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第96話 綾瀬碧は伝えたい

「……もう無理」


 綾瀬はベンチで顔を青くし、うなだれている。

 そこまで綾瀬のことを知っているわけではないが、こんな彼女は学校では見れないだろう。


 俺も気分は悪くなったが、まだマシだ。

 近くの自動販売機で適当に冷たい飲み物を買う。


「高ぇ……」


 こういったところの自動販売機少し高めだ。

 ただ、二百円と少し高いくらいのため、まだ良心的なのかもしれない。


 文句を言っても仕方がないため、俺は二本買うと一本を綾瀬に手渡した。


「ありがと。……ってコーラ?」


「飲めなかった?」


「ううん。好きだけど、何でかなって」


「あー……。炭酸って自律神経整えたり胃腸の不快感なくしたりするらしくて、カフェインは感覚の乱れを抑えてくれるらしいから、両方取れるコーラがいいって聞いたことがあったから。……アニメで」


「なるほどね」


 クスッと笑いながらも、綾瀬は蓋を開けて一口、二口と口をつける。

 そんな表情に、俺は見惚れてしまう。


 正直なところ、俺が飲みたいという理由もあった。

 俺は綾瀬から視線を外し、取り繕うようにしてコーラを飲む。


 ――やっぱり、暑い時には甘くてスカッとするコーラは最高だ。


「あっ、お金……、いくらだった?」


「いいよ、これくらい」


 財布を出そうとする綾瀬を制止し、俺は首を横に振る。


「カッコくらいつけさせて。……って言ってもコーラだけどさ」


「……そっか。じゃあありがたく頂戴しておこうかな? ご馳走様」


 再び笑顔を見せる綾瀬に、俺はドキリとした。

 やっぱり、話せるようになっても女子に対する耐性はないのだ。

 思い返してみると、花音や若葉、双葉のように普段から話している人の笑顔にも弱い。


 ……俺は女子の笑顔に弱いのかもしれない。


「ちょっとマシになってきたし、少し早いけどご飯にする?」


「そうだな。……午後からはもっとゆったりとしたのに乗ろっか」


「うん。この年になってちょっと恥ずかしいけど、メリーゴーランドとかからがいいかもね」


 そんなことを言って笑い合い、俺たちは園内にある食事処を探し、早めの昼食を摂ることにした。




 食事を終え、宣言通りメリーゴーランドに乗る。

 周りからの視線を集めやすいメリーゴーランドだが、乗ってみると案外バカにはできない。

 小さい頃はよく、アミューズメント施設やデパートの屋上にあるメリーゴーランドに乗っていたが、遊園地でのものとは全然違う。


 ……当たり前と言えば当たり前なのだが。


 年を重ねてみると、小さいころに体験したものが、違った視点で見れるのは良いことだ。


 そして俺たちは絶叫系を避けながら、緩いアトラクションを楽しんだ。

 ゴーカートや水上ボート、ゴンドラに揺られながら景色を眺めたりする。

 少しずつ気分が乗ってきてからは、小さめのジェットコースターやバイキング……船の形状をした大型のブランコに乗りつつ、適度に楽しんだ。


 ただ、まだ時間はある。

 そんな時、気分が高まっている綾瀬は興奮気味に指を差した。


「あそこ行きたい!」


 そう指を差すのは、お化け屋敷だ。

 この遊園地でお化け屋敷の話はあまり聞かない。

 そこまで怖くないのかもしれない。


「いいけど、ホラー得意なの?」


「わかんないけど、お化け屋敷行ってみたかったんだよね」


「初めてか……」


「うん。初体験だよ」


 際どい発言に、俺は盛大にむせかえった。

 しかし、当の本人は無反応で、俺の様子を見てきょとんとしている。


 ――まさか、天然か?


 そんな発言にドキドキしている俺をよそに、綾瀬は楽しげな様子でお化け屋敷を見つめている。


 だいたい、この後の展開なんて予想ができる。

 そう考えながらお化け屋敷に入ると、案の定だった。


「きゃー!」


 綾瀬は悲鳴を上げながら俺に抱き着いてくる。

 ……つまり、色々と当たっている。

 微かに感じる柔らかさに、俺は変に緊張してしまった。


「ちょっ……」


「待って、本当に怖いから。無理無理無理無理っ!」


 ――俺も無理だ。

 綾瀬とはまた違う意味でドキドキしてしまっている。


 こうやって怖がっている人が隣にいると、冷静になってみることができる。

 そうでなくとも、どうやら俺はお化け屋敷が苦手ではないらしい。


 いきなり音が鳴ると驚きはするが、お化け役のキャストが出てきても、怖さを感じない。

 多分、肝試しとかの方が苦手だろう。

 外の暗い道を歩く肝試しとは違って、お化け屋敷は安全に配慮している場所なのだから。


「ね、ねえ、もう終わりだよね?」


「うん。もう外見えてるよ」


「よ、良かった……」


 出口はうっすらと光が差し込み、それを見た綾瀬は安心しきっている。


 ――まあ、このまま終わるとは思わないが。


 あと数歩で出口というところ。

 そこで出口の上の方から、大きな音を立てながらお化けが落ちてくる。

 もちろん作り物だ。


「うきゃあ!」


 気を抜いていたところに一発。

 今までで一番と言えるほど大掛かりな仕掛けに、綾瀬は悲鳴を上げる。

 先ほどまでの悲鳴とは違って、完全に綾瀬のイメージとは違う悲鳴だった。


 その後はもう数歩ということもあり仕掛けはなく、俺たちはお化け屋敷から脱出した。


「もう無理……」


 入る前は元気だった綾瀬だが、今はこの有様だ。

 燃え尽きて灰になっていた。


「恥ずかしいところめちゃくちゃ見られた気がする……」


「ま、まあ、気にしないで」


「青木くんが気にしなくても、私が気になるのぉ……」


 綾瀬は顔を手で覆い隠しながら、小さく叫んでいた。

 女子として『うきゃあ!』と悲鳴を上げたのが恥ずかしかったようだ。


「ほら、まだ時間あるし、どこか回らない? それか、もう今日は帰る?」


 あまり進んで『帰る?』ということを言いたくはなかったが、綾瀬は落ち込んでしまっている。


 それに、まだ時間はあるとは言っても五時頃だ。

 片道一時間ほどはかかるため、少し早めの帰宅と考えれば早すぎるということはなかった。


 しかし、綾瀬はまだ帰りたくないらしい。その言葉に反応し、首を横に振った。


「まだまだ遊び足りないよ! 今までは部活漬けだったし、今日はいっぱい遊ぶつもりだったんだから!」


 落ち込んでいた綾瀬だったが、遊びたいという欲には勝てなかったようだ。

 すぐに元気を取り戻すと、乗りたいアトラクションを挙げていき、俺はそんな綾瀬についていった。




 しばらくアトラクションを楽しんだ俺たち。

 もう六時半と、まだ明るくはあるが陽が徐々に沈み始めようとしている。


 そんな時に綾瀬は定番も定番、観覧車を指差した。


「最後は観覧車に乗りたいなっ!」


 遊園地と言えば、というところはあるだろう。

 俺としても最後はまったりとしたい気持ちがあった。


「そうだな、いい時間だし、乗ったら帰るか」


「うんっ」


 観覧車は一周十五分程度だ。

 降りる頃にはもう暗くなっているだろう。


 閉園時間は十九時のため、めいっぱい遊んだと言っていい。


 俺たちは今日最後のアトラクション……観覧車に乗る。


 そして、乗った俺たちはしばらく沈黙していた。


 このシチュエーションはデジャブだ。

 以前、双葉と水族館に行った際、併設されていた観覧車に乗った際もこんな雰囲気だった。


 だいたいこういう時、アニメでは告白シーンになる。

 しかし、双葉の時もそうだったが、現実ではそんなことはないのだ。

 そんなことを考えていると、綾瀬は口を開いた。


「ねえ、青木くん」


「な、なに?」


 ないとわかっていても、緊張はしてしまうもの。

 俺は声を上擦らせながら返事をする。


「今日はありがとうね。……恥ずかしいところは見られたけど、青木くんと仲良くなれた気がして嬉しいな」


「それなら、良かったよ。俺も綾瀬と仲良くなれて嬉しい」


 俺がそう言うと、綾瀬はニコリと微笑んだ。


 やはり告白などではない、

 しかし、つい勢いで告白してしまいたくなるような笑顔だ。

 胸も高鳴っている。


 それでも、俺は告白するつもりはない。


 女子と話すのは緊張する。

 それは綾瀬に限らず、誰に対してもだ。

 慣れている花音たちであれば普通の会話は問題ないが、こんなシチュエーションであれば、誰に対しても似たような感情になるだろう。


 ……俺は綾瀬のことを、恋愛対象としては好きではないのだ。


「もっと早く、青木くんと仲良くなれてたら、もっと学校生活が楽しかったのかなって思っちゃう」


「俺はそんな大層な人間じゃないよ。それに、今までも十分学校は楽しいだろ?」


「そうだけど、もっと楽しくなってたのかなって」


「……そう言ってもらえるなら嬉しいよ」


 自分のことをそう言ってもらえるのは素直に嬉しい。

 俺自身、綾瀬にそこまで言ってもらえる人間なのかという疑問はあるが、綾瀬がそういうのだから素直に受け止めておく。


 何故でそう思うのか?


 そう尋ねようとしたが、それは綾瀬の口から先に答えが出た。


「私、青木くんのことが好き。もちろん、恋愛的な意味で。……だから、もっと早く仲良くなれてたら、もっと学校は楽しかったと思う」


「……え?」


 俺は綾瀬の言葉を理解できなかった。

 聞こえてはいるが、その言葉がまるで暗号のようにして頭の中で反芻(はんすう)している。


 通り抜けようとした言葉を頭の中に留め、何とかして理解しようとする。


 綾瀬の顔を見ると、頬を赤く染め……それでも俺の目を真っすぐに見ていた。


 ……この赤さは、夕焼けのせいなどではなかった。

本日、二話目更新です!


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