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ゴルフ界の伝説を受け継ぐのは6歳の少女でした ―7番の後継者―  作者: 純羽 碧(すみはね あお)


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1/8

プロローグ〜受け継がれるもの〜

拙い文章ではありますが、一人でも多くの方にゴルフの楽しさが伝われば嬉しく思います。

 全米オープン最終日、18番ホールに風が静かに吹いていた。


 世界ランキング1位

 ツアー通算30勝メジャー4勝


 名実ともに現ゴルフ界の頂点に立つと万人が認める男、アレクサンダー・レイノルズは、フェアウェイの上からグリーンを見つめた。


 残りは約170ヤード。

 

 目の前には最終ホールのグリーンがあり、その中央付近にピンが立っている。

 

 周囲を埋め尽くす観客と、世界中から集まったトッププロと数台のカメラ。

そのすべての視線が今、アレクサンダーへ向けられていた。


 現在の順位は首位。ここでバーディーを取れば優勝が決まり、パーでもプレーオフに望みをつなげる。


 中継席では、実況と解説が興奮しながら声を張り上げていた。


「さあ!世界ランキング1位のアレクサンダー・レイノルズ、全米オープン最終日の最終ホールでも首位に立っています!」

「今季はすでに3勝を収め、メジャー通算5つ目のタイトルに手を掛けています!」

「残すところ約170ヤード。まさに、彼の代名詞となるあの7番アイアンの距離です!」

「ええ!彼を世界に知らしめた7番アイアンですよ!ボールをカップへエスコートする様なそれはまさに神業‼︎ファンや記者からは、いつしか“ザ・セブンス・プリンス”と呼ばれるようになりました!」


「しかし風が若干、強くなってきました……」 

「関係ありませんよ!彼は風さえも味方にします。彼の横には未来を見通す様に風を読む男がついているんですからね!そして今大会で彼の7番アイアンは、まだ一度もグリーンを外していません!ただの一度もですよ!!」


「今、世界中が彼を!この一打を!見つめています‼︎」


 マイクを通さずともゴルフ場中に響きそうな絶叫だった。けれど、その声はアレクサンダーの耳には届いていない。

いま彼の世界にあるのはグリーンと、そこに立つ白い旗だけだった。


 真っ直ぐにグリーンを見つめるアレクサンダーの背後で、一人の男が声をかけた。


「風は右から少しアゲて来てるが……アレック、お前なら問題ないだろ」


 専属キャディーのジェームズ・ハドソンは、10年以上アレクサンダーの隣でバッグを担いできた男だ。

だからこそ質問というより確認を取るように、ジェームズはすでに一本のクラブを手にしている。


 その相棒に、アレクサンダーは笑みを返した。


「あぁジミー、7番だ」


 そうして自分が最も信頼するクラブを告げる。


「ははっ、だよな。ここで握らなきゃ“ザ・セブンス・プリンス”の名が廃──」

「その名前で呼ぶなって!大会後のインタビューで、記者までそう呼ぶんだぞ!恥ずかしいから、それまでにもっとカッコいい名前考えといてくれ!」


 二人の間に、笑いが生まれた。


 アレクサンダーにとって、ジミーはただのキャディーではなかった。

 苦しい時代も、初めてツアーで優勝した日も、初めてメジャーを制した日も知っている。何度も敗れ、無様に喚き散らした夜も──そして、世界ランキング1位になった日も。

すべてを隣で見てきた男だった。


「なぁジミー」

「なんだ?」

「……俺さ、お前には本当に感謝してるんだぜ」


 アレクサンダーはクラブを握り直した。


「180ヤード以内にピンが見えてりゃ、俺は絶対に沈められる自信がある。

けど実際は決まらない。……風が邪魔をするからだ」


 ジミーは少しだけ笑った。


「だからこそ俺がいるんだろ」


 アレクサンダーはボールの横に立ち静かに息を吐いた。

そしてもう一度ピンフラッグを確認する。


「アレック」


 ジミーが、静かに口を開いた。


「フラッグの揺れよりグリーン上の風はもっと強い5ヤードは先に落とすつもりで打つんだ」


 ツアーでいつしか“風読みの天才”と呼ばれる様になった男の言葉だ。そしてこの経験と感覚の世界でジミーの読みが外れた事はほとんどない。

その言葉ひとつで、目に見えない風の流れが、アレクサンダーの頭の中にくっきりと描かれていく。

後は、その風の中を進むボールの弾道を頭の中に描く。


(風に負けない球ではなく、風を利用した球にしよう)


 プランは決まった。あとは、いつも通りイメージを現実で再現するだけだ。

ゆっくりとクラブを振り上げる。イメージと身体にズレはない。トップから切り返し──

──カシュッ。

乾いた音が響いた。

ボールが理想的な弾道を描いて飛び出す。観客席から小さなどよめきが起こる。

会場中の視線が集まる中、ボールが吸い寄せられるようにグリーンへ、さらにカップへと向かっていく。

アレクサンダーはその弾道を見つめていた。インパクトの瞬間に、確信があった。

これは──


「……入る」


 呟いた、その瞬間。

 胸の奥に鋭い痛みが走った。


「……っ」


 息ができない。右手から力が抜け、クラブが芝の上に落ちた。


「アレック?」


 ジミーが振り返る。


「どうした!?」


 苦しさのあまり何も答えられない。

視界が歪み、足にも力が入らない。アレクサンダーはその場に膝をついた。


「アレック!」


 ジミーが駆け寄る。フェアウェイの観客がざわめく。誰かが医療スタッフを呼んでいる。

だが、離れたグリーン側からは、まだ何も知らない歓声が上がっていた。

転がるボールの行方に沸く、無邪気などよめき。

その歓声は、アレクサンダーの耳にどこか遠く、水の中で聞くように響いた。

だが、アレクサンダーの目はボールから離れなかった。

 まだだ。まだ──

ボールがグリーンに落ちる。

  ピンへ向かって転がる。

    あと少し。あと──

      視界が暗くなる。


「……ジ、ミー」

「アレック!ここにいるぞ!」

「……ボール……は…」


 それだけ言っところで、アレクサンダーの身体から力が抜けた。


「アレック!!!」


 ジミーの声が、遠ざかる。

 最後に見えたのは、グリーン上の白い旗だけだった。

 そして──アレクサンダーの意識は途切れた。


    ◇ ◇ ◇


 ──無音。何もない。

 アレクサンダーは目を開けた──いや、目があるのかすら分からない。身体も、手も、足もない。呼吸もしていなかった。


「……俺は……死んだのか」


 声は音にならなかった。

答えもなく、ただ意識だけがそこに残っていた。

胸を貫く様なあの痛みも、燃えるような熱さもない。

ただ、何もないということが、これほど恐ろしいとは知らなかった。

 

 握るべき手も、踏みしめるべき地面も、感じるべき風もない。自分が自分であることの輪郭さえ、闇に溶けていくようだった。

そんな中、遠くに光が見えた。その光に導かれるように、アレクサンダーの意識は気づけばゴルフ場に辿り着いていた。


「……ここはアジアか?」


 大きな大会のようだが、どの選手にも見覚えがない。


「あれは確か、日本語だったよな?」


 大きな看板には“日本オープンゴルフ選手権”の文字があった。

意味までは理解できなかったが、日本人と対戦したことはあるし、日本語も見たことはある。

 

 興味津々に眺めていたアレクサンダーだったが、やがてある物が目に留まった。

巨大な画面。そこには数字が並んでいる。

ボール初速・打ち出し角・スピン量・キャリー・トータル。


「……何だ、これは」


 アレクサンダーは画面に近づいた──いや、近づいたというより、意識を向けた先へ移動していた。

 選手がショットを打った直後、画面に無数の数字が表示される。


「……まさか、全部測っているのか」


 言葉を失った。もう一度選手たちを見て、思わず呟く。


「……ゴルフが、進化している」


 道具も。理論も。身体の使い方も。何もかもが、自分の知るゴルフとは違う。

悔しい、と思った。

自分が命を削って積み上げてきたものが、あっという間に過去になっていく。

 

 ──その事実は、あの最後の瞬間に感じた痛み以上にアレクサンダーの胸に刺さった。

だが同時に──羨ましくてたまらなかった。

この道具で、この理論で、もし自分が現役のままプレー出来たなら。

想像するだけで身体もないはずのアレクサンダーの胸は、確かに高鳴った。

悔しさと憧れが綯い交ぜになったまま、気づけば夢中になっていた。


「なるほど……この動きなら、あのミスは減らせる」


「このクラブなら……」


「……そういう考え方か」


 自分が死んだことすら忘れていた。意識だけの身にとって、距離は意味を成さなかった。気づけばアレクサンダーは、大会本部の放送席に紛れ込んでいた。


 解説者たちの声が飛び交う。


「このコースセッティングなら、攻めるべきはやはり──」

「いえ、風向きを考えると刻む選手が──」


 勝負を数字と理論で語る現代の解説に、アレクサンダーは聞き入った。自分の時代なら、感覚と経験でしか語られなかったものが、今は言葉として説明されている。


「……そうか、そうやって説明できるのか」


 次に意識を向けた先は、練習場だった。

 選手たちがモニターに囲まれ、自分のスイングをスロー再生で確認している。何度も同じ動作を繰り返しながら、少しずつフォームを削り出していく作業。

 その隣では、見覚えのない機材の上で、選手が体幹を鍛えていた。


「トレーニングまでもが、ここまで科学的になっているのか」


 さらに別の会場では、シミュレーターの中で選手が打球を放っていた。屋内にいながら、画面の中では緑のフェアウェイが広がっている。


「……天候に左右されず練習できる、ということか」


 一つの会場だけでは飽き足らず、アレクサンダーの意識は次から次へと会場を渡り歩いた。

あるコースでは若手選手の粗削りだが伸びしろのあるスイングを。

また別のコースではベテラン選手の、無駄を削ぎ落とした洗練された動きを。

負けた選手が涙を堪えながらインタビューに答える姿を。

勝者の喜びも、敗者の悔しさも、変わらずそこにあった。

変わったのは、それを支えるものの多さだった。

知りたい。もっと知りたい。もっとゴルフを見たい。


 もっと――ゴルフがしたい。


「……もし俺が、今の道具でプレイするなら」


 アレクサンダーは想像した。

現代のクラブを使い現代のボールを打てたなら。

最新のシャフトに進化したトレーニング理論――そこに、自分が積み上げてきたゴルフ人生を重ねたら。


 ――どこまで行ける。


 胸が高鳴った。もう一度、もう一度だけゴルフがしたい。その願いが、意識の奥底から湧き上がる。


 誰か。俺のこの才能が、最高の技術と合わさった時に何を起こせるのか見せてくれ。

そして今、俺の前にいる現代のゴルファーたちと、才能をぶつけ合わせてくれ。

そのためにも、俺のアイアン技術を百パーセント継承できる才能を、探さないと。


 願いが定まると同時に、アレクサンダーの意識は、まるで糸に引かれるように彷徨い始めた。

国境も、大陸も、もはや意味を成さなかった。意識だけの身にとって、世界のどこへでも行けることは、皮肉にも今の自分には都合が良かった。

あるプロの卵は、確かに才能があった。しかしそれはアレクサンダーの求めるものとは違った。

あるジュニア選手は、抜群のセンスを持っていた。だが、こちらも違う。

 

(最低限必要なのは、並外れた体幹、それに俺と同等以上のクラブを手足の延長と捉える感覚を持つ事。

そして俺の技術をさらに先へ進めるために必要なのは──俺に足りなかった身体の柔軟性だ。

だけど最も難しいのは、それらがお互いを補助し合う奇跡的なバランスで同居している事!)

 

 技術は真似られても、絶望的に噛み合わない。まるで、サイズの合わない靴を無理に履かされているような、そんな違和感がつきまとった。

それでも、探し続けた。どれだけの時間が過ぎたのかも分からない。意識だけの存在に、昼も夜もなかった。


 そして、ある日。辿り着いたのは、これまで訪れたどの練習場でも、どのコースでもなかった。

小さな公園の片隅。

そこに、一人の少女がいた。

ゴルフとは何の縁もないのだろう。ピンクの持ち手がついた縄跳びを握り、ひとりで、ぴょん、ぴょん、と跳んでいる。

最初は、ただの子どもの遊びだと思った。

だが、すぐに気づく。


「……跳ぶたびに、頭の位置が動いていない」


 縄が空を切る。少女の身体が浮く。着地する。そのたびに、肩も、背中も、まるで見えない一本の芯に貫かれているかのように、まっすぐなままだった。

縄を回しているのは、腕ではなく手首だ。肘も肩も、ほとんど動いていない。

着地の音は、驚くほど小さかった。それは膝がバネのように衝撃を吸い込み、そのまま次の跳躍へと変えていく。


「……」


 気づけば目が離せなくなっていた。


 少女は何度か引っかかっては、すぐに立て直し、また跳び始める。

やがてリズムを変え、ふっと片足だけで跳び始めた。上体は少しも揺れない。細い片足一本で、身体の全体重を軽やかに、正確に支えている。

技術ではない。ゴルフを知らない子どもが、ただ遊びの中で、無意識に身につけているもの。


 跳び終えた少女は、縄を置き、ぐっと身体を前へ倒した。

膝を曲げずに、手のひらがぺたりと地面につく。そのまま、ゆらゆらと身体を揺らして、気持ちよさそうに息を吐いた。

しなやかで、柔らかく、それでいて芯の通った身体。


 まだほんの少女。歳の頃を見るにエレメンタリー・スクール……いや、日本語で言うなら小学校にも上がっていないように見える。

だが、魂だけの存在になった影響だろうか。アレクサンダーには、その少女の身体が「才能」として見えていた。


「……ははっ、とんでもないな」


 骨格のしなやかさ、関節の可動域、バランス感覚、手足の長さの釣り合い。

将来性を含め、すべてが理解できる。それに、なぜだかこの少女が自分の技術にひどく馴染む──そんな確信があった。

少女がふと顔を上げた。淡い色の髪の下で、青い瞳が陽の光を受けて揺れる。

その青に、なぜか懐かしさを覚えた。理由は分からない。ただ、胸の奥が小さく疼いた。


 だが、確信と同時に、迷いも生まれた。

この子には、この子の人生がある。自分の知らない未来が、自分の知らない喜びが、きっとこの先にあったはずだ。

それを、勝手に奪おうとしている。


──俺は、それでもいいのか。


 答えは、すぐには出なかった。

それでも、この少女を見ていると、抑えきれない何かが胸の底からせり上がってくる。未練でも、執着でもいい。呼び方なんて物はどうでもよかった。

ただ、もう一度だけ──あの緑の匂いのする場所に立ちたかった。


「勝手で申し訳ないが、君に決めたよ。

俺が歩いてきた道も、積み重ねてきた技も、勝つために流した汗も、敗北の悔しさも──この胸にあるゴルフ への情熱も。その全部を、君に渡そう。

俺は亡霊だ…もう先はない。

でもだからこそ、君という奇跡に託したい。

君なら、きっと俺の続きを歩いてくれる。……いや、俺が行けなかった場所まで羽ばたいてくれる確信がある。

さあ、行こう。

俺のすべてを、受け取ってくれ」


 ――エア・オブ・ザ・セブンス(セブンスの後継者)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


ゴルフの大会やルールなどにつきましては、調べながら執筆を進めておりますが、至らない点があるかもしれません。


もしお気づきの点や間違いなどがございましたら、ご指摘いただけますと幸いです。


これからも少しでもゴルフの魅力が伝わる物語を書いていけるよう努めてまいりますので、どうぞ宜しくお願い致します。

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