千二百十七話 強制送還されたら……
(アッシュと口にする子は……もしかしてシルフィー、なのかしら?)
青年の事をアッシュと呼ぶ若い女性。
もし……もし、気を失った青年が本当にアッシュであれば、声を掛けている女性は……シルフィーの可能性が高い。
パッと見、そうではないのは解る。
目の前の女性は、自分たちが知るシルフィーの外見とは合わない。
ただ、もし本当に目の前の女性がシルフィーであれば、これまた色々と納得出来る。
アッシュよりも一般的な認知度は高く、戦闘力に関してはアッシュよりも正確に知られている。
中等部の一年時にはベスト四に入り、二年時には同学年や最上級生を蹴散らし、トップに到達。
一部の者たちからは、来年は彼女は参加させなくても良いのではないか……参加させない方が良いのではないかという声が上がっている。
加えて、シルフィーは非常に強くなることに貪欲であり、それなりに無茶もすると学園の教師たちから認識されている。
まだ正確には決まっていないものの、将来的にその道に進む可能性があるため、学園の教師たちは現役の騎士や魔術師と話し合うことがある。
そのため、彼女の性格などを知っている者たちは、シルフィーであればこっそり学園を抜け、戦争に参加してもおかしくないと…………一応、思えなくない。
(…………しかし、そこまで解らない訳は……だが、彼女は兄であるアラッドに追い付きたいのだったか)
(確かに戦争は大きな経験の一つになるかもしれないけど…………あっ、そういえばあの二人にはユニコーンの……じゅ、従魔? がいて、あのとんでもなく強い老人の……剣士? も付いている……後、他国の若い実力者三人とも共に行動することが決まっているなら……)
実際に、二人は初日から二対一の状況であれば、上手く戦えていた。
疲れは変わらないものの、それでも二人は二対二の状況になったとしても対処出来る対応力を身に付けるに至った。
だが……よっぽどバカでなければ、戦争という戦場で常にそういった戦況をつくれるとは限らないと解る。
シルフィーは…………理性よりも、成長したい、経験したいという思いの方が勝ってしまうかもしれない。
しかし、騎士や魔術師たちとしては、アッシュがその危険性に気付けないとは思えなかった。
ただ、元々強力な助っ人と共に行動することが決まっていたのであれば、話は別。
その助っ人たちの力もあり、二人は今日まで戦い続けられている。
実際のところは……騎士たちの予想を裏切り、偶然に偶然が……更にもう一つ偶然が重なった結果でしかない。
(だがしかし、無断で学園を抜け、今回の戦争に参加したのは間違いない。いや、まだ本人と決まった訳ではないが……)
そう、一応まだ目の前の二人がシルフィーとアッシュという保証はない。
保証はないのだが……本当にそうだった場合、まず学園に戻すのか否かという問題が湧き上がる。
今頃学園の教師陣はパニックになっている。
学園は戦闘に関する実習などを行ったりするが、それでも生徒たちの安全に考慮した実習を行う。
二人が参加した戦いは実習でもなんでもない。
学園に責任がない……それは外の人間が見ても間違いないのだが、だからといって二人に何かあれば学園に責任があるのではないかと騒ぐ者は一定数いる。
(ん~~~……一応、戦力になってはいるのよね。さっきなんて十秒程度の間に何十人って数を一人で殲滅していたし)
(……問題があるとすれば、二人が去った場合……他国の騎士、冒険者たちはともかく、あのご老人と二体のユニコーンが残って戦ってくれるか、か)
目の前の二人が本当にシルフィーだとアッシュだと仮定した場合、少なくとも……同行している激強老人と二体のユニコーンは二人と共に行動しているため、二人が後方へ……学園に強制送還となった場合、戦場から離れるかもしれない。
彼らのお陰で、非常に戦況は有利に進めている。
まだゴリディア帝国の残り戦力を正確に把握出来ている訳ではないが、それでも戦況に関しては初日から自分たちが有利な状況を維持し続けられている。
だが、まだ終わった訳ではない。
上に立つ者たちだからこそ、戦いは本当の本当に……敵の総大将が降参の意を示すか、首を斬り落とされるまで気は抜けない。
そのため、できれば二体のユニコーンと激強老人はこのまま参戦し続けてほしい。
しかし、彼らにそれを強制できるかと言えば……非常に厳しい。
まず、二体のユニコーンが本当に二人の従魔であれば、学園に強制送還された二人に付いて行こうとするのは必然。
そして激強老人に関しては、謎な部分が多い。
このタイミングで戦場から離れれば敵前逃亡と判断される。
騎士や兵士であれば暗い未来しか待っておらず、冒険者であっても……良い未来は待っていない。
(雰囲気からしか解らないけど、あのご老人…………世捨て人な感じがしなくもないんだよね)
後ろ指を指される未来が待っていたとしても、彼にとっては大して意味のない変化かもしれない。
上の人間であったとしても、激強老人の正体を知っている者は殆どおらず、唯一知っている人物たちは最前線に出てしまっているため、彼らの思い違いが解けることはなかった。




