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××系魔法少女はお好き?  作者: しきみ彰/四十二 十五/九十九照助
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××系魔法少女と着ぐるみのお仕事

 血の海が広がっていた。

 周りにはもう何もいない。

 倒すべき魔獣も、守りたかった仲間も、だ。

 もう涙も涸れ、泣き叫ぶ気力さえない。

 ただその場に立ち尽くす『彼女』の耳に、微かな物音が聞こえる。

 振り向いた先にいたのは——




 そこで、『彼女』は夢から醒めた。

 嫌な夢を見たな、と顔をしかめながらも体を起こす。

 ゆっくりと伸びをしていると、呼び出しを知らせる着信音が聞こえた。

 慌てて枕元の水晶球を確認した少女は顔を強張らせる。

 呼び出し相手は羽場屋はばやさえ。彼女の師であり、上司でもある魔女。

 勢いよく跳び起きた少女は、同じく枕元に置いてあった携帯食糧を口に放り込み、早足で台所に移動。保管庫に貯蔵していた牛乳で口内のそれを胃に流し込んだ。

 そしてぱちんと指を鳴らす。

 どこからともなく湧いて出た煙が少女の姿を覆い隠した。

 その煙が晴れ、立っていたのは。


「さーて、今日もがんばるぞっと☆」


 赤い、笑う猫の着ぐるみ。

 自称『魔法少女たちのメッセンジャー』、ぐるみんだった。


***


 足早にぐるみんが向かったのは、魔王城地下にある冴の研究所、通称『地下霊廟カタコンベ』である。

 このような陰気くさい名前で呼ばれる理由はただ一つ。

 そこが研究だけでなく、冴による魔法使いたちの『処分』にも使われるからに他ならない。

 そのために一般の魔法使いや魔女たちは、ここに呼ばれる事をひどく恐れているのだ。

 まぁ、ぐるみんには関係がない。


「ただいま参りました!」

「おう、わざわざすまないな」


 元気な挨拶とともに入室したぐるみんを出迎えたのは一人の女性。

 派手な横縞のシャツにオーバーオール、口元を覆ったマフラー。

 金と黒が入り交じった短髪。頭から飛び出る丸い虎の耳。

 とかく人目を引く出で立ちの彼女こそ、冴の配下の一人であり、ぐるみんの先輩でもある凄腕の魔女、久郷くごう栄歌えいかだった。


「悪いな、こんな朝早くから呼び出しちまって」

「いえいえ。ぐるみんの方こそ遅くなってすいません! それで用件って」


 そう言いかけたぐるみんを止めたのは、澄み切った破砕音。

 まるでガラスか何かを地面に叩き付けたかのようなその音に、栄歌はわずかに顔をしかめたようだった。


「……いや、ちょうどいい時に来てくれたよ。冴の『仕事』が終わったとこだ」

「あれ? この前の視察で目をつけられた人たちの処分、全員分済んでたんじゃないんですか?」

「そうなんだが……あれは別の分だ。ま、ついてきてくれ」


 そう言って歩き出す栄歌の後にぐるみんも続く。

 いくつかの扉をくぐり抜け、一際大きな実験室へ。

 そこにいたのは厚手のコートを着込んだ冴と、垂れた兎の耳を生やす白衣を着た小柄な女性。

 白衣の女性はぐるみんたちに気づくと、軽く片腕を上げて挨拶してくる。


「やっほ、ぐるみん。元気?」

「おはようございます千寿せんじゅセンパイ。ぐるみんはいつも元気です!」

「それはなにより。……ほら、冴ちゃん。後片付けは私がやっておくから」


 そう冴に声をかけた白衣の女は、どこからともなく取り出した箒で床に散らばっていた氷の破片を掃いていく。

 それが冴の魔法凍り付けにされ、砕かれた者の成れの果てであることは、ぐるみんにも察しがついていた。


「ありがとう、神野かんの千寿。……さて、ぐるみん。早速ではあるけれど頼みたいことがある」


 助手である魔女、千寿に声をかけてから冴はぐるみんへと向き直る。

 それだけで背筋の伸びる思いがするぐるみんだった。


「了解です。……こういう形で頼まれるということは」

「ええ。頼みたいのは魔法少女の処分。風堂ふうどう李夢いむは知っている?」

「李夢ちゃんですか? もちろんですよ。中等部三年で、中等部の公式ランキング一位のあの子ですよね」

「そう。その彼女が不正な手段でランキング順位を上げている事が判明した」


 思わずぐるみんは傍らに立っていた栄歌を見やる。

 というのも、人間界における魔法少女たちの管理は彼女が取り扱っている事柄の一つだからだ。

 ぐるみんの視線を受けた彼女は、重々しく頷く。


「驚くのも無理はないが、まず間違いないだろうな。……なんでこんな強引な手段でランクインしようとしたのかまでは知らねぇけど」


 そんな言葉とともに手渡された書類をぐるみんは受け取った。

 ぱらぱらと目を通していると、冴から声がかかる。


「そのような手段を続けられると、他の魔法少女たちにも被害が広がる恐れがある。至急人間界へと向かい、適切な処分を行うこと」

「わかりました」


 頷いたぐるみんは、ふと掃き掃除を続けている千寿へと目を向ける。

 書類から見るに、先ほど処分を受けたのは李夢のチームを担当していた魔女なのだろう。それくらいの検討はつく。

 上役の末路がああなのだ。当人に行うべき『適切な処理』も自ずと決まってくる。

 冴に一礼してから、ぐるみんは歩き出した。

 魔界と人間界を繋ぐ転送魔法陣ゲートへと。


***


 基本的に魔王城の転送魔法陣は人間界の本部へと繋げられている。

 なので人間界に用事がある者は本部を通り、そこから各々用のある場所へと移動しなければならないわけだ。

 本部に転送されたぐるみんは、本部の面々への挨拶もそこそこに魔法学校へと向かう。

 まず訪れたのは校長室だった。


「…………うぅ〜、む」


 栄歌が作成した報告書を見て唸っているのは、現在校長を任されている水瀬みなせ蓮華れんげである。おっとりとした雰囲気と素晴らしいスタイルの持ち主だ。

 冴の信奉者であり、冴からも信頼されている強力な魔女である。

 しばしの間、報告書とにらめっこをしていた彼女は、やがてため息をついてぐるみんへと顔を向けた。


「どうにもー……疑いようのない事実みたいですねー……」

「残念ながら」

「嘆かわしいー……わかりましたー。風堂李夢の処分を許可しますー」

「ありがとうございます」


 ぐるみんは深々と頭を下げる。

 いつも眠たげな様子からは想像しにくいものの、蓮華は真面目な教師だった。

 魔法少女の処分を行う際にはまず彼女に話を通す必要がある。

 理由も説明されずに魔法少女を消費されることを、彼女は何よりも嫌っていた。

 どこか気落ちした様子の彼女に再び一礼し、ぐるみんは校長室を後にする。

 次はターゲットの探索だ。




 ふらふらと彷徨っていたぐるみんは、ふと耳慣れた声を捉えて足を止める。

 声がしたのは保健室。

 冴が送り込んだ魔女、伊社いやし真紀まきが担当する場所である。

 こっそりとぐるみんは聞き耳を立てた。


「……だから、な。校内での、魔法の、無駄撃ちは、やめろと、言っている」


 短く区切るように言い聞かせているのは保険医である真紀だろう。

 全身に包帯を巻いた異様な風体の彼女だが、治療の腕は確かなのだ。

 そんな彼女に応じるように、涼しげな声が聞こえる。


「そうは言いますが伊社せんせー。目に付く場所で群れている彼女たちの方に非があると思います」


 それを聞いたぐるみんは苦笑した。

 言い分が無茶苦茶だからではない。

 注意を受けている生徒が一発で分かったからである。

 間違いなく中等部一年生の瀬野せのあやだろう。

 魔法少女になるのは遅かったものの、人一倍努力を重ねることでランキング上位に名を連ねる魔法少女だ。

 その熱心さは冴にも一目置かれるほどである。

 そういえば彼女は群れが嫌いなんだったな、とぐるみんは思い出していた。


「まずは、口頭で、注意を、しろ」

「私が言っても聞きもしないでしょう。上級生でしたし」


 察するに。

 校内で固まっていたグループに苛立った彩が魔法を炸裂させた、というところか。

 ししょーも大変だな、とぐるみんは少しだけ真紀に同情した。

 とはいえ、だ。順当にいけば彼女も自分の後輩になるのである。

 冴が彼女を弟子にとろうと考えている事をぐるみんは知っていた。

 うまくやっていければいいなと思いつつ、その場を離れる。

 彼女が正当な評価を受けるためにも、任務はこなさなければならない。


***


 校内をあらかた探し終え、体育館へと向かったぐるみんはようやっと風堂李夢ターゲットを発見する。

 人気ひとけのない体育館の裏側で、彼女は誰かと電話しているようだった。

 その傍らには二つの人影がある。どうやらよほど通話先の相手を知られたくないらしい。

 気配を隠したぐるみんは、静かに聴力強化の魔法を発動させる。

 李夢がそこまで用心を重ねて連絡を取っている相手が誰なのか、単純に興味があったからだ。


「——作戦は順調。このまま一位を独占すれば、、近いうちに魔王城へ潜入できるはず」

『だろうな。だが、そのやり方はやめろと忠告したはずだ』


 ぐるみんは息を呑む。

 微かに聞こえた通話先の相手の声には聞き覚えがあった。

 忘れたくても忘れられない、憎いあの女の声——


「じゃあどうしろと? 私にはこれしかできない。手段なんて選んでいられない!」

『そうかい。……残念だ、あんたともこれでお別れか』

「なにを……?」


 李夢が訝しむような声を上げたその時だ。

 ぐるみんの元に一筋の矢が飛来する。

 慌てず騒がずそれを叩き落としたぐるみんの耳に、厳しい誰何の声が響いた。


「何者だ! 出てこいっ!」


 ぐるみんは内心で舌打ちをする。

 どうやら自分とした事が、通話先の相手の声を聞いて一瞬だけ平静を失ってしまったらしい。

 それを彼女の取り巻きが察知した、というところだろう。

 まったくもって忌々しい。

 仕方ない、と思考を切り替える。


「……いきなり攻撃なんてひどいなぁ。ぐるみん、泣いちゃうよ?」


 そんな言葉とともに、ぐるみんは彼女たちの前に姿を現した。

 李夢が顔を強張らせる。

 黙って手に持った携帯を地面に落とすと、彼女はそれを迷う事無く踏み砕いた。


「ありゃ、もったいない。でもそういう事をするのは、ぐるみんが何のために来たのかわかってるってことだよね?」


 わざとおどけた物言いで尋ねる。

 返事の代わりに、李夢とその取り巻き二名は戦闘衣装コスチュームへと変身した。

 李夢は純白のドレスに。取り巻きたちはそれぞれ騎士と弓使いを彷彿とさせる姿へと。

 変身するという事は、戦う意思があるという事。

 魔王の側近でもある自分に、刃向かうつもりであるという事。

 質問の手間が省けたな、とぐるみんは思う。


「確認のために聞いておくけど……あれは故意だったわけだね? 恒常回復魔法を利用した、使い魔としての魔法少女ゾンビ化。そこの二人もそうなのかな?」

「……彼女たちは友人よ。こうなったのも、偶然」

「あ、そ。その後のは偶然じゃないわけか」


 ぎり、と李夢が歯ぎしりをする。

 彼女が行ったのは、『使い魔の功績は主のものとなる」というルールの悪用。

 めぼしい戦果をあげていた魔法少女たちをわざと瀕死の状態に陥れ、自らの魔法でゾンビへと変貌させていたのである。

 何か理由があるのかはわからない。しかし目に余る行為だった。


「さて、風堂李夢。魔法を悪用したツケは払ってもらうよ」

「やれるものならやってみなさい! 『来れ、従順なる死者どもよ』!」


 李夢の叫びに呼応するがごとく、ぐるみんの頭上にいくつもの魔法陣が展開される。

 そこから現れたのは蒼白な顔をした魔法少女たち。

 濁った目をした彼女たちは、手に持った武器を、あるいは呼び出される前に準備していたのであろう魔法を迷う事無くぐるみんへと向ける。

 もうすでに判断力すらないのだろう。

 好都合だった。

 ぐるみんはその場を動く事なく右腕を一閃する。

 着ぐるみに内蔵されていたワイヤーを放出させて、だ。

 それは容易くゾンビたちを叩き切った。

 悲鳴すら上げる事なく、彼女たちは分解され地に落ちる。

 李夢が大きく目を剥いていた。

 そんな彼女に構う事なく、ぐるみんは弓使いへと視線を向ける。

 ちょうどこちらに自動弓ボウガンを向けていた彼女に向け、左腕を振るう。

 左手に仕込まれていた針が勢いよく飛び出し、弓使いの顔に大きな穴を開けた。


「——由美っ!?」


 騎士が驚きの声を上げる。由美というのは、今倒れた魔法少女の名前だろうか。

 怒りのこもった視線をぐるみんへと向けたその騎士は、その手に巨大な突撃槍ランスを生成する。

 そして身体強化をしたのだろう、凄まじい速度で突進してきた。

 しかしぐるみんは動かない。

 そのまま彼女の攻撃を受け止める。


「なっ……!?」


 騎士が絶句する。

 それはそうだろう。彼女の槍は、着ぐるみの腹に突き刺さる事すらできなかったのだから。


「速度は申し分なし。けど、武器の練度が足りなかったね」


 特に感慨もなくそう言い放ったぐるみんは、少し李夢との距離を詰めることにした。

 呆然としている騎士の横を駆け抜け、李夢を射程範囲へと収める位置に移動する。

 もちろんのこと。騎士は横を通った瞬間に始末済みだ。

 ぼとぼとっ、というばらばらになった彼女が崩れ落ちる音を耳に捉えながら、ぐるみんはまた一歩李夢へと近づく。

 気圧されるように後ずさった彼女が、ぽつりと呟いた。


「今の、動き……まさか貴女、芥川あくたがわ羽衣はごろも——」


 それが、ぐるみんの聞いた李夢の最後の言葉となった。




 首の無くなった李夢の死体を眺め、ぐるみんは誰にともなく、うなされたように呟く。


「……ぐるみんはぐるみんだ。そんな名前は知らない。聞きたくもない……!」


 『彼女』は刎ね飛ばされた李夢の首を睨みつけた。

 

「二度とっ! 『私』をっ! その名で呼ぶなぁっ!」


 怒声とともに腕を振るう。

 李夢の首が跡形もなく弾け飛んだ。

 なおも荒い息をついていたぐるみんは、のろのろと李夢の死体へと屈み込む。

 そして、血を吐き続ける傷口に手のひらを向けた。

 傷口から、あるいは流れ落ちる血から。赤色の靄がぐるみんの手へと集っていく。

 傷つけた相手から魔力を奪う魔法。

 これが『彼女』本来の魔法だった。

 この量の魔力ならば、と、冷静さを取り戻しつつあった彼女は考える。

 また、スペアの着ぐるみを作ることができそうだ。

 『彼女』の着ぐるみが、こうして奪われた魔法少女たちの魔力から作られている事実を知る者は、一握りしかいない。




 こうして、ぐるみんの仕事はいつものように魔法少女たちに気づかれることなく終わりを迎える。

 不自然にいなくなってしまっても、疑問に思う魔法少女は少ない。

 常に魔獣と戦う彼女らにとって、学友が不意に消えてしまうことは想定範囲にあることだからだ。

 例えそれが、ランキングに名を残すような魔法少女であっても、である。

 それはそうとして、噂で聞いた話では。

 順位の繰り上がった瀬野彩に挑む魔法少女が増え、保健室がにわかに忙しくなっているらしい。

 しかし、それはぐるみんの知ったことではないのだった。

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