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第五十五章


 思い出すのは彼の妻、ダンの母親だ。


 実は彼の妻は、貧しい家庭の出ではなかった。


 執事とメイドの父母を持つ、それなりの家の娘だった。


 ある日、護衛の仕事でコリーと彼女は出会い、熱烈な恋愛を経て、反対する彼女の両親から逃げ出して、一緒になった。


 ダンを身ごもっていると、彼女が気づいたからだ。 


 その時彼女は「命のやり取りは辞めて」とコリーに懇願して来た。


 だから彼は処刑人となった。


 だが、彼の妻が幸せだったのか、は今は分からない。


 貧しく困窮し、軽蔑される処刑人の妻。


 コリーの妻はすぐに笑顔を見なくなった。そんな気がする。  


 そしてダンが生まれて後、井戸の水が悪かったのか、最悪な下痢になった。


 住んでいる慎ましい小屋のベッドも床も汚して、彼女はあっけなく死んだ。


 コリーはその時の妻の顔、心底後悔したものの目を、思い出したくなかった。


 酒だけが、それを忘れさせてくれる。



 酒だけだ。



 暗黒しか、彼の前にはなかった。


 ちくり、と首の後ろに痛みが走ったのはその時だ。


「あ?」と振り向くと、黒い覆面の何ものかが、狼狽したように立っていた。


 ──物盗り? 


「なんだてめえ!」コリーは懐から、ナイフを取り出す。


 彼も元は傭兵。修羅場は幾度もくぐって来ていた。


「やってやる!」




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