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第91話 青木颯太は託したい

「先輩が本気だ……」


 組別対抗リレーの直前だ。

 応援合戦が行われながら、リレーに出場する生徒は集合し、準備を始めていた。


 俺が集中力を(たぎ)らせていると、双葉が驚きの視線を向けてくる。

 暑さと疲れ……周りの痛い視線によって、中学生の頃のバスケの試合の時のように、集中しないとやっていられなかった。


 学校でも有名な人気者の二人に借りられたのが、平凡な男子高校生である俺なのだ。

 奇異の視線を向けられる理由は十分わかっているが、平凡な男子高校生である俺は今までこんな注目を浴びることはなく、そんな周りの視線に気疲れしてしまうのも許してほしい。


「双葉は良く動けるなぁ……」


「走るのは好きなので! と言うよりも、体を動かすと何も考えなくていいので、すっきりします!」


 意味深な発言だが、双葉は双葉で何かあるのだろうか。

 ……いや、たまたま選んだ言葉がそれっぽく聞こえただけかもしれないが。


「それよりも、できるだけリードしてからバトンくださいね!」


「おおう……、頑張るのは頑張るよ」


 俺は最後から二番目……双葉の手前の走者だ。

 アンカーの双葉が競うのはスポーツコースの男子のため、リードしていても差を縮められることは明白だ。

 俺までの人たちで、いかにリードを保つのかが、勝負のカギとなる。


 双葉は先ほどまでは『ごぼう抜きしますね!』と自信満々だったが、こんなことを言うあたり、やはり不安はあるのだろう。

 そして、その不安の影を俺に吐露した。


 もしかしたら双葉自身は意図していないかもしれない。

 しかし、双葉はリードを求めてきた。


 本人までも気が付いていないのかもしれないほど、わずかに見えた影だった。




 応援合戦が終わり、俺たちはグラウンドに並ぶ。


 スタート地点にはトップバッター……白組では若葉が準備をしている。

 赤組も女子がトップバッターのため、ここではどちらとも大きな差は生まれないだろう。


 そう思っていた。


 軽快なピストル音と共に、両者ともスタートする。

 しかし、若葉は反応が早かった。

 バレーで鍛えられた瞬発力や反射神経からか、一歩だけ早くスタートできたのだ。


 その一歩から、さらに若干リードを奪って次の走者にバトンを渡す。

 たったグラウンド一周の200メートル程度の距離。

 短い距離の中でも、若葉は二、三人分くらいのリードに成功した。


 ……そして、相変わらず、若葉は男子の注目を集めていた。


「ふぅ……」


 若葉は走り終えて一息吐く。


「お疲れ」


「お疲れ様です!」


「ありがとー!」


 元気ではあるが、今日一日動き回った上で力を出し切ったのか、少しだけ疲れている様子は見てとれる。


「ちょっと喉乾いたなぁ」


 若葉はそう言って、走っている生徒の邪魔にならないように応援席に戻る。

 すると、虎徹が「お疲れ様」と言って、ジャージを羽織らせた。


「何!? 暑っ!」


 そう言って羽織らされたりジャージを脱ごうとするが、虎徹に止められた。


「……周りの目も、もうちょっと気にしろ」


 目線を逸らしながら虎徹はそう言う。


 もう夕方も近づいて来ているが、陽が落ちるのは遅くなっている時期だ。

 この時間帯は一日の中で一番暑い時間から、少しマシになったかどうかくらい。

 暑さの残るこの時間に全力で走ったことで、若葉の服は汗で体に張り付いていた。

 ……つまり、ボディラインがくっきりと見えるのだ。


「……ありがと」


 虎徹に遠回しで指摘され、若葉はようやく気付いたようだ。

 いつもは元気の塊と言える若葉だが、珍しくもしおらしく、恥ずかしがっているのか頬を赤らめていた。


「……青春だなぁ」


「……青春ですねぇ」


 俺と双葉はそんな二人のやり取りを見ながら、遠い目をしていた。


 双葉は告白されることもあるため、ラブコメのようなシチュエーションがないわけではないだろう。

 ……ただ、バスケに命をかけているだけで。


 それに部活で汗を流すというのもある意味青春ではあるが、そこはツッコまないでおこう。


 普段は見せないような場面。

 体育祭の雰囲気に充てられているのかもしれない。

 初々しい二人の様子に、俺たちはリレーの最中にも関わらず、和んでいた。


 しかし、順番は刻一刻と迫っている。


「緊張してます?」


「しないわけないだろ?」


「回りくどいですね。素直に言えばいいのに……」


 双葉のストレートで辛辣な言葉に、俺は少しだけ涙目になりそうだった。

 ……むしろ心の中では泣いていた。


 緊張する要因は、なにもリレーに出るというだけではない。

 つい先ほど知った話だが、俺と同じ走順の相手……赤組の最後から二番目に走る相手が問題なのだ。


 その相手は走る準備をするために、ストレッチをしている。

 ……凪沙だった。


「流石に妹には負けられないからな」


「まあ、負けたら恥ずかしいですしね」


「わかってるじゃないか」


 自分が姉ならまだしも、俺は兄なのだ。

 そもそもあるのかはわからない兄の威厳を守るためにも、俺は何とかしてリードを広げるか、差を縮めないといけないと考えていた。




 そして、リレーも終盤に差し掛かる。

 俺の手前の走者が走り始め、俺と凪沙はコースに出て準備をする。


「先輩、頑張ってください」


「おう」


 現状、白組がややリードをしている状況だ。

 俺の前の走者は、六組女子の綾瀬。

 綾瀬は陸上部に所属しており、持ち前の脚力を活かし、さらにリードを広げていった。


 この時点でリードできているというのは大きい。

 赤組と白組、残る走者は二人ずつだ。

 双葉が赤組のアンカーに追いつかれないように、俺がリードを広げれば白組が勝てるのだ。


 俺はバトンを受け取ってスタートする。


 ……しかし、その時だった。


「うおっ!」


 すでに綾瀬はスピードに乗っている。対して俺は、一からスピードに乗らなければならない。

 バトンをうまく受け取れたものの、その差によって綾瀬が勢いよくぶつかってきた。


「きゃっ!」


 俺たちは一緒に倒れこむ。俺が綾瀬の下敷きになる形でだ。


「ご、ごめん!」


「大丈夫」


 幸い、お互いに怪我はしていない。

 上に乗っていた彼女は謝りながら慌てて上から退いた。

 俺が起き上がって走り始めると、少し後にスタートするはずだった凪沙が、すでに俺の一歩前にいる。


「マジかよ……」


 俺が走り始めるが、序盤は少しだけ差を空けられる。

 スタートし始めた俺と、スタートしてスピードに乗り始めた凪沙では、凪沙の方が速いに決まっているのだ。


 しかし、次第に差は縮まって、横に並ぶ。


「颯太くん、頑張れっ!」


 遠いはずの応援席から花音の声がはっきりと聞き取れた。

 大勢の声が混ざり合う雑踏の中、それでも花音の声だけははっきりと認識することができたのだ。


 そんな声が聞こえて、やる気が出ないわけがない。


「おにい、速っ!」


 たった一言。

 凪沙はとっさに声を漏らした。


 返事をする余裕なんてもちろんない。

 走っているからというのもあるが、すれ違うのなんて一瞬なのだ。


 俺は凪沙を追い抜いた後、それからリードを広げる。

 しかし、最初にミスがなければ……なんてことも考えてしまう。


 それは今言っても仕方がない。

 ただ、少しでもリードを広げることを考えて、俺は双葉の元に向かった。


「……頼む」


「任せてください!」


 いつもと変わらない様子で、双葉は満面の笑みを浮かべて俺を待っていた。

 その表情には、先ほど一瞬見せた不安の影はもうなかった。


 五人分くらいだろうか。心もとない若干のリード。

 俺がリードされていてもなお、これだけの差をつけることができたのだ。

 裏を返せば、逆転される可能性なんて大いにあるということでもあった。


「双葉……、頼む」


 体育祭に何故こんなにも本気になっているのだろうか。

 そう思う人もいるかもしれない。


 ただ俺は、高校最後の夏を満喫したかった。

 後で後悔しないように、全力で楽しみたい。

 そして、友達と楽しかったり、悔しかったりした思い出を作りたい。

 ……そんな気持ちや思い出を共有したかった。


 双葉は最初は少し差を縮められたものの、そのリードを保つように粘っていた。


 しかしそれも長くは続かず、カーブするところで差を一気に縮められる。


 このまま抜かれてしまうのか。

 そんな考えが頭をよぎったが、気が付けば俺は無我夢中で声援を送っていた。


「双葉! ラスト粘れ!」


 最後の一直線に差し掛かる。

 そして、その直線で双葉は再び粘り始めた。

 最後に力を溜めていたのか、限界を超えているのかはわからないが、追い抜かれないように双葉は必死に走っている。


 しかし、赤組のアンカーも追い抜こうとしているのだ。僅かに……ほんの僅かに差は縮まってはいる。

 ただ、それは見ていてはっきりとわかるものでもない。少ししてようやくわかるほどの距離だった。


 赤組と白組、両チームともに声援が飛び交っている。

 最後の最後、この種目で体育祭は終わりなのだ。

 全員の視線はアンカーの二人に注目していた。


 追いつかれるのか。

 耐えるのか。

 そんなギリギリの戦いに、俺たちは固唾(かたず)を飲んで見守る。


 二人はほぼ同時にゴールテープを切った。


 しかし、僅か体半個分、先にゴールをしたのは……、


『白組の勝ちです』


 双葉の方だった。


 無機質なアナウンスとともに勝利を告げられる。

 周りの生徒たちは盛り上がっている者や悔しがっている者もいれば、澄ましたように興味のない素振りをしている者もいる。


 ただ、最後の最後まで白熱したのが、今年の体育祭だった。

お互いに不安を抱えるもの。


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