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終章 2 エレカ・ヤヒメ

 エレカはルイモンド島の桟橋の先に立って、揺れる海面を見つめていた。後ろには以前来た時、ノイスから出生の秘密を聞かされた豪華な東屋が建っている。あの時は人生で最後の日かと思うくらい辛かったが、その後、次々と想像を絶する出来事が起こり、今こうして穏やかな時間を過ごせているのが嘘のようだった。


 あの日、エレカがリズカードとネナの蘇生に成功した直後、血の海のただ中で呆然とするエレカに、今までギャラリーに徹していたエクスワードたちが駆けつけて、歓声を上げた。


「俺たちにはよくわからないが、君が何か、とてつもないことを成し遂げたのはわかる! よくやってくれた! ありがとう!」


 彼らはそう言いながら涙を流した。エレカはそれを見て、ようやく自分がどういうことを成したのか理解した。彼らを──ミクシアンを救ったのだ。


 その後、エレカはずっとトンネルの影に隠れて見守っていたスナウを介して顛末を報告し、ノイスらが地上で待機させていた警備隊に保護された。その時にはリズカードもネナも目を覚ましており、自分の生きていることが信じられないようにぼんやりとしていた。


 事件の処理がどうなったのかエレカはよく知らないが、少なくとも「リズカード」のメンバーは厖大な口止め料と共に、表舞台からは隠されるようだ。中世人であるネナも同じだ。ライゴーに手柄は横取りされたことになるけど、それでいい、とエレカは思った。ヒーローになりたいわけでもなかったし、今回のことを世界に説明する元気はとてもなかった。


 事件の日の晩、エレカは念のために連れてこられた病院で、駆けつけたフーロと再会した。フーロはエレカの顔を認めると、涙をぶわっと流してエレカに抱きついてきた。


「おかえり、エレカちゃん」

「ただいま……フーロさん。ごめんね……ひどいこといって」

「んーん……あたしも、ごめん……エレカちゃんの気持ちに寄り添ってあげられなくて……」


 フーロは震える声でそう言うと、顔を涙と鼻水と涎でべたべたにしながら、エレカの顔に頬ずりしてきた。そのべたべたをエレカは喜んで受け入れた。もう全然、汚いとは思わなかった。


「鍵、これ、返すね」


 その後、エレカは戻ってくるきっかけになった鍵を差し出したけど、フーロはぶんぶんと首を振って受け取らなかった。


「いいの? 両親に渡すんじゃ……」

「うん、いい。それはエレカちゃんのものにしてよ。一号店の看板娘なんだからね」

「う……うん、わかった。ありがとう」


 エレカはこれまで感じたことのない温かな感情と共にその小さな鍵を握りしめた。

 そこへスナウがぱたぱたとエレカの頭の上に飛んできて、いつもの揶揄う口調で言う。


『いや、今は懐が潤ってるからさ、あとで新しいスペア作るんだろ!』

「あ、カッコつけてるんだからバラすなよ! ポークチョップにするぞ!」

『もう鳥ですらねえわ』


 そのやり取りにエレカはくすくすと笑う。ようやく自分がいるべき場所に帰ってこれた感じがした。

 ──ティアから借りたホバーボードは、トンネルの終端でドローンの爆破に巻き込まれて大破してしまった。なので後日、エレカはティアの家まで弁償代を携えて謝罪に向かった。


「あ、エレカ! 良かった、無事で!」


 ティアはエレカの顔を見るなり、そう言ってぎゅっと抱きついてきた。そう、クインティトのミクシアンは皆、あの日、等しく恐ろしい目に遭っていたのだ。


「うん。怖かったね、ティア……」


 だからエレカは優しく言って、彼女の頭を優しく撫でた。自分が守ったものの愛しさと尊さを、改めてその感触から感じた。それでも、エレカは彼女のもとに自分がいるべきではないと思う。本当の居場所はもう──見つかったから。


「……行っちゃうんだね」


 寂しそうに言うティアにエレカは笑みを返す。


「うん。本当にありがとう。でも、また遊びに来るよ。ばあちゃんのお墓参りの時とか」

「そっか……いつでも来て!」


 ティアも笑って手を振ってくれた。


 ──やがて、ノイスたちの計らいで「リズカード」のメンバーはネナも含めて、ルイモンド島に長期滞在することになった。その行きの船上、エレカはたまたまネナと居合わせた。もともとミクシアン撲滅に協力していた人だったけど、協力して事件を阻止した今では不思議ともう憎む気持ちは起こらず、頼れるお姉さんという風に接することができていた。

 そこでエレカは、ずっと気になっていることを訊いてみた。


「あの、ネナさん。私のヴィスをまとう体質って、結局、なんだったんでしょうか……」


 ネナはちょっと眉を上げると、少し考える素振りを見せる。


「そうね──今は、私やリズと同じ特異なんじゃないか、って思っているわ」

「特異……?」

「ええ。瀕死の状態からヴィスの力で蘇ることで、あなたのミクシアが魔法伝導性の高いミクシアを手に入れたの。どう?」


 その説にはちょっとときめきを感じたが、よく考えるとあまり嬉しくない。


「……ヴィス粒子が出るだけって地味だし、そもそも私、瀕死になったことなんてないです」


 エレカがいじけてみせると、ネナは困ったように笑う。


「そう? その特異、今の時代ではすごく羨ましいんだけど……それと、瀕死になった経験っていうのは、実際にそうならなくちゃいけないわけじゃなくて、それに近い危険信号を身体が発した時に、突然変異的にヴィスが結びついて特異が生まれたみたい。例えば、身体の一部がなくなっちゃうとかね。そういう経験はない?」


 ネナは見透かしたように言う。なんだか結論が出ているような口ぶりは、もしかしてリズカードと議論を交わした後だからだろうか。少し癪だけどエレカは考えてみる。


「危険信号……もしかして──ダルタインに遺伝子を破壊されたこと?」


 遺伝子は自分の身体を構成する情報だ。それを破壊されることは、ある種の生命の危機と捉えられるかも知れない。

 当主ダルタインが非嫡出子の認知を不可能にするために行った施術が、自分の身を滅ぼすものだと勘違いして危険信号を発したエレカのミクシアに、ヴィスが呼応したのだろうか。その結果、エネルギーとなるヴィスをたくさん取り込めるような伝導性の高いミクシアになった。

 エレカの見解はネナと同じだったようで、にこっと可愛らしい笑顔をもらえた。


「うん。そう思う。だから、エレカちゃんは与えられたハンデを乗り越えるための武器を、自分で知らぬ間に作り上げていたのよ」

「私が……自分で?」

「うん。ミクシアもエレカちゃんの一部だから。そもそもミクシアが遺伝性を得たのだって、最初のミクシアンが絶望的な状況から生き延びるために、自分に宿したミクシアとヴィスを引きつけて編み出した特異なんだと私は思ってるわ。つまり……機械のミクシアが魔法によって生命を得たってこと。その人の、生きたいっていう意思に応えてね」

「機械が魔法で生命に……なんだか、それこそおとぎ話ですね」

「ふふ、私たちはそういう世界に生きているのよ」


 ネナは穏やかにそう言った。


「エレカ」


 今日までに起こったことを回想していたエレカに、ふと声がかけられた。振り向くと、東屋の前にリズカードが立っている。なんだかいつもより落ち着かない様子に見えた。


「リズカードさん。どうしたんですか?」

「いや、その……な」


 何故かもじもじとしている。なんだろう。エレカは違和感を抱いたが、それよりも見せたいものがあったので、要件を聞く前に見せびらかそうと思った。


「あ、ねえ、リズカードさん、見てください」


 そう言ってエレカは海の方を振り向き、手を振りかざして叫ぶ。


光飾(イルミナ)『炎の舞踊(ファイアーワークス)』!」


 次の瞬間、ぱぱぱっと海上に大きな火花が散った。リズカードが「おお」と声を上げる。


「エレカ、まさか魔法を?」

「はい! あれから見よう見まねで練習してみたんです。どうでした?」

「いや、すごいな……ベイハー博士が泣くぞ」

「あはは、私の場合はちょっとズルですけどね。でも、これで最後の魔法使いの名は頂きです」


 褒められたのが嬉しくてエレカは調子よく言う。そんな彼女をリズカードは穏やかに笑って見ていたが、やがて、深呼吸をして切り出すように口を開く。


「エレカ、実はな……」

「エレカちゃん、ヤバいヤバい、大ニュース大ニュース!」


 リズカードの言葉を遮るように、フーロの大声が飛び込んでくる。


「ど、どうしたの、そんなに慌てて」


 エレカはその威勢に驚きながら、駆けつけてくるフーロに訊ねる。フーロは手に持ったスマートデバイスの画面を見せながら唾を飛ばして叫んだ。


「ヤバい! 『リズカード』に結婚式の仕事が入った! 結婚相談所のくせに初めて!」

「えっ……ええええ? 今、休業中にしてるんだよね? 一体、誰がそんな──」


 すーっと、動いたフーロの指の先を見て、エレカは悟った。

 リズカードが見たこともないくらい真っ赤な顔をして頭を掻いていた。


「まあ、そういうことだ」

「えーーーーっ! ネナさんと! わああああ、おめでとうございます!」


 エレカは大きな声をあげると、リズカードのもとに駆け寄ってその手をぶんぶんと振り回した。リズカードはなすがままにされながら「ありがとうな」とはにかむ。そのらしくない様も相まって、エレカは人生で一番と言えるほどの幸せを感じた。


 ──ああ、私はこの時のために生まれてきたんだな……。


 生きた時代も違くても、オルガンでもミクシアンでも、魔法が使えても使えなくても。


 こうして無邪気な感情のままに幸せを分かち合える喜びをエレカは手に入れたのだった。

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