【小噺】午睡のあとで
ふと目を覚ますと、その部屋には誰の姿もなかった。
紅丸はぼんやりとした思考のまま、ぐるりと視線を巡らせる。
自分はなにをしていたのだったか。
いつものように小豆を洗い、絲に頭を撫でられ、ともに部屋に戻った。身体を休めなさいと言われて畳の上に横になり、背中を優しく叩かれているうちに、目を閉じて――。
そうしていま、こうして独りきりでいるのだと悟る。
火の気がない室内は、どこかひんやりとしている。食事の時刻にはまだ早いこともあるのか、長屋の住人の声も聞こえないし、通りを売り歩く棒手振りの声も届かない。
「……いと?」
発した声は虚空に消える。
常なら返ってくる優しい声はどこにもなくて、紅丸はぐっとちいさな拳を握った。
立ち上がって外へ出ようとして、足を止める。
危ないから、ひとりでお外へ出ては駄目よ。
声が、脳裏に木霊したせいだ。
ほんのすこし声を尖らせて、けれどいつものように優しく頭を撫でながら絲がそう言ったから、紅丸は約束を違えてはならぬと己に戒めている。
絲はどこへ行ったのだろう。団子屋へ戻ったのだろうか。
あちらの家も嫌いではないけれど、姿を現すことができない紅丸だ。他の家族がいる際には、絲と自由に話すこともままならず、寂しくなってしまうこともある。
ならば、佐田彦はどこへ行ったのだろう。
小豆を洗って戻った時にも不在であった。やはりどこかへ出かけてしまっているのだろう。
そのこと自体は、あまり珍しいものではない。
絲と佐田彦と、二人ともが傍に居ないのだということも、絶対にないとは言い切れぬことである。
お留守番できるわよね、と微笑まれると、幼いながらも奮い立つ心があるのだ。
いま感じている切なさは、覚悟がないゆえの空虚感か。
目が覚めた瞬間に感じた孤独さゆえの、寒々しさなのだろう。
ひとりきり。
なんの温もりも感じない空気に、心が冷えていく。
忍び寄る冷気に、じわりと涙がこみあげてきた時、ストンと軽い音とともに声が届いた。
「ついさっきまで、とぼけた顔で寝ておったくせに、目覚めおったか小豆丸め」
「…………」
「――な、なんであるか。俺様はほんのすこし場を離れただけであって、べつに言いつけを破ったわけではないのであるぞ!」
どこかばつが悪そうに、二又の尾を下げた雷獣が吠えるなか、紅丸はそっと手を伸ばす。
常ならば即座に逃げ出す白旺であるが、耳を伏せたまま睨みをきかせ、じっとしているのは自責の念なのか。
紅丸はそのまま雷獣の身体を抱えあげると、灰色の毛並みに顔を埋めた。
短いながらも柔らかく、しっとりとした手触りの体毛が頬にあたる。てのひらから感じる体温が、じんわりと心も温めていく。
にゃー、あったかい。
知らずこぼれた笑み。
ぎゅっと力を入れて、抱きしめる。
「にゃー、あったかいね」
「ええい、力をいれるでない。にゃーではないのである」
途端、じたばたと足掻きはじめた雷獣を抱きしめ、紅丸はふたたび笑みを浮かべた。
exa様(https://mypage.syosetu.com/351361/)がTwitterで「よその子を描く」という趣旨のタグをつけていたのをお見かけしたので、
「紅丸と白旺が見たいです」と直球を投げて描いていただきました。
あまりのかわいさにもんどりうって、許可を頂いて色を塗ったのが上記の絵となります。
飾るついでに、小噺をつけてみました。
可愛いは正義!