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根室重光が岡田信星老師に会うこと・其の四

馬鹿騒ぎがまだ2回は残っているんです。

 『! !』

 真っ先にヒトトビが駆け寄った。

 「お爺さん、しっかり!」

 思ったとおり以前病院へ送ってあげた老人だった。

 幽香がデートと称して埜口に会いに行ったのを尾行した日、行倒れになっていた枯れ木のような爺さんである。

 「しっかりしてください。俺がわかりますか?」

 「んんっ……?」

 助け起こすと、老人は正気づいて頭を軽く振った。

 「うん? 半六か?」

 眼窩の奥の瞳がじっと俺を見据えて言った。

 「半六?」

 ちゃんと発言できる。以前ほど干からびた印象もなく、汁気が漲っているのは頼もしいが、よりによって俺を埜口と間違えるとは。

 ボケているのかな……年齢的に無理もないか。


 「いえ、俺は根室です。埜口くんの友人とでも言いましょうか。お爺さん、埜口の御親族かお知り合いですか?」

 「いい所へ来た半六、ちと背を貸せい」

 「違います。半六じゃなくて」

 「今日は行倒れになるまいと油断したらこの様じゃて」

 「根室重光です」

 「いつものことじゃ、礼は言わん。わしを連れ帰ってくれるか」

 「お家はどっちですか」

 誤解を解くより家に帰すが先決と住所を尋ねたところ、びっくりした顔をされた。

 「おまえ、わしの住所を忘れたのか? 星願寺じゃろうが!」




 古びてはいるが威厳あふれる山門の前へ到着した。

 「ここがわしの住居だ」

 「もしかして、おじいさんって」

 「お師匠さまと呼べ」

 「もしかして、お師匠さまは」

 「星願寺住職、岡田信星おかだしんせいに決まっておろう」

 「住職⁉ 先代の住職さまが引退されてからは星願寺は住職不在では?」

 「半六、おまえ頭でも打ったのか? 今日は頓珍漢なことばかり言いおる。後任が決まらないので先々代のわしが老骨に鞭打って再任したんじゃろ」

 「ね……熱がちょっとありまして」

 「神電池集めに無理をするのも程々にしておけ」

 もういい。ここは半六になりきってやれ。

 微熱があるというのは、あながちウソではない。正道しょうどうを外れまくった女どもとコントみたいな死闘を繰り広げていれば誰だって体調がおかしくなる。

 「では社務所……じゃなくて僧房へお運びしますか」

 「本堂へ運んでくれ。裏庭に布団が干してある」

 「わかりました」

 俺は言われるまま老僧を担いで本堂へ上がった。


 「外から丸見えじゃが、ご本尊の側が一番体が休まる」

 仏像の前で寝る老人は言う。

 幸いにもお住持さまは、慣れた屋内で行動するぶんにはさほどの支障はなかった。厠で用を済ませ、寝巻の浴衣に着替えて戻ってくると、俺とヒトトビが敷いた布団の上に身を横たえてくれた。

 念のため病院にも電話を入れておくと、やはり住職は初対面の人間を身近な人間と混同することが時々あるという。体調が落ち着いているなら一応は安心していいとの返事であった。

 枕元に正座して俺は忠言した。

 「お師匠さま、やっぱり一人で外出は危険ですよ」

 「薬師さまの神電池があればな。おまえにも苦労をかけんで済む」

 そうだ――俺はまだ埜口との約束を果たしていない。

 あいつが〝お師匠さま〟を助けるために錬成した薬師如来の神電池を使ってまで、俺を救ってくれた礼に代わりの神電池を必ず手に入れる約束を。

 ところで、神電池を知っているということは、この人はまさか。


 『~ン……』

 ヒトトビが犬のような仕草で住職を気遣う。

 「おまえ兎の神電使などいつの間に作った?」

 「夜歩くというチームに勝ったとき貰い受けたんです。根室は三光大明神の中でも月読を崇敬しているので玉兎がうってつけだと思いまして」

 「よくできておるな。使役する者の信心が滲み出ておる」

 恐縮そうにお辞儀するヒトトビの頭を住職が優しく撫でる。

 「そういえば、おまえさっき自分は根室重光だと言うておったが、その重光とは最近どうしとるんじゃ?」

 「俺……根室とですか?」

 病身の人に心配はかけたくない。ケンカ中とは言いづらいな。


 「おまえの話から聞くだけでも実に良い若者だとわかる。義理の妹ともどもな。最良の友こそが最良の宝じゃ。大切にせい」

 「はい、重光の奴は俺……僕の友達にするには役不足だけど、態度を改めたら永久に友達でいてやってもいいと思っています」

 「わしの前では褒めてぎっておったくせに強がるな」

 「褒めてましたか?」

 「なにしろわしの命の恩人だからな。とっつきにくいだけで通りすがりの他人のために我が身を投げ出せる義侠あふれる男だと」

 「破れかぶれで突っ込んでいっただけですよ」

 本当にそれだけだ。あのときの老人が星願寺の住職だったなどと知る由もなく、ただ無我夢中で、幽香たちを逃がそうと虎頭の怪物に立ち向かっていったのだ。

 「彼は義の戦士だ、愛の使者とまで言うのを、わしは感心しながら聞いていたのだぞ」

 照れ臭いな。陰口を言うタイプではないと思っていたが、知らぬ場所ところで褒められていたなどと聞くと頬が熱くなってくる。


 「ほれ、何というたか、トリトリトライアングルとかいう退魔師チームを結成する予定なんじゃろう」

 「トリトリ……⁉」

 「思い出した。トリプル・トゥインクルじゃ」

 「トリプル・トゥインクルとは?」

 「おまえのほうがボケてどうする。三光宮の祭神と星願寺の本尊を守護神にして、天照と日天がおまえ、月読と月天が重光、素戔嗚と明星天が幽香というプランを立てておったろう」

 「三光天子と三貴子を対応させているわけですね」

 「神電池は神仏の組み合わせが肝心じゃからな」

 俺たち三人で月日星、三つの輝き、三輝子トリプル・トゥインクルか。

 いいチーム名だ。埜口の奴、そんなことまで考えてくれていたなんて。


 「そうじゃ。記憶が戻ったから完成させておこう」

 「何をですか?」

 「宗教パネルに刻む数式だ。おまえではまだ手に余るじゃろう」

 身を起こそうとするのを、あわてて制止する。

 「さっき倒れたばかりじゃないですか」

 「また忘れたら次に思い出すのがいつになるかわからん。書院から電子計算機を持ってきてくれ。木製じゃからすぐわかる」

 住職の目つきに後には退けぬ気迫を感じた。

 「はい」

 今わかった。この人が埜口の師匠だ。

 俺たちを利用してまで助けたかったのは、この人だったのだ。


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