第三章 5 リズカード・オーウェン
失意のルイモンド島訪問から三日後、リズカードとエレカはボット・タクシーに揺られていた。外には見渡す限りの麦畑が広がり、合間を縫うように人工光で栽培する農業タワーが建っている。現在、一次産業のほとんどはボットとドローンによって自動化されており、農業由来の食料は政府に線引きされた穀倉地帯で計画的に生産されていた。
通常、この地域に人の住むことは許されていないが、一部、土壌の質が適さないという理由で作付けの行われない地帯があり、そこを近くの畑ごと買い取った物好きが、畑の「管理者」という体裁で居を構えたりする。これから訪ねるベイハー・スティンフル魔法学博士もそのうちのひとりだった。
エレカは心を閉ざしてしまったように口数少なく、窓の向こうを見つめている。ルイモンド島での夜、彼女は激しく泣き続けた後、やがて力尽きるようにリズカードに身体を預けて眠りに就いた。翌朝、目を覚ましたエレカは傍らにリズカードがいるのを認めて、安堵したような表情を見せたものの、やがて昨晩の自分の言動を思い出して青い顔になった。
『あ……わ、私……リズカードさんに、なんてことを……』
それきり深く恥じ入ってしまったようで、リズカードに対してよそよそしい態度を取るようになってしまった。
妹のように懐いてくれていた頃を思うと辛くなるが、心の整理がつくまではどうしようもあるまい、とリズカードは思う。今はやるべきことに腐心するしかない。
やがて一軒の大きな家が見えてきた。ベイハー邸だ。ふたりは門の前にタクシーを待機モードにして下車し、その威容を見上げる。屋敷ともいうべき立派な住居だ。マンションのような集合建築ばかりの土地で過ごしてきたためか、その家のスケールが新鮮に感じる。
リズカードは門の柱に備え付けられた呼び鈴を押した。応答を待つ間、隣のエレカが小さな声で呟くのが聞こえる。
「ここで、私のこの体質の原因がわかる──ひっ!」
突然、がこん、と音を立てて門が開いたので、エレカは驚いてリズカードの腕に飛びついた。
門の奥からはもったりとしたシルエットをした、ひとりの老人が出てくる。彼は真っ白になった髪を後ろでまとめ、裾を引きずるほどに長いローブを身にまとっていた。
「やあ、これはどうもどうも、『リズカード』の方ですよね、いや、こんなとこまでよくおいでなさりました」
陰気な見た目をしている割に、かなり快活な喋り方だった。
「ベイハー・スティンフル博士だな」
「ええ、ええ、そうですとも。さ、さ、どうぞお入りになって……」
ベイハーはそう言うと踵を返して、ふたりを屋敷の中に招き入れる。
リズカードはそれに続こうとして──その前に、エレカの方を見下ろした。彼女はずっとリズカードの腕にすがりついたままだった。そのことに気づいたエレカがぱっと身を離す。
「ご、ごめんなさい……」
「いや……気にしなくていい」
お互いぎこちなく言い合いながら、ベイハーの背中を追った。
よく手入れされた前庭を抜けて屋敷に足を踏み入れた瞬間、リズカードは猛烈な郷愁を覚えた。ベイハーの屋敷の意匠はいずれも中世からそのまま持ってきたようなものばかりで、ひとつひとつの調度が脳内に燻る千二百年前の記憶を疼かせる。
「素晴らしい趣味をしている。まるで中世からそのまま持ってきたようだ」
つい、そんな賛辞がリズカードの口をついて出た。
「ほっほ……見ての通り偏屈な爺でしてな、こんな環境にしか住めませんで」
と、前を歩くベイハーは嬉しそうに肩を揺らした。偏屈と自称する割に、その雰囲気は実におおらかだった。
メインホールを抜けて奥の扉に入ると古めかしい書斎になっていた。革張りの書籍が本棚にぎっちりと積み込まれ、溢れた本たちがその傍らに乱雑に積み上げられている光景は、出版物はほぼデジタルの現代にあって時代ものの創作物の中にしか登場しない。エレカは異世界に迷い込んだような顔できょろきょろと見回している。
書斎には小ぶりな円卓があり、ベイハーの案内でふたりはそこに腰を落ち着けた。ボットもドローンもいない静謐な空間で待っていると、ベイハーが紅茶と菓子を運んできてくれる。
「ここにある本は全て、博士が収集したのか」
リズカードが訊くと、ベイハーは目を細めて本棚を見上げた。
「そうですねえ、収集っていうか、昔、大学を追い出された時、夜逃げみたいにでっかいトラックに積んで抱えて出てきたもんですね。三十年くらい前ですかな」
「唯一の魔法学博士なのに大学をクビに?」
「やー、それはもう時代ですよ。魔法は、僕がほんと若い頃はまあ、三日に一回くらいはかろうじて出たんですがね、時が経つにつれどんだけ気張っても鳴かず飛ばずになりまして、偉い人は使えん学問に用はないと、あっさりお払い箱でした」
良い思い出ではないはずなのに、ベイハーはどこか楽しげに言う。こんな秘境に住んでいる割に人と話をするのは好きなのかも知れない。
「ふむ……いかにもな話だな。しかし何故、魔法は使えなくなってしまったんだ」
リズカードは話の流れで、今まで気になっていた疑問をぶつけてみる。
「それは大気中のヴィス……魔法の源ですな。これは空気圧と同じく濃度の薄いところに絶えず流れてるわけですが、それは遙か上空、宇宙にも通じてるんですわな」
「なるほど。少しずつ宇宙に漏出していった、というわけか」
「ま、それは僕が勝手に唱えてる学説でして……最近はその減り方も速いように感じるんで、本当は違うかも知れませんな」
自嘲するようにベイハーは言うが、減り方が速い、というのは重要な証言だった。まさにエレカのくれるヴィス粒子の量が、目に見えて減っているからだ。デリケートな部分なので本人には直接確かめられてはいないが、こうして裏付けが取れたのは大きい。
「それで──そちらのお嬢さんがヴィス粒子をまとうという?」
ベイハーがゆったりとした手つきで、エレカの方を示して言う。物憂げに紅茶を飲んでいたエレカは、ぱっとカップから口を離して「はい」とうなずいてみせる。
「ふむふむ、ちなみに今はどんな感じでしょう?」
「若干……という感じです。その、汗の代わりに出るものなので」
「はぁ、体温調節も兼ねているのかな……」
「心当たりは?」
リズカードが問うと、ベイハーは額の皺をかき上げるように目を開いてみせる。
「いーや、メッセージを頂いてからずっと調べてみたのですがね、それが全くないのですわ。そもそも僕は人生八十年かけて、現存する魔法に関する文献は全て読んだと思うんだが、そんな現象にあたった記憶が一切ない。魔法学界隈三十年ぶりの新発見になるかもですな」
「そ、そうなんですか……」
エレカが驚いたような、落胆したような、複雑な感情の交じった声を漏らす。そんな彼女の方を向いて、ベイハーは言った。
「ちょっと、その、こんなうら若いお嬢さんに頼むのは不躾かも知れないが、ちと、肌の方を見させてもらってもよろしいですかな?」
「あ、えっと……」
「博士、その子は綺麗好きなんだ」
エレカが言い淀むのでリズカードがつい口を出すと、ベイハーは憐れなほどわなわなと狼狽えてしまった。
「こ、これはこれは……この薄汚れた爺が触れるには、どうすればよいですかな? 皮脂を皮膚ごと溶剤で溶かしてくれば確実でしょうが──」
「べ、別に平気です! も、もう最近は克服したので、大丈夫ですから!」
と、エレカが慌てて言うので、リズカードは余計な口出しをしたと申し訳なくなった。
その後、しつこいくらいの念押しを乗り越えた後、ベイハーはエレカの差し出した腕で観察を始めた。親指と人差し指でぐっと肌を広げ、スマートデバイスの拡大機能で析出したヴィス粒子を捉えようとしている。そこは現代技術を使うんだな、とリズカードは思った。
「なるほど……綺麗なものですなあ」
やがて、ベイハーはそう呟くと、突然、ぽろぽろと涙を流し始めた。
「は、博士?」
「い、いや失礼。久々にヴィスを目にしたもので……うっうっ、嬉しくて……」
どうやら過激なほどに魔法を愛する人物らしい。ここでリズカードの腹に埋まったヴィス結晶を見せたら、卒倒してしまうかも知れない。
「こちら──少し取らせてもらってもよろしいですかな?」
やがて目を潤ませながらベイハーはおずおずと切り出した。エレカは緊張を滲ませつつ、うなずいてみせる。
「平気です」
「おお、ありがとう」
ベイハーは心底嬉しそうに席を立つと、刷毛と瓶を持ってきてエレカの肌をそっと掃いた。しかし、あまりに粒子が微細すぎたためかヴィス粒子はふわっと舞い上がり、星屑のようにきらきらと書斎を漂っていく。
「おお……美しい……」
ベイハーはその様子に道具を置き、手をかざす。まるで少年のように──とリズカードが思った次の瞬間、散ったヴィス粒子は突然、花火のように強い輝きを放って消えてしまった。
リズカードは愕然とする。小さな小さな光飾の魔法が起こったのだ。
「え?」
エレカが目を丸くしてリズカードを見るので、慌てて首を振る。
「いや、今のは俺では……」
「こ、これは失礼……つい魔法が出てしまいました」
すると、ベイハーが照れたように頭を掻きながら告白する。
「博士、魔法が使えるのか?」
「ほっほ、さっきも言いました通り、僕が若い頃にゃ、タイミングが良けりゃ魔法が撃てたもんでね。だから、ええと、『リズカード』さん、って会社でしたよね、その元ネタの賢迅さんに憧れて、魔法を使いたいがために必死こいて勉強して習得したもんで……いやはや、そのせいで今はこんな隠居暮らしですが、全く後悔はしてませんな」
ベイハーの穏やかな言葉に、リズカードは救われたような心地になった。リズカード自身が伝説として語られるのは呆れるほど見てきたが、こういう影響の与え方もあるのかと感慨が寄せてくる。やはり自分の気持ちはどこまでも、中世という時代に根を張っているようだった。
「そうか……ならば、博士はクインティト最後の魔法使い、といったところか」
「そんな大したもんじゃございやせんよ」
ベイハーは照れくさそうに笑った。
その後、エレカのヴィス粒子は皮膚の汗腺から出ているようだという結論は出たが、その原因まではベイハーも見当もつかないという話だった。
「そもそも人間の身体がヴィスの状態を変えるんがおかしな話なんですわな。他の鉱物と同じように、温度とか圧力とか、そういう外的要素で空気中にあるものが粒子化したり、結晶化したり、逆に空気中に放射されたりするもんで」
「……しかし、中世ではヴィスを粒子や結晶にして保存する技術があっただろう。その逆も」
リズカードが自身の経験から言うと、ベイハーは、ぱち、ぱちと目をしばたたかせた。
「おお、よくご存じで! ただ、あれはヴィスの形態変化という魔法の一種であってですな、魔法の死んだ世代に生まれたお嬢さんが、そういう魔法にかけられたわけはないでしょう」
ベイハーが視線を向けると、エレカはふるふると首を振った。
「ないと思います……魔法なんておとぎ話の中にしかないものだと思ってましたし」
「魔法はおとぎ話……そうですか……そうですよね……」
がっくりとベイハーは肩を落とすので、「今は実在するって信じてます」とエレカが慌ててフォローに入った。
「他に考えられることはないか」
そうリズカードが促すと、立ち直ったベイハーは首を捻って唸る。
「ええ〜……まあ、ひとつ可能性があるとすれば、ミクシア絡みでしょうかね」
「ミクシア?」
ベイハーの口から突然そんな単語が出て、リズカードとエレカは揃って背筋を伸ばした。
「ミクシアとヴィスが何か関係があるのか?」
「は、はい、それはもう、めちゃくちゃにありますよ。最近、といっても十何年も前のことですがね、僕が発見して論文をものしたんですが──ミクシアンの皆さんの体内におられるミクシアたちは、どうやらヴィスを動力源にして活動しているようなんですよ」
ベイハーは何でもないようにのんびり言うが、リズカードの心臓はにわかに高鳴り始める。
それが事実なら──全てが繋がる。
「……その論文は発表したのか?」
「もちろん。クインティトの論文データベースに載っております。『ミクシア活動及び自己複製プロセスにおける魔法子ヴィスの役割について』というもので」
リズカードはエレカの方を見る。エレカは呆然とした表情でどこかを見つめていたが、彼の視線にはっと気がつくとスマートデバイスで検索を始めた。
「……えっと、そういう論文は見つからない、ですが」
「な、何ですと? 画面を見せてもえますか……ミクシア、かつどう、および……ふうむ、検索結果ゼロ件になっておりますな。ちょっとお待ちくだされ、実物を持ってきますので」
ベイハーはのっそりと腰を上げると、書斎から出て行く。その間に、リズカードはエレカと顔を見合わせた。
「そのデータベース、どこが管理している?」
「……ライゴー傘下の大学が共同で運営しているものです」
「ふん……どうやら検閲が入ったな」
「検閲って……リズカードさん、これってどういう──」
エレカの顔に、一瞬、強い恐怖のようなものが浮かんだ瞬間。
「どうもすみません、お待たせして」
と、ベイハーが戻ってきて、リズカードに一冊の本を差し出してみせる。
「これは大昔の学者時代の癖で製本しておいたものでしてね」
「ああ、間違いないな。読んでも?」
「どうぞどうぞ。あ、ちなみにそこの戸棚に置いてある容器はミクシアの標本でしてな。亡くなったミクシアンの方から摘出した生きたままのものを提供してもらったもので、まあ〜、肉眼ではとても見えないが、電子機器に反応するのでそれで頑張って観測しましてね、いやあ、懐かしい……」
中身を読み込むリズカードにベイハーは喋りまくる。よっぽど思い入れのある研究らしい。
「あの、どうしてそんな研究を? ヴィスとミクシアなんて、関係性がなさそうなのに……」
彼の気が散ってしまうと思ったのか、エレカが訊ねる。
すると、ベイハーは悪戯っぽい目つきをして口の端を上げた。
「ミクシアの動力源は昔から謎に包まれているわけでしょう? なにぶん、機械なわけですから動かすための何かが必要なわけですわな。今じゃ、神経伝達に用いられたパルスの剰余で稼働しているだとかという説が主流だが、それでとても何億ものミクシアを動かせるとは思えない。そこでね、僕は魔法学者らしく考えたわけですよ。魔法で動いてるに違いない、と!」
「それが……たまさかに当たってしまったわけだ」
リズカードは論文を机に置きながら言ったので、エレカが目を丸くした。
「も、もう読み終わったんですか?」
「ああ。宿主から離れたミクシアは一定期間生き延びる。その状態のものを二つのグループにわけ、片方はヴィスの伝導率の高い亜鉛の容器に入れ、片方は極端に低いライトチタンの容器に入れた。結果、亜鉛の容器の方が相当長く生き延びた」
「ええ、ええ、それも千倍近い時間をですよ! 気温湿度酸素濃度、他の条件が全て一緒にも関わらず! ほんのわずかなヴィスという物質の差で! これはまさしく、ミクシアの活動にヴィスが関わっている証拠です!」
ベイハーが興奮気味に言う。それが本当ならば、ミクシア研究のブレークスルーにもなり得る事実であり、大ニュースになってもおかしくない。
「それなのに、全く知られていないということは──全く相手にされなかったか」
リズカードが言うと、途端にベイハーはしょんぼりと肩を落としてしまう。
「ええ、その通りで……そちらのお嬢さんが言うとおり、ヴィスやら魔法やらはもう喪われすぎて、ファンタジーになってしまったものなんですわな。論文に一カ所でもその単語が出れば、白眼視ですよ。ミクシアがヴィスを利用する原理も原因もわからずじまいで、思いつくのが五十年早ければ、あるいは……と悔いが残りますね」
そんなキワモノの論文が検閲されて消えていた。つまり、それを真実だと知っており、そのことを知られると困る誰かが、ライゴーのどこかにいる──エレカの体質を探っている間に、本来の目的だったヤグのプロジェクトについて、欠けていた最後のピースが見つかってしまった。
リズカードは動揺をベイハーに悟られぬよう、深呼吸をしてから平静を装って言う。
「つまり、ミクシアの取り込んだヴィスが何らかの原因で粒子化してしまう、と?」
「そう考えられれば楽なんですがな、その、粒子化する、というところの説明がつかないのですよ。それなら、他のミクシアンの方々だってわんさかヴィスを粒子化するはずでしょう」
「結局、そこがネックとなるのか」
「申し訳ありませんね、お役に立てず……」
ベイハーは机に手をついて頭を垂れる。「そ、そんなことないですよ」とエレカが声をかけているが、本当にその通り──博士はリズカードに重要な情報をもたらしてくれた。
後は、別の疑念を晴らすだけだ。
「……博士、もうひとつ、訊きたいことがある」
「な、なんでしょう?」
「知人から聞いたのだが、とある会社が中世のジンク・ウェブを再敷設したとか」
「えぇ……? あ、ああ、そのことですか。ピリナスでしょう?」
新たな話題に気を持ち直したのか、ベイハーはどこか嬉しそうに言った。
「博士はその技術顧問だと聞いたのだが、これは本当か?」
「ええ、まあ、この家にいたままオンライン上で、ですけども。いやあ、歴史ある文化財の復興ということで、こんな古ぼけた知識を役に立てることができるとは思いませんでした」
「文化財の復興……」
「そうですよ。だって、ジンク・ウェブはかつて魔法があり、生活と結びついていたことの証拠でございましょう? それが大都市クインティトの大動脈に刻まれる。魔法に人生を捧げた身として、こんな嬉しいことはございませんよ」
「魔法がフィクションになりつつあるこの世界で、おかしいとは思わなかったのか」
「いいえ、全く。なにしろ素晴らしいことに、あなた方のような同胞が定期的に現われる世界ですからな」
なるほど──リズカードは老博士の朗らかな表情に、確信を得た。
ベイハーはただ、魔法を愛する純真無垢な老人であり、ただその性癖を利用されただけだ。
「わかった。今日は大変、有益な情報をいただいた。感謝する」
「おや、もういいのですか?」
リズカードの言葉に、ベイハーは寂しそうに言った。
「ああ、十分すぎるほどだ。紅茶もおいしかった」
「そ、そうですか。なにか、こんな爺がためになれたのなら良かったのですけれどもね」
「あ、あの、ピリナスの目的は訊かなくていいんですか……」
と、脇からエレカが小声で話しかけてくる。
「いや、彼は何も知らない。それにもう……俺には、見えた」
リズカードもひそやかな声でそう返した。
ミクシアン問題を解決する。オルガンとミクシアンの区別を無意味化する。
そんなお題目をクリアする、ピリナス──オルガン主義者のヤグ・トルネが企んでいること。その構図は既に、彼の頭の中に再現されていた。
すると、エレカは不安げな表情をふっと浮かべる。
「……リズカードさん」
その心細いような呼び声に、リズカードは心臓を掴まれたように身が固まってしまう。
「リズカードさんの目には、何が見えてるんですか……」
そうして彼女はリズカードに問う。知らなければならない、と毅然と立ち向かうような面立ちで。
正直に言って、エレカにはリズカードの至った結論を知ってほしくなかった。自分の生まれについて、未だ心の整理がついていないはずの彼女が向き合うには大きすぎる問題だった。
だが──彼女のすがるような眼差しにあてられて、リズカードは思う。
ここまで彼女を巻き込んでしまった以上は、知らない方が酷なのではないか。
──そうさせてしまった責任は俺がとらなくては。
「帰りの車で全て話す」
リズカードがそう告げるとエレカは目を見張り、それから神妙な表情でうなずいた。




