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第百四十四幕 〜分水嶺〜

 ──キール要塞 司令官室


 続々と届けられる戦況報告に、天陽の騎士団の総参謀長たるオスカー・レムナント少将は細やかな指示を逐一与えている。その様子を黙って見ていたグラーデンは、いつのまにか机をリズミカルに叩いていた。

 最後の兵士が部屋を後にすると、オスカーはグラーデンの正面へ立つ。


「閣下、先程から落ち着かない様子ですが何か気になることでも?」

「──気に入らんのだ」

「なにが気に入らないのでしょうか?」

「奴らの戦いように決まっているだろう」


 すでに戦いが始まってから二週間余りが経とうとしている。キール要塞の高い防御力と両騎士団の奮戦もあって、王国軍は未だ要塞に取り付くことができない。ここまで帝国軍優勢と言ってもいい状況にもかかわらず、グラーデンの苛立ちは募るばかりだった。


「戦いようと申されても、我が軍が有利と見ていい状況です。なにが気に入らないのか小官にはわかりかねますが……」


 眉を殊更に顰めるオスカーに、グラーデンの口調は自然と荒いものになっていく。


「死神の動きはどうなっている? なにか仕掛けてきたか?」

「いえ、とくに目立った動きはないとの報告を受けております。閣下も報告を聞かれていたと思いますが……」

「あの死神が率先して動かないのがそもそもおかしい。オスカーはそう思わないのか?」


 フライベルク高原の戦いにおいて、死神はまんまとパトリック中将を出し抜いて本陣を急襲。天陽の騎士団敗北のきっかけを作った。オスヴァンヌ大将が率いていた南方方面軍や、ローゼンマリー大将が率いる紅の騎士団の敗北も死神が大いに関与していたことは周知の事実。

 今回も悪辣な策を巡らして蠢動(しゅんどう)している可能性は高いとグラーデンは踏んでいるのだ。

 オスカーは顎を人撫でして口を開く。


「当然なにかしらの策を練っているとは思います。ですが今回は野戦ではなく籠城戦です」

「奥歯に物が挟まったような言い方だな」

「つまりいかな死神とはいえ、そうやすやすとは手を打てないということです」


 キール要塞は難攻不落と謳われた天然の要害であり、天陽の騎士団も攻略するのに多大な犠牲を払った。それ故にどうキール要塞を攻略するべきかをグラーデンは誰よりも熟知している。

 裏を返せばどう守備すれば王国軍を寄せ付けないかを熟知しているということであり、オスカーの言は決して間違ってなどいない。


「それでも相手は死神オリビアだ。常識の枠内で物事を考えては必ず足下をすくわれるぞ」


 オスカーは神妙に頷き、


「確かに死神の力にばかり目が行きがちですが、真に恐ろしいのはその智謀にあると私は思っています。死神の上をいくには我々も悪魔の知恵で対抗する必要があります」

「その通りだ」


 敵は死神ばかりではない。直接対決で完敗した常勝将軍コルネリアスや、鬼神パウルといった音に聞こえた歴戦の将も参陣している。死神ばかりに気を取られているわけにもいかないのが実情だ。


(これ以上王国軍に敗れることがあればアースベルト帝国の権威は間違いなく失墜する。ここぞとばかりに属国化した国々がファーネスト王国と手を結ぼうとするだろう。皇帝陛下の名に懸けてそれだけは絶対に避けねばならない)


 逆に考えればここで完膚なきまでに叩き潰せば、王国軍の勝ち目は完全に潰える。

 ここが帝国の分水嶺だとグラーデンは強く思い定めていた。


正式な発売日は4月25日ですが早い本屋さんでは21日から最新刊が販売されているようです

前巻同様丸々一冊書下ろしなので是非お手に取ってみてください!





挿絵(By みてみん)



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