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第90話 かのんちゃんもかりだしたい!

 双葉の出番が終わり、借り物としての役目を終えた俺は応援席へと戻った。


 ちょうどその時、花音が準備をしていた。

 二年生女子の後は三年生女子。花音が出場する順番が回ってくる。


「花音、頑張れ」


「うん」


 緊張しているのか、花音は顔を強張らせている。


 ――しかし、いくら何でも借り物競争で緊張するものなのだろうか?


 そんなことを考えていると、花音は震えた声で俺を呼んだ。


「そ、颯太くん。私も、颯太くんのこと、か、借りるからね!」


 双葉の真似だろうか。

 そんなこと言われても、お題次第だろう。


 ただ、俺は花音の言葉に冗談めかして答えた。


「アップでもして待っとくわ」


 俺がそう言うと、花音は頷いた。


 どうやら、緊張していたのはそれが言いたかったからのようだ。

 花音の表情から、緊張の様子は見て取れなくなっていた。




 そして、三年生女子がスタートする。


 花音は速くもなく遅くもない、四番目でお題まで到達した。


「頑張れかのんちゃーん!」


 若葉はまるで試合の時のように本気の声援を送っている。

 本気で競技に挑む生徒は一定数いるが、借り物競争は基本的に緩い雰囲気だ。

 この若葉だけは本気の声援のため、周りの生徒は若干引き気味になっており、俺と虎徹は苦笑いをしていた。


 花音はお題を見ると、すぐに走り出す。

 一直線で俺たちの方に向かってきた。


「颯太くん、お願い!」


「お、おう」


 ――マジか。


 ああは言ったものの、本当に俺が借り物として選ばれるとは思わなかった。

 そして何より、先ほども双葉に借りられたことによって、周りの生徒たちから注目を浴びていた。


 二連続で借り物として駆り出されたのだから。


「ええと……、お題は?」


 双葉の時とは違い、今回はゆっくりペースだ。

 運動が大好きな双葉の時は俺も余裕がなかったが、走るのが苦手という花音と並んで歩くとまだ余裕はあった。


 しかし、花音はいっぱいいっぱいだ。


「あ、あとにして……」


 俺がゆっくりだと思っていても、花音にとっては全力なのだろう。

 すでに息も絶え絶えとなっている。


 周りの生徒たちも、ほとんどが人を連れて走っている。

 双葉の時もそうだったが、どうやらこの借り物競争のお題は人となっているのがほとんどらしい。


 それもそのはず、文房具などは教室にあり、持ち物として持ってきているのは水筒くらいだ。

 借りられるのは、人くらいだろう。


 唯一人を連れていない生徒は、ペットボトルを片手に走っている。

 真っ先に俺の方に向かってきた花音は途中まで一位を走っていたが、ペットボトルを持っているその生徒に抜かれ、二位でのゴールとなった。


「か、花音。お疲れ」


「う、うん。……運動、不足、キツイ」


 片言になりながら、花音は言葉を吐き出した。


 膝に手を着きながら肩で息をしている花音は色っぽい。

 周りの生徒たちはそんな花音に注目している。


 花音の無防備の胸元からは、純白なものがチラチラと見えていた。

 多分、俺の位置からしか見えないだろう。

 しかし、俺は周りから隠すようにして、花音の目の前に移動し、見ないように視線を逸らした。


 そして逸らした視線の先では、係員が一位になった生徒がお題の確認をしていた。

 先ほどと同じく、係員の秋名はマイクを片手に声をかける。


「お題はなんでしたか?」


 そう尋ねられて、一位の生徒は自信ありげに答えた。


()()です!」


 そう言ってペットボトルを掲げる彼女。

 もうすぐ夏……もう夏かもしれないというのに、周りの空気が一気に凍った気がした。


「ええと……、ペットボトルですよね?」


「え? あ……」


 そう言われて、ようやく気が付いたようだ。


 確かにペットボトルを水筒として扱っている人はいるが、彼女が手にしているのはご丁寧にコンビニのテープが貼られているものだ。

 もしそれが再利用されたものならお題として曖昧なところがあるとはいえ、彼女が手にしているものは水筒と呼ぶには不十分だった。


 ――正直、少しかわいそうな気はするが。


 ただ、すぐに近くの人に声をかけてもう一度ゴールをしたため、着順としては花音の後ろになっただけ、まだ良かったのかもしれない。


「ええと、気を取り直して。……お題をクリアすれば、繰り上げで本宮さんが一位になります。お題の確認をさせてください」


 秋名がそう言うと、花音は答えた。


「お題は……『友達』です」


 同じ学年で同じクラスだ。

 迷うことなく、「クリアです!」と判定される。

 運を味方につけ、花音は一位をつかみ取った。


「青木くん、モテるね」


「借り物としてだけどね」


 秋名にそういじられつつ、着順を確定させるために花音は他の生徒がゴールをするのを待つ。

 俺も端に逸れて、そんな花音を待っていた。




「おー、お疲れ」


「二人ともお疲れー!」


 俺と花音が応援席に戻ると、虎徹と若葉が労ってくれる。

 虎徹の方は語尾に『w』がついているような言い方のため、からかい半分だろう。

 ただ、俺は連続で走ったことと、周りの視線によって疲労困憊(ひろうこんぱい)だ。言い返す気力もない。


「颯太はこの後もまた走れるね!」


 この後……もうすぐ組別対抗リレーが控えている。

 勝ちたい気持ちはある反面、疲れて休みたい気持ちもある。


 しかし……、


「頑張ってね」


「頑張れよ」


 こうも応援されてしまえば、気を引き締める他ないのだ。


 ここまで体力不足というのは、自分でもショックは受けている。

 去年までは、『たまに運動すればいいだろう』なんて軽い気持ちで考えていたが、ついには双葉や凪沙に付き合わされない限りは進んで運動することはほとんどなかった。


 最近は特に、バイトや遊びに加えて、勉強をする時間も増えている。

 受験というのもあるが、花音たちに触発されたこともあって、やらないといけないと痛感しているのだ。

 周りから見れば大した成績ではないとはいえ、俺は俺なりにやっていた。


 結局は運動を今までしなかったため、今困っているのだ。

 絶対にしなければいけないわけではないとはいえ、今になって後悔する。

 しかし、いまさら言っても仕方がない。


 とにかく今は少しでも体力を回復するために、応援席から離れる。


 そして一口、俺は水分を補給し、頭の中を空っぽにしていた。

なんとなく、友達が別の友達と仲良くしてると妬けちゃいます。


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