EP 9
最終決戦。紡がれた絆の力
『消え去れ、羽虫ども』
魔神王の口元に収束した漆黒のエネルギー球が、太陽すらも飲み込むほどの絶望的な質量に膨れ上がった。
それが地上に放たれれば、帝都はおろか、僕たちが築き上げたアルクス領『リトル東京』まで地図から消し飛ぶだろう。
「させないわ……ッ!!」
真っ先に動いたのは、ライザだった。
彼女は愛剣にありったけの闘気を纏わせ、魔神王の懐へと弾かれたように跳躍する。
だが。
「……ッ!? キャアアアアッ!」
剣を振り下ろすより早く、魔神王の体から吹き出す高密度の瘴気に触れた瞬間、ライザの体は見えない壁に激突したように弾き飛ばされた。
「ライザ!!」
「タロウ様! 俺たちの大胸筋のすべてをこの一撃に!! 撃てェェェッ!」
セバスの号令と共に、マッスル兵士たちが『必殺の大砲』を一斉に掃射する。
しかし、100均の火薬とドワーフの技術が詰まった爆発弾すら、魔神王の瘴気のヴェールに触れた途端に「シュゥゥ……」と音を立てて無力化し、灰となって消え去ってしまった。
「嘘だろ……物理も魔法も、大砲すら通じないのかよ」
僕は冷や汗を流しながら、手にした『雷霆』を引き絞った。
『主よ、奴の瘴気は「全てを拒絶する虚無」。並の感情や魔力では、傷一つつけられんぞ! 汝の魂の底にある、最も強烈な想いを引き出せ!!』
弓がバチバチと紫電を散らしながら叫ぶ。
僕の想い。
平和にダラダラ生きたい。美味い飯を食いたい。可愛い女の子たちと笑い合いたい。
その強烈な『スローライフへの執着』を込めて、弦を限界まで引く。
だが、矢先に集まる雷の光は、魔神王の巨大な闇を打ち払うには、あまりにも小さかった。
(……くそっ、僕一人のワガママ(感情)じゃ、この理不尽な悪意には勝てないのか……!)
絶望が心をよぎった、その時だった。
「タロウさん」
背中に、温かく、そして力強い両手が添えられた。
振り返ると、サリーが涙で顔を濡らしながらも、聖女としての威厳に満ちた、真っ直ぐな瞳で僕を見つめていた。
「私の魔力も、祈りも、全部使ってください。タロウさんが教えてくれた、温かくて美味しい世界……絶対に、終わらせません!」
サリーの手から、目も眩むような黄金の光が、僕の体を通して雷霆へと流れ込んでいく。
「……私を置いてカッコつけるんじゃないわよ、タロウ」
弾き飛ばされてボロボロになったライザが、足を引きずりながら僕の隣に立ち、その手を僕の肩に乗せた。
「私の剣も乗せなさい。あなたが作ってくれた帰る場所を、絶対に守り抜くのよ」
「まったく、世話の焼ける人間ね! 神界のツケ、ここで全額払わせてもらうわよ!」
ルチアナが芋ジャージをはためかせ、駄女神の殻を破った純白の『神気』を雷霆に注ぎ込む。
「タロウ様ぁぁぁッ!! 我らの忠義と、愛する大胸筋の熱を、どうかその矢に!!」
セバスと、数万のマッスル兵士たちが、帝都の広場で一斉に膝をつき、僕に向かって祈りを捧げ始めた。
そして、奇跡は起きた。
『おお……ッ! おおおおおおッ!? な、なんという質量だ主よ!!』
雷霆が、歓喜と驚愕の叫びを上げた。
光は、ここにいる者たちだけからではなかった。
僕が100均グッズと土木工事で作り上げた『リトル東京』の団地に住む人々から。
サリーの魔法と100均の種で育った『さつまいも』や『TKG』で飢えを凌いだ、無血開城の街々の民衆から。
僕の「泥臭くて、下品で、でもどこまでも温かい」スローライフに救われた、アナステシア世界中の数え切れないほどの人々の『感謝』と『笑顔の記憶』が。
無数の光の粒子となって空へ舞い上がり、一直線に、僕の構える『雷霆』へと収束していったのだ。
「すげぇ……」
僕の手に握られた弓は、もはや漆黒ではなく、星の核のように眩い、純白の極星へと姿を変えていた。
何十万、何百万という人々の「明日も美味い飯が食いたい」「平和に暮らしたい」というささやかな、しかし決して折れることのない強烈な『想い(感情)』。
それが、感情で威力が青天井に跳ね上がる神殺しの弓を、完全に限界突破させていた。
『バ、馬鹿なッ!? なんだその光は……! 脆弱な人間どもの分際で、この魔神王の闇を凌駕するなどォォォッ!!』
魔神王が焦燥に駆られ、漆黒のエネルギー球を僕たちに向けて撃ち下ろそうとする。
「脆弱で結構! 泥臭くて結構だ!」
僕は、全人類の想いが圧縮された、眩しすぎて直視できないほどの『究極の光の矢』を、魔神王の巨体に向けて真っ直ぐに狙い定めた。
「これが! 異世界だろうと何だろうと、絶対に平和なスローライフを勝ち取るための……俺たちの『絆』の一撃だぁぁぁッ!!」
ギィィィィィィィンッッ!!!
僕が指を離した瞬間。
世界から、一切の音が消えた。




