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第46話:(後編) 完工検査、二人だけの静かな夜

 広場では祝祭の前夜祭が最高潮に達し、エルフたちが奏でる竪琴の音色と精霊たちの羽音が地響きのように重なり合っていた。長老たちまでもが改心し、里を救った救世主を酒宴の席に引っ張り出そうと血眼になって探し回っている。リアムはそんな喧騒の隙間を縫うようにして、重たい工具カバンを肩に担ぎ、影に紛れて広場を脱出した。


 彼が向かったのは、世界樹の最上層に位置するエルナの私室だった。昨日までの張り詰めた空気は霧散し、リフォームされたばかりの魔法樹の白木が、夜の冷気を吸い込んで柔らかな温もりを室内に貯え直している。テラスへ出ると、そこには既に公女の肩書きを脱ぎ捨てたエルナが、特製の果実水を用意して、夜風に吹かれながら待っていた。


「おかえりなさい、現場監督さん。……やっぱり、あんなに騒がしい場所には、貴方の居場所は設計されていなかったみたいね」


 エルナが慈しむような微笑みを浮かべ、リアムをテラスの椅子へと誘った。リアムは一つ息を吐き、隣に座ると、彼女が差し出したグラスを一口飲み干した。喉を潤す果実の甘みが、連日の重労働で強張っていた身体の芯を、ゆっくりと解きほぐしていくのを感じた。


「……あぁ、点検だよ。最後にこの部屋の寝心地を、職人として確認しておきたかったんだ。エルナさん、昨夜はどうだった。……精霊の揺り籠、建付けに狂いはなかったかな」


「ええ。驚くほど深く眠れたわ。……貴方が直してくれたおかげで、自分でも驚くほど素直になれたみたい。……ねぇ、リアム。私のメンテナンスも、最後にしてくれないかしら」


 エルナはリアムの無骨な掌をそっと取り、そこに自分の指先を重ねた。彼女は精霊の淡い光を掌に灯し、リアムの手の甲に刻まれた無数の小さな傷や、ハンマーを握り締めて硬くなったマメを、一本ずつ丁寧になぞり始めた。職人の手を労う彼女の指先は、まるで繊細な彫刻を仕上げるかのように優しく、確かな熱を帯びていた。


「この傷一つ一つが、私の里を救ってくれた証拠なのね。……明日には、この馬車の助手席が空いてしまうなんて、私の計算には入っていなかったわ。……ねぇ、リアム。貴方は帝都に帰ったら、誰を隣に乗せるつもりなの?」


 エルナが冗談めかして、けれど隠しきれない寂しさを声に滲ませて問うた。リアムは夜空を見上げ、これまでエルナと共に駆け抜けてきた次元の霧や、泥にまみれた現場の情景を思い返した。彼にとって、エルナという存在は、単なる助手を超えた、自らの設計図を完成させるために不可欠なかすがいとなっていた。


「君の座り心地を超えるパーツは、そう簡単には見つからないよ。……エルナさんの鋭い指摘や、精霊への指示出し。……あれに代わる資材は、帝都のどこを探しても存在しないだろうね。……だから、助手席を空けたまま走るのは、少しばかり重心が安定しない旅になりそうだ」


 リアムが贈った職人としての最大級の賛辞に、エルナは顔を赤らめ、視線を夜の森へと逃がした。二人はそのまま、リフォームされたばかりの静かな夜空を見上げ、離れていても同じ世界を修繕し続けるという、目に見えない巨大な設計図を共有していることを、言葉を介さずに確認し合っていた。


「夜が更けてきたわね。……リアム。今夜だけは、隣で眠らなくてもいいから、私が眠りにつくまで、この手を握っていてほしいの。……貴方の手の熱を、私の身体の建付けの一部にして、一生忘れないようにしたいから」


 エルナの切実な願いに、リアムは静かに頷いた。彼は彼女をベッドまで送り届け、その枕元に腰を下ろして、差し出された白い手を大きな掌で包み込んだ。エルナの規則正しい寝息が聞こえ始め、彼女の魔力波形が完璧な安定期スリープモードに入るまで、リアムは一睡もせずに、その温もりを確かめ続けていた。


「おやすみ、エルナさん。君の里の夜は、もう一ミリも寒くない。……明日は、君が誰よりも眩しく輝く、最高の完工式の日にしよう」


 リアムが呟いた声は、夜の風に溶けて、世界樹の葉を優しく揺らした。リフォームされたばかりの私室を温かく満たしていた。


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