Kapitel.5
大学生になってしばらくして、僕らは四人で会う機会ができた。
女子は買い物がしたいというので、その間僕らは正面の喫茶店で時間を潰す。
「お前、全部知ってたんだってな」
ちなみに雅樹は小学校の先生や保育士になりたいとかで教育学部に進学した。確かに彼に向いていると思う。
「んー?全部ってなにが?」
「全部だよ全部!」
僕が睨むと、雅樹は笑いだした。
「あー、ばれた?いや、終わり良ければ全て良し、だろ?」
僕がこの事実を知ったのは、大学に入って少し経ってからだった。
「あ、そういえば諏佐くんに感謝しなくっちゃ」
ふと彼女がそんなことを言ったのがきっかけだった。
「雅樹に?何を?」
「あれ、言ってなかったっけ?わたしに最初に図書室に行くようアドバイスしてくれたのって諏佐くんなんだよ。それから何度かアドバイスや元気もらったりしたの」
少し黒い感情がよぎったが、そのまま続けた彼女の言葉ですぐに消えた。
「中江くん、最初素っ気なかったし」
「・・・・・・・・・・・・」やっぱりそうだったのか。
「でも、諏佐くんが大丈夫だからって励ましてくれて」
ん?と思った。
「時々相談に乗ってもらったり・・・。中江くんのことも教えてもらったりしたの」
「・・・・・・それ、僕もだ」
「え?」
「確かに不思議だったんだよな。お前、妙に自信あったしさ。でも今考えれば当たり前だな」
「まあなー。でも、上手く仕掛けてただろ?」
「まあ、感謝はするけど」
「じゃあ今日はお前の奢り・・・」
「それとこれとは話が別だ」
「けちー!」
雅樹は口を尖らす。こういう子供っぽいとこはかわってない。
ふと、唐突に、雅樹は呟くように言った。
「紫のチューリップねえ・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「お前にしてはよく考えたな」
「・・・・・・・・・・・・」
「でもよくそんなん売ってたな。俺見たことねえけど」
「・・・・・・何で知ってるんだよ」
僕は溜息混じりに聞く。雅樹はいつものように笑った。
「聞いたからな」
「・・・・・・会ったのか?」
自分でも驚くほど低い声が出た。当然雅樹も驚いたように僕を見るが、すぐにいつもの笑顔に戻った。あの全てを見透かしたような笑顔に。
「会ってねえよ。のぞみから聞いた」
「あ・・・」
なるほど。付き合ってはいないはずだが、結構親しい仲だったっけ。
「知ってるか?矢崎、あれ以来紫のチューリップが花の中で一番好きなんだってよ」
初耳だった。雅樹の言葉が、僕の中に染み込む。けど、
「・・・本人から聞きたかったな」
「・・・・・・」
珍しく雅樹が黙り込んだ。少しは同意してくれたのかもしれない。
「でも、知れてよかった」
きっと彼女はそういうことは僕には言わないだろう。積極的である反面、そういうところは乙女だということが最近わかった。
「・・・見てるこっちが照れくさくなるくらいだなお前ら」
「そうか?」
首を傾げつつ僕が言ったとき、二人が店から出てくるのが見えた。
「お?早かったな」
「何も持ってないから、いいもんなかったんじゃねえの?」
どうやら女子二人も男子の視線に気付いたようで、僕は彼女を目が合う。彼女は控えめに手を振ってくれた。
隣から雅樹の視線を感じるが、僕は完全に無視して彼女に笑いかけた。
なんてことない、ごく普通のありふれた日々だった。
二人はこちらに渡るため、車が通り過ぎるのを待っていた。そんな二人の横を、小さい子供が走っていく。
響く悲鳴。反応したのは彼女だった。
周りの視線を一瞬で奪った。僕は思考回路さえ停止させられた。
一瞬の間を置いて再び鳴り響く悲鳴。僕にはもう何も聞こえなかった。
目の前のその惨事以外に何も見えなかった。
「うそだろ・・・?」誰かが呟いた。
「あ、いらっしゃいませ」
店員の若い女性は笑顔で迎えてくれる。
「紫のチューリップですか?」
「あ、はい」
「来ると思って、とってもきれいなのを取っておきました」
話しかけられたのは初めてだった。毎年来るとはいえこの店員とは毎回顔を合わせるわけではないのだが、いい加減顔も覚えられたのだろうか。
「お客さん、毎年これを買いに来ますよね?彼女さんの誕生日とか?」
「ええ」
顔が引き攣った気がしたが、気付かれなかったようだった。
「羨ましいですよー。彼女さん喜ぶでしょう?」
「だといいんですけどね。・・・なにしろもういないので」
僕の言葉を察したらしく、スムーズに動いていた店員の手が止まった。
「あ・・・え・・・っと・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」
「いえ。今年で十二年目ですかね。あっという間です」
「十二年?」少し驚いたようだった。「ご病気ですか・・・?」
「事故です。車に跳ねられて、即死でした」
今でも鮮明に覚えている。子供をかばった彼女を。倒れた彼女を。血に染まった彼女を。
「誰も悪くないんですけどね。運が、悪かっただけで」
運転手も、周りの証言からさほど大きな罪でなかったはず。今ではもう世間から忘れ去られた事故だ。
「それは・・・、本当にごめんなさい」
店員はそんな経験したことないらしく、どうすればよいかわからないという佇まいで顔を伏せていた。
「気にしないでください」
こうして笑えるまでになってしまった。それだけの時間が経った。
あれから毎年本物の紫のチューリップを一本ずつ買っていた。むろん年内で枯れてしまうのだが、十二年間、欠かすことなかった。
彼女への愛の形。変わることのない彼女への愛。
執着しすぎなのだろうか。
雅樹に一度言われた。新しい出会いを見つけるのもありじゃないかと。それでも僕はきっぱりと否定した。それ以来雅樹は何も言わない。僕が家に引き籠っているわけでもないので、遠慮しているのだと思う。
実は一度だけ、雅樹に言われる前に忘れてみようとしたことがあった。
大学で知り合った年上の先輩に告白されたので付き合ってみたのだ。けれどだめだった。
僕の中で彼女はとても大きくて、それを超える存在なんて現れるはずがないのだと悟った。
そしてそれ以来僕と女性との噂が流れることなく、彼女の三十回目の誕生日を迎えた。
「・・・里菜、愛してるよ・・・・・・」
一人呟く。彼女へ届くことを祈って言う。
彼女が笑った気がした。




