。いま戦ったとしても、以前の二の舞にしかならないと思いますの」


「我も同意見ぞ、魔弾の撃ち手よ。再び小宇宙の彼方より出でし、黒き洞穴の畏怖に飲み込まれかねん」


「みんな、頼む! 俺たちがいまガンバらねえと、正規版が始まってもヤツが現れることになっちまう。もし、そうなったら、新規加入する人たちや既存のプレイヤーが楽しくプレイできなくなる」


「それは、オマエが勝手にあんな約束取り付けたからだろ?」


「……確かにそれは俺が悪かったよ。でも、だからって、このままユアたんをのさばらせておくワケにもいかねえんだ」


「にぃーたの言いたいことはわかるけどぉ……」


「あんな違反行為を行う人に勝てるとも思えませんわ」


「みんなの意見はもっともだとは思う――だけど、それでも、俺はアイツに勝ちたいんだ」



 もはや決意は揺るがない。

 そのことを察したのか、それ以降全員から反対の声は聞けなかった。むしろ、唐突にわき起こった誰か1人の拍手に茫然としてしまった感がある。

 友紘はそのことに気付き、拍手した人物である祐鶴の顔を見た。



「その拍手はなに?」


「あ、いや。別に馬鹿にしてるわけでも、褒めているわけでもない――ただ単に君がそこまで真剣にこの勝負に挑もうとしている事に、つい感嘆としてしまってな」


「夕凪さんは責めないの、俺のこと」


「責めても、どうしようもあるまい。この勝負に挑もうと言いだしたのは君だ――私は君のことを信じる」


「ありがとう、夕凪さん」



 その振る舞いは、数日前に学校の屋上で語って聞かせてくれた廿里祐鶴という少女の姿そのものだった。仮想世界と現実の違いはあれ、夕凪からは1人の人間の意思が感じられる。

 友紘はそのことをうれしく思うと共に「ユアたんを倒してくれ」という彼女の一言を無駄にするまいと思った。


 だが、そんないきさつがあったと知っているのは友紘だけである。



「夕凪さんまでどうしちまったんだよっ!?」



 とっさに泰史から驚きの声が上がる。

 同時に他のメンバーからも、似たような声が聞こえてきて、風雷房のメンバーの意思はなかなか固まりそうになかった。


 そんな状況にしびれを切らしてか、はたまたこうなった責任を感じてか、



「お願いだ、俺のわがままに付き合ってくれ!」



 と声を張り上げて、友紘は頭を下げた。



 わずかな静寂が宿る。



 そして、その直後に友紘の耳に聞こえてきたモノ。それは無責任な発言に対する批難などではなく、「ハァ~」という溜息だった。



「まったくにぃーたってば、こうなると強情だからなぁ~」


「わたくしも、この前こんな調子で押し切られたんですのね……」


「魔弾の撃ち手よ、そこまで言うのなら仕方があるまい。ならば、我が深淵のラボラトリーが誇る神秘的知識(グノーシス)が生み出す神殺しの(カンタレラ)、その目でしかと見よ!」



 3人の言葉におおむね了承されたと見なした友紘。


 けれども、その中に1人だけ発言しなかったメンバーがいた――泰史である。

 友紘が泰史を一瞥すると、なぜか目を背けられてしまった。最初にユアたんと遭遇したときの苦い経験が頭の中にあるのだろう。

 そのとき、泰史が1人だけ「逃げよう」と言っていたことが思い出される。友紘はそのことを思い出し、改めて必死な思いで頭を下げた。



「頼む、クロウ。俺に力を貸してくれ!」


「そう言って、頭に血が上って無我夢中で殴り続けたヤツは、どこの何奴だったか忘れちまったのかよ?」


「あのときは、確かに俺が悪かった――でも、今回はみんなと本気で勝ちたいんだ」


「イヤだね。俺はこんなバカげたことやるぐらいなら、今日はここでログアウトするわ」



 と言った瞬間、泰史がウィンドウからログアウトボタンを呼び出した。

 慌てた友紘は必死に泰史を説得しようと、


「頼む、クロウ! 最後まで話を聞いてくれ!」



 と言って、粘り強く頭を下げた。

 その結果なのか、唐突に泰史の指が止まる。そのことを雰囲気から察し、友紘は泰史の一挙手一投足を見守り続けた。



「もし、これで負けちまったら――」


「負けちまったら……?」


「……その……なんだ……」


「な、なんだよ、ハッキリ言えよ?」


「オマエに松野屋の豚丼10杯おごらせるかんな!」



 泰史の言葉に信任を得たと思ったのだろう。

 気付けば、友紘の中でうれしさがこみ上げ、「クロウ」の名を叫んでいた。


 しかし、当の泰史は恥じらっている。



 それでも、友紘は感謝の念に耐えなかった。



「ありがとう! 松野屋の豚丼でも、牛すき抵触でも、何杯でもおごらせてもらうよ!」


「あっ、あとクエストの手伝いと、授業のノートの貸し出しとテスト勉強の付き合い――っと、それから」


「まだあんのっ!?」



 泰史の欲望はつきなかった。

 友紘はそのことを悲観し、絶対に負けるわけにはいかないと思った。



 それから、友紘は全員を引き連れて、改めてユアたんの前に立ちはだかった。



「初めに言っておく。公式に掛け合って、一部のツールが無効化できるようオンラインパッチを当ててある」


「ありゃま。こりゃあ、ボクもうかうかしてられないってワケだ」


「……約束通り。オマエが負けたら、エタファンは2度とプレイしないと誓え」


「ああ、もちろんだよ」


「その代わり、俺たちが負けたら、正規版ではオマエがなにしようが、俺たちは文句は言わない」


「フフッ、いいの?」


「……なにがだ?」


「そんなことしちゃって、運営側だって、ユーザーだって黙ってないんじゃないか? それにしらたきの晒し板あたりに晒されちゃうかもね――『勝手にユアたんを公式PKプレイヤーに仕立て上げた糞プレイヤーども』ってさ」


「そんときは、そんときだ。もしかしたら、俺たちの方が2度とプレイしなくなるかもな」


「な~るほど! そんな可能性もあるよね」


「……んなわけでだ。テメエとの決着、ここで付けさせてもらうぜ!」



 友紘がサックの中のボールを取り出して身構える。

 それに合わせてか、各々の武器を手にした。相対するユアたんも戦闘準備に入っており、もはや誰の手にも止められない状況になっている。



「さあてっと。どのツールが使えなくなってるんだろ……?」



 途端にユアたんがそんな声を上げる。

 友紘はその声にイヤな予感を感じたのか、「来るぞ」と全員に注意を呼び掛けた。




 刹那、目の前からユアたんの姿が消える――




 友紘はその場から離れ、ユアたんが消えた場所へと移動した。チラリと後ろを見れば、他のメンバーもできるだけユアたんが来そうにない場所へと移動し始めている。


 もちろん、このことは想定済みだ。


 できうるだけメンバー同士が補完し合えるよう素早く動けるジョブは互いの距離を保ちつつ、ユアたんへ攻撃が仕掛けられるよう頼んでいる。唯一のヒーラーである燦は、タンクである颯夏の背後に隠れてしっかり守るよう指示もしてあった。



「だが、それでも油断できねえのがユアたんだよな……?」



 と自嘲するようにつぶやく。


 そのことはすぐさま的中した。

 狙い通り、ユアたんは医師である燦の背後に姿を現した。だが、とっさに颯夏が反応を示して、手にした盾でユアたんの攻撃を防いでいた。

 遠目から見ていても、そのことは容易に確認できる。



 友紘は、すぐに颯夏を支援しようと駆け出した――が、途端に身の危険を感じて振り返ると、いつのまにかユアたんが後方に回り込んでいた。



「どうやら、瞬間移動ツールは使えるみたいだね?」



 その一言と共に見たこともない剣による斬撃が飛んでくる。

 友紘はとっさに左に避けると、ユアたんに向かってボールを投げつけた。


 しかし、当然の如く、瞬間移動を繰り返すユアたんには当たらない。


 ボールは、ユアたんに当たることなく、遙か後方へと飛んで行ってしまった。同時にユアたんもその場から姿を消す。

 友紘は周囲を警戒して、あたりを見回した。



(……ヤツは、きっと俺を狙ってくる!)



 その予感が当たったのだろう――ユアたんは、友紘の間近に現れた。

 しかも、すでに剣を頭上に上げており、いまにも振り下ろそうとしている。友紘は、そのことを瞬間的に察知し、とっさにユアたんの両腕を掴んだ。



「なっ、コイツ……!?」



 さすがのユアたんも、意外な行動に驚いたらしい。

 必死に抗って、刃を友紘の身体に刻みつけようとしている。けれども、友紘も負けるわけにはいかず、力強く粘り続けた。



「クルト君、そっちに行ったぞ!」



 その甲斐があってだろう。

 やにわに祐鶴からそんな声が飛んできたかと思うと、ユアたんの頭がなにかに当たって揺れ動いた。友紘はそれをチャンスと見て、両腕を押さえ込んだままユアたんの胸部を蹴り飛ばした。


 それから、すぐに離れた場所まで移動すると一定の距離を保った。


 当然、そんなことをしても意味がないことはわかっていたが、警戒できるだけの距離があるだけでマシと言えるだろう。なにせ、ユアたんは瞬間的に移動して、背後に回ることもできるうえに目の前に現れては防御する間もなく攻撃を仕掛けてくる。




 そんな卑怯な手を使う輩の相手をしなければならないのだ。



 友紘は戻ってきたボールを掴み、5メートル先に現れたユアたんを睨み付けた。その際、ユアたんのHPメーターを一瞥したが、さすがに1ミリも減ってはいなかった。



「なにか当たったと思ったら、そのボールかぁ~」


「オマエも知ってるだろ? 俺がイベントで手に入れたボールのこと」


「もちろん、知ってるさ。それと君のジョブ『スローワー』は、攻略板でも『反則過ぎwww』って話題になってる」


「そりゃどうも」


「……んじゃ、次はさ……」


「いったいなにをする気だ?」



 不意にユアたんの周囲の空気が変わる。



《――ムスペルスヘイムの業火に焼かれ、塵と化せ――》



 その不可思議な呪文が唱えられた途端、友紘は大声で叫んだ。



「みんな、できるだけ離れろ!」



 だが、その一言はむなしく響くだけだった。なぜなら、ユアたんがつぶやいた呪文は唱えると同時にキャストタイムなしで発動してしまったからである。



《――プロミネンスウェーブ――ッ!!》



 周囲が真っ赤な炎の渦に飲み込まれる。

 友紘も必死に逃れようとひた走ったが、あっという間に炎という名の波に追い付かれてしまった。身体は赤一色の中に埋まり、見ているモノがなにであるかすらわからない。




 そんな中で、友紘は全身に飲み込もうとする炎の恐怖におののいた。




 次の瞬間には、見慣れた景色に戻っていたが、見たこともない魔法の威力に恐怖したのは間違いなかった。その証拠に友紘のHPパロメーターは一気に瀕死の状態に成り下がっている。

 友紘はいまにも死にそうな声で語りかけた。



「……なんだ……その……見たこともねえ……魔法は……?」


「知りたい? 未実装扱いで、前回のパッチの中に巧妙に隠されてたんだよねぇ……あっ、これは攻略板でも知られてませぇ~ん……プププのプッ~!」


「くそっ!! ホントとんでもないもん……見つけてきやがって……」


「さあて、みんなHP赤くなってるよ? これから、どうするのかなぁ~かなぁ?」


「うっせえ! ちゃんとテメエに言われなくても、次の一手ぐらい考えてある!」



 と声高に反論する友紘だったが、実際のところなにもないというのが実情だった。


 それだけに顔を上げて、全員のHPメーターを見たときは最悪だと思った。

 光紗姫は死亡、祐鶴はどうにか難を逃れたらしく、半分ほど喰らって生き残っている。颯夏は燦をかばったのか、友紘同様に死にかけだったが、なぜか唯一泰史だけはHPが満タンだった。



「あれれぇ~、おっかしいぞ~? 1人だけ身代わりの術で逃れた人がいるなぁ~?」



 その様子を見たのは、友紘だけではない。

 ユアたんのとぼけた声が上がり、泰史がまったく無傷であることに気付いたようだった。友紘はユアたんが告げたように、泰史がレアアイテムを消費して回避する「身代わりの術」で逃げていたことに理解した。



「オマエッ、1人だけズルイぞ!?」



 当然、そのことを抗議しないわけがない。

 友紘は泰史に向かって叫んだ。



「うっせえ! あんなもん喰らっちまったら、俺なんか一瞬で灰になっちまうわ!」


「くっそぉ~忍者汚い、忍者っ!!」


「悔しかったら、オマエも忍者やれよ」



 無意味な言い争いが為される。

 しかし、友紘は反対側20メートルの位置にいた祐鶴から「やめんか」と檄を飛ばされ、泰史に向けたその矛を収めた。

 すぐさま祐鶴の方を見る。



「いまは言い争ってる場合ではなかろう! この状況をどうにかしないと、我々の負けになってしまうぞ!」


「んなこと言ったって、この有様じゃ……」


「君が信じろと言ったのだろ? こんなにアッサリくじけてしまってどうする気だっ!?」


「くそっ、いったいどうすれば――」



 そう思った直後だった。

 友紘の耳に地鳴りのようなモノが微かに聞こえてくるのがわかった。しかも、複数の雄叫びらしきモノまでしており、勇ましくこちらに向かって走ってきているようだった。



「なんだ? この声……?」



 それに気付いたのは、ユアたんも同じだった。

 目の前で周囲を見渡して、妙な喧噪の正体を確かめようとしている。しかし、それよりも早く喧噪の正体に気付いた友紘はまるで希望の光を見たかのように顔をほころばせた。



「やっと来たっ!!」



 その一言は友紘だけでなく、風雷房の面々にとっても吉報だったのだろう。東西南北を見渡すと、幾人ものプレイヤーが我先にと友紘たちの元へと駆け寄ってきている。



「なんだっ!? どうして、こんなにプレイヤーがたくさんいるんだ?」



 こんな光景見たことがない――そう言いたげなユアたんの顔がある。

 友紘はその驚きようを見て、おもわず笑いをこみ上げさせた――が、とっさに押さえ込んで、敗北を認めるよう促すような言葉を手にするボールのように投げつけた。



「100対1だ!」


「……は?」


「できうる限り呼び掛けて集めたフレンドのそのまたフレンドのフレンド――合わせて、100人のプレイヤーだっ!」


「ひゃ、100人だとぉーっ!!」


「対するオマエは、違反行為ばりばりのチートツールッ!! さあ、いったいどっちが勝つのか勝負といこうじゃないか!」






今回はちょっとガンバり過ぎました……(笑)

戦いは数だよ、兄貴。



※投稿直後、第7節「これが俺のファンタジョーだ!/その2」になってたのは秘密です。

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