1.
ドンドンドン。
「おい、いるんだろ。さっさと開けろ。」
外から家のドアを叩く音で 僕は 毎朝目を覚ます。ただでさえ壊れかけている扉を何度も乱暴に叩かれては、数分も持たずに扉は外れ、家の中は丸見えになってしまうだろう。
それはまずいと思いながらも、素早く布団から起き上がることなど出来ず、これまたボロボロの軋むベットの上でゆっくりと身体を起こし、おぼつかない足取りで扉へと向かう。
ガチャ
「おはようございます。ナーズさん。」
扉を開け、僕よりもはるかに背の高い相手を見あげなら挨拶をする。
「おう。」
乱暴に叩いて急かしていた割に、僕なりに急いで扉を開けるとぶっきらぼうに返事をし僕を見つめているのは、赤い髪の毛を短く切りそろえ無造作ながらに清潔感のあるセットをした、精悍な顔立ちの青年。紺色のチュニックにアイボリーのズボンという至ってシンプルな格好だが、生地や装飾からなかなかの身分の人だと分かる。
僕がナーズさんと呼んだその人は、この家を貸してくれている地主さんの息子だ。ここの地主さんは、僕の身の上に同情し、格安で家を貸してくれ、更には酒場の厨房の雑用という仕事まで与えてくれている。その息子のナーズさんは、何故か毎朝僕の家まで迎えに来て酒場まで一緒に行き、自分のついでだと朝ごはんを食べさせてくれる。
酒場の営業は夕方からだが、僕の仕事は雑用なので逆に朝から酒場に行き、掃除や洗い物を済ませ、食材の下処理をして酒場が営業する夕方よりも早い時間に退勤している。調理場のスタッフやウエイターは沢山いるので、営業中に僕の出番はない。むしろ僕の仕事は、無理やり捻出してもらっているようなものだ。
特に寝間着がある訳でもなく、寝ていたままの格好で一瞬顔だけを洗いに戻り、手ぶらで家を出る。一応外出用のカバンが一つだけあるが、中に入れるものなんてほとんどなく、酒場に出勤する時には手ぶらなことがほとんどだ。
迎えに来てくれたナーズさんは、僕にあまり話しかけることはなく、僕がその日の天気や町の様子について話すと短く返事をしてくれる。僕も話が得意な方ではなく、会話は弾まないが、沈黙が苦痛な雰囲気もない。数歩先を歩くナーズさんの後ろを僕がついて行き、朝の空気を吸いながら、静かに酒場に向かう。
酒場に着くと、酒場の上が自宅のマスターがカウンターの奥で出迎えてくれた。
「よう。ディオ、ナーズさん。モーニングできてるぜ」
スキンヘッドで、立派な口ひげがあり、ムキムキな見た目だが、物腰は柔らかく、僕への視線も暖かいオーナーにカウンターを指さされる。
カウンターには、ワンプレートのモーニングが2つ並んで用意されており、僕とナーズさんは、そこに並んで座った。
「いつもありがとうございます。いただきます。」
オーナーに感謝をして、フォークを持ち、少しずつ食べ進めていく。ものの数分で食べ終わったナーズさんが、頬ずえをつきながら僕が食べる様子をじっと見るのもいつもの事。
食べ終えると
「しっかり働けよ」
と、僕の頭を軽く叩き、ナーズさんは店を後にする。
「はい。ご馳走様でした。」
と返事をする僕を振り返ることなく、店のドアを開けナーズさんは帰って行った。この朝ごはんの代金は、毎回ナーズさんが払ってくれている。最初は申し訳なくて、お金を出そうとしたが、頑なに受け取ってはくれず、逆に怒られるので、オーナーからも出すのをやめろと何度も止められ、今はありがたく頂戴してしまっている。
食べ終わってからすぐに、店の中を隅々まで掃除し、昨晩の洗い物を済ませる。その後は、食材の下処理を黙々とこなし、最後にゴミを捨てて退勤する。
この仕事を初めてもうすぐ1年が経つ。最初はなれない仕事に苦戦し、掃いても掃いてもホコリは溢れ、洗っても洗っても油は取れない、野菜よりも自分の手を切ることの方が多いんじゃないかってくらいの惨状だった。
それでも、オーナーは丁寧に仕事を教えてくれ、最近は、やっと、一通り1人で安心して任せて貰えるようになった。非力な僕の力では、酒樽を運ぶなどの仕事は危なっかしく、オーナーはいつも僕の仕事を見守り手伝ってくれる。
「今日も、お世話になりました。」
オーナーに挨拶をしてゴミを捨てながら帰るためにゴミ袋を両手に持つ僕を見て、
「ディオ、ちゃんと飯は食ってるのか?モーニングだけじゃなくてランチだって賄いとして食っていいんだぞ。夜だってちゃんと眠れているのか?目の下にまたクマができてきている。」
と、オーナーが心配そうに声をかけてくれた。
「ありがとうございます。少食で、モーニングだけでお腹いっぱいなんです。食べすぎると動けなくなっちゃいますし。目の下のクマは、最近おもしろい本を読み始めてしまって、夜通し読んじゃいました。心配おかけして、すみません。」
と答えると、まだ言いたいことはありそうだったが、そうかと納得してくれ、退勤する僕を軽く手を振りながら見送ってくれた。
ゴミを捨て、家に着くと、買っておいたリンゴを半分に切り分け、皮付きのままかじる。残りの半分は、明日用に残しておく。
かじりながら、唯一あるカバンにバスローブのような形をギリ成している布切れと、雑巾のようにボロボロに使い古されたタオルを入れる。
カバンを肩から掛け、家を出ると、酒場がある方とは反対方向へしばらく歩き、少し治安の悪い様子の通りへと出る。目が痛くなるほど明るい看板がいくつも並び、所々に派手な格好をした女の人や、男の人が客を呼び込んでいる。そのうちの1店舗の裏口を開け、慣れたように準備する。
僕には、オーナーやナーズさんは知らない夜の仕事があるのだ。




