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元遺品整理士、異世界では”死者の最後の願い”だけが見える  作者: 春野ケイ


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第4話 街道の花束

 朝日が窓から差し込み、私はゆっくりと目を開けた。


 昨夜たどり着いた宿場町・リーネは、旅人たちの行き交う穏やかな町だった。


 屋敷を出たあと歩き続け、日が沈むころにようやく見えた宿の灯り。


 あの温かな明かりを見つけた時は、思わずほっと息をついた。


 夫婦の笑顔が、まだ胸の奥に残っている。


「……よかったですね。」


 小さく呟いてから身支度を整える。


 部屋を出ると、一階からパンの焼ける香りが漂ってきた。


「あら、もう起きたのかい。」


 宿の女将さんが笑顔で声を掛けてくれる。


「おはようございます。」


「朝ご飯、もう食べるだろ?」


「はい。」


 焼きたてのパンと温かなスープ。


 派手ではないけれど、旅の朝には十分すぎるごちそうだった。


「ごちそうさまでした。」


 席を立つと、女将さんが紙に包まれたパンを差し出した。


「途中でお腹が空くだろう?」


「昨日焼いたやつだから、焼きたてじゃないけどね。」


 私は思わず笑ってしまう。


「ありがとうございます。」


 パンを受け取り、荷物へしまう。


「ああ、そういえば。」


 女将さんは思い出したように首をかしげた。


「あんたの名前、聞いてなかったね。」


 私は少しだけ照れくさそうに笑う。


「アイラです。」


「アイラちゃんか。」


 女将さんは嬉しそうに頷いた。


「気をつけて旅をするんだよ。」


「はい。行ってきます。」


 宿を出ると、朝の空気が頬を優しく撫でた。


 リーネの町はもう動き始めている。


 店を開ける人。


 荷物を積む行商人。


 子どもたちの笑い声。


 昨日は暗くてよく見えなかった町並みが、朝日に照らされて輝いていた。


 私は西街道へ足を向ける。


 旅は今日も続く。


 しばらく歩くと、人通りは少なくなった。


 鳥のさえずりだけが聞こえる。


 街道の脇には色とりどりの草花が咲き、風が吹くたびに小さく揺れていた。


 私は足を止める。


 道の先に、大きな木が一本立っていた。


 何十年、いや百年以上ここで旅人を見守ってきたのだろう。


 太い幹を持つ立派な木だった。


 その根元に、小さな花束が置かれている。


「……。」


 誰かが供えた花。


 まだ完全には枯れていない。


 昨日か、一昨日か。


 そんなに古いものではなさそうだった。


 私は静かにしゃがみ込み、花束へそっと手を伸ばす。


 指先が触れた瞬間。


 景色がふわりと揺らいだ。


 青空。


 眩しいほどの陽射し。


 一人の少女が花束を抱えて笑っている。


 その笑顔は、春の花のように明るかった。


 少女は誰かへ向かって大きく手を振る。


 向こうにも誰かいる。


 けれど、その姿だけは霞んで見えない。


 少女は声いっぱいに笑う。


「また明日!」


 その一言だけだった。


 景色は静かに消え、私は現実へ戻る。


 風が木の葉を揺らしている。


「……また明日。」


 私はその言葉を小さく繰り返した。


 たった四文字。


 それだけなのに、どうしてこんなに胸へ残るのだろう。


 私は花束へもう一度目を向ける。


 この花を供えた人は。


 この言葉を聞いた人は。


 今、どこにいるのだろう。


 その時、街道を荷馬車がゆっくりと通り過ぎた。


 御者のおじさんが私に気付き、手を挙げる。


「旅のお嬢さん。」


「その花束が気になるのかい?」


「はい。」


 私は立ち上がり、小さく頷いた。


「誰かのお墓……なんでしょうか。」


 御者は花束へ目を向け、静かに首を横へ振る。


「詳しいことは知らない。」


「ただ、昔から花が供えられてる場所さ。」


 それだけ言うと、少しだけ笑った。


「旅をしてると、こういう場所には時々出会う。」


「気になるなら、町の年寄りにでも聞いてみるといい。」


 私はもう一度花束を見つめる。


「ありがとうございます。」


 荷馬車はゆっくりと走り去っていった。


 私はしばらくその場を離れられなかった。


 少女の笑顔。


 『また明日。』


 たったそれだけしか見えていない。


 それなのに、この場所へ残った想いは、まだ終わっていない気がした。


「……少し、調べてみましょう。」


 私は来た道を引き返し、リーネへ戻った。


 昼前の町は朝よりも賑わっている。


 行商人の呼び声。


 買い物を楽しむ人たち。


 パンを焼く香り。


 どこにでもある、穏やかな宿場町だった。


 通りを歩いていると、一軒の花屋が目に入る。


 店先には色鮮やかな花が並び、水を浴びて朝日を受けていた。


 私は吸い寄せられるように店へ近付く。


「すみません。」


 店の奥から、小柄なおばあさんが顔を出した。


「いらっしゃい。」


「旅のお嬢さんかい?」


「はい。」


 私は店先に並ぶ花へ視線を向ける。


「街道の大きな木のところに、花束が置かれていました。」


「あの花と同じ花があったので……。」


 おばあさんの手が止まった。


 しばらく何も言わず、その花を見つめる。


 そして、懐かしそうに目を細めた。


「……あの木へ行ったのかい。」


「はい。」


「そうかい。」


 おばあさんは静かに笑う。


「あの花はね。」


「昔、毎日のように買いに来る子がいたんだよ。」


 私は思わず身を乗り出した。


「毎日……ですか?」


「ああ。」


「二人でね。」


「本当に仲のいい子たちだった。」


 おばあさんは花を一本手に取り、優しく撫でる。


「生まれた時から、ずっと一緒。」


「姉妹じゃないよ。」


「でも、誰が見ても姉妹みたいだった。」


「朝になれば二人で走り回って。」


「夕方まで遊んで。」


「次の日になれば、また二人で笑ってる。」


 その穏やかな口調だけで、二人の姿が目に浮かぶようだった。


「毎日、街道のあの木で待ち合わせをしていたんだよ。」


 私はあの留想りゅうそうを思い出す。


 少女の笑顔。


 そして。


 ――また明日!


 あの一言。


「……そうだったんですね。」


 おばあさんは何か続きを話そうと口を開く。


 その時だった。


「すみませーん!」


 店の外から元気な声が響く。


「花束をお願いできるかい?」


「あらあら。」


 おばあさんは困ったように笑った。


「ごめんねぇ。」


「少し待っていてくれるかい?」


「もちろんです。」


 私は笑って頷いた。


 おばあさんはお客さんの方へ向かい、手際よく花を束ね始める。


 その背中を見ながら、私は店先へ並ぶ花へ目を向けた。


 色とりどりの花の中で、街道に供えられていた花と同じ一輪が、風に揺れている。


「また明日……。」


 私は小さく、その言葉を口にした。


 約束だったのか。


 挨拶だったのか。


 それとも、もっと大切な意味があったのか。


 まだ分からない。


 けれど、その答えはきっと、この町に残っている。


 私は静かに花屋の椅子へ腰を下ろし、おばあさんの話の続きを待つことにした。


次回『また明日』

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