第百四十三幕 〜ランベルトの憂鬱〜
キール要塞の攻防戦は王国軍の目論見通り、長期戦の模様を呈してきた。元々王国軍にキール要塞を陥落させる意図がないのも理由のひとつだが、それ以上にナインハルトの絶妙な采配が大きかった。
「本当に食えない男だな……」
最前線で指揮を執るランベルトが誰に言うことなく呟く。
城壁にとりつきたいが、帝国軍の攻撃が激しくままならない。帝国軍にはそんな風に見えていることだろう。以前にも本人に言ったことだが、味方で良かったと心からそう思う。
だが──。
(この状態がいつまでも続くほど帝国軍も甘くはない。その程度の敵であればここまで追い込まれることもなかった)
王国北部に展開している第二軍と第八軍がアストラ砦に攻め入ったとして、キール要塞に一報が届くのが三日ないし四日くらいだとランベルトは予想している。
(そこからが本当の勝負だな)
勘が良いものがいれば、キール要塞への攻撃が偽装だと見抜かれる可能性は低くない。そして、紅と天陽の騎士団はおのずと二択の選択を迫られる。キール要塞を守備しつつ、一部を援軍に向かわせる。もしくはあくまでキール要塞の防御に徹するかだ。
後者であればなにも憂うる必要はない。こちらは攻撃の手を休めることなく、オリビアからの吉報を待っていればいいのだから。
問題は前者を選択した場合。援軍に向かわせないために、王国軍はあらゆる手段を用いて阻止する必要がある。万が一にも突破されれば、オリビアやブラッドに対して立つ瀬がないどころの話ではない。
最悪手薄になったキール要塞を一挙に落とすという手も考えなくもないが、言うほど簡単ではないことを誰もが知っている。なにせ帝国軍に落とされるまで、間違いなく難攻不落の要塞だったのだから。
「……大将閣下、少し休息を取られたらいかがですか?」
気が付くと、隣に立つ副官のグレン・フォン・ハイト少将が気遣う視線を向けていた。
「別に疲れているわけではない。少々考え事をしていたまでだ。」
「それならばよろしいのですが」
「むしろグレンこそが休むべきではないか? 戦いはまだまだ続く。こんなところで倒れられてもかなわんからな」
グレンは齢七十を迎えようという、かつては勇名で馳せた将軍である。だが、筋骨隆々であった肉体は今は見る影もなく、そよ風が吹いた程度でも倒れてしまうのではと思わせるほどに痩せている。
半ば本気で休息を勧めるランベルトに対し、グレンはこれ以上ないくらいに深い皺をさらに深めると、声を立てて楽しそうに笑った。
「老いたりと言えどこのグレン・フォン・ハイト、まだまだ若いものには負けませんぞ。お疑いなら今より証明してみせましょう」
そう言って自らの愛馬を連れてくるよう指示を出すグレンを、ランベルトは慌てて引き留めた。冗談でも許可を出したら、それこそ槍を片手に一騎駆けをしてみせるだろう。
グレンとはそういう男だ。
「頼むから俺を脅すのはやめてくれ」
「脅すなど滅相もございません。ただ、必要とあらばいつでもお申し付けください」
グレンは慇懃に頭を下げてくる。その様子にランベルトは大きな溜息を吐いた。
(ナインハルトやトラヴィスもそうだが、どうして第一軍の将軍たちはこう揃いも揃って曲者揃いなのだ)
自らのことは棚に上げながらひとり嘆くランベルトであった。
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