違和感
酒場『ルネシード』の前に到着したのはお昼少し前のことだった。
予定ではもう1時間程早く到着するはずだったんだけど
脅されたり拉致られたり絞められたりとイベント目白押しで遅くなっちゃったんだ。
もちろん皮肉だよ。うん。……強制イベントマジ勘弁です。
で、今僕は何とも言えない気持ちで雇用主となるネイさんのお話を聞いていた。
「それじゃ曲については以上3曲ですが覚えましたか?」
「はぁ」
釈然としない気持ちで肯定するとネイさんはニコリと笑った。
「大丈夫ですよ。歌詞カードは後からお渡ししますので
ここでは曲さえ覚えてもらえれば後から練習できますから」
「はぁ」
またしても気の抜けた返事になってしまった。
というかねネイさん。
貴方はそれでいいんですか?
思わず言い返しそうになる言葉をグッと飲み込む。
事の始まりは『3曲とも知らないので教えて欲しい』と僕がネイさんにお願いした事だった。
ギルドの職員さんが言っていた通り、快く2つ返事で受け入れていただけたのはいいんだけど……。
まずお手本としてネイさんが歌う。
あらお上手。まぁ僕ほどではないけどね。スイマセン調子に乗りました。
歌い始める前に聞いた『本番でも伴奏とかはないので、適当に歌い始めてくださいね』というネイさんの言葉に少しだけ緊張ながら僕は真剣にネイさんの歌に耳を傾けた。
アカペラって事は100%自分でリズムや音程を保つ必要があるからね。そりゃ真剣にもなるさ。
まぁリズムや音程を外した事などありませんから。外した記憶など1度たりともない僕の事ですから
大丈夫だとは思うけど『緊張しすぎてうまく歌えなかったら』という不安はあったよ。
……ごめん。ちょっとウザかったよね。
でも実際聞いてみると3曲ともとても簡単なメロディラインだったので内心ホッと胸をなで下ろしたんだよね。
んで、さぁ失敗しないように歌うぞ。って気合入れてたらさっきの言葉だよ。
『いかがですか曲は覚えられましたか?』って。
嘘吐いても仕方ないし、元気よく『はい』って答えたよ。
『歌詞はまだ覚えきれてないので曲だけですけど』って答えたよ。
そしたら『歌詞カードをご用意してますので後でお渡ししますね』ってネイさんが優しく言ってくれたんで嬉しくもなったさ。
んでだよ。
普通ここまで来たら『それじゃ試しに歌ってみましょうか』ってなるよね?
曲は覚えたって言ったし。歌詞は歌詞カードがあるらしいし。
何よりお金を払って雇うんだよ?『コイツ使いもんになるんか?』って疑ってまずはテストするよねぇ?
別に依頼で歌う3曲じゃなくてもいいと思うんだ。『君の実力を見たいから何か得意な曲を1曲頼むよ』とかでもさ。
なのに。
曲を覚えたと返事すると、ネイさんはもうこの話は終わりとばかりに話を打ち切っちゃったんだ。
リアルに『えっ?』って声が出ちゃったよ。
そりゃ誰だってこんな対応されちゃったら『えっ?歌わないの?』って疑問沸くよねぇ?
ギルドで受注する時に歌のテストとか受けてたんならまだ分かるんだけど、そんなの一切ないからね。
そりゃ【歌う】ギフトは持ってるけど、このギフト別に歌が上手くなるってギフトじゃないですよ?
あくまで歌がうまいのは生粋の僕の才能だからね。
僕がプロ顔負けの歌ウマ高校生だって知らないネイさんからしてみたらテストするのが当たり前だと思うんだ。
うん。ゴメン。少し調子に乗りすぎました。
だから思わず質問しちゃったんだ。
『あの、歌ってみなくていいんですか?』って。
そしたらネイさんニッコリ笑って。
『依頼したのは20時からですから、歌っていただくのは8時間程後ですね』って。
……話噛み合ってなくない?
最初は僕の聞き方が悪かったのかなぁと思って、聞き方を変えて2、3回同じ質問をしてみたけどやはり反応は同じようなものだった。
そりゃ釈然としない返事になるよ。
そりゃ気の抜けた返事になるよ。
逆にこっちが不安になるよ。そんなんで本当に大丈夫なんですかネイさん?
何かドッと疲れたよ……。
だけど流石にこれ以上繰り返す気が起きなくて曲の件に関してはスルーすることにした。
あんまりシツコク聞いて『何回同じこと聞いてくんだこのバイト野郎』とか思われても嫌だしね。好印象って大事だからね。すごく大事。
雇用主が歌わなくていいって言ってるんだからそれでいいんだ。
って自分に言い聞かせて、僕は人好きのする笑顔を作って次の質問をした。
「あのもう1つ質問があるんですが、いいですか?」
「はい。なんでしょう?」
ネイさんも人好きのする笑顔でそう答える。
流石は客商売。笑顔も板についてるな。まるで顔に張り付いたお面みたいに完璧な笑顔だ。
だけど同時にどこか嘘くさい笑顔だとも思った。
雰囲気は全く違うけど、常に笑顔を保ち続ける様子はどこかギルドの職員さんを彷彿とさせる。
思わずそんな事を考えてしまい
おかげですっかり間が空いてしまったので僕はあわてて質問した。
「えっとですね。僕がはいるシフトについてなんですけ
依頼には平日3日、20時から最低2時間って書いてあったんですが具体的にどういったシフトになりますでしょうか?」
「シフト?ああ、勤務日時ですね。
それは依頼に書いてある通りで構いませんよ」
あれー?
またしても話が噛み合ってないような……?
「あ、すいません。僕こういう依頼を受けるのが初めてなので少し詳しくお聞きしたいんですが
平日3日というのは平日だったら僕が好きに出勤日を決めていいって事なんでしょか?
また、20時から最低2時間というのは2時間働いたらいつ帰ってもいいってことなんでしょうか?」
教えてほしい事を改めて詳しく尋ねると、ネイさんは頷いた。
「そうですねぇ。今回は平日に3日間で依頼を出しましたので、平日ならいつでも大丈夫です。
例えば今日・明日・明後日でもいいですし、都合が悪いようなら週1の出勤で3週間に分けて来ていただいても結構です。
時間に関しては申し訳ないんですが、涼太さんの都合でお帰りいただくというわけにはいきません。
なにぶん客商売ですから、お客さんが貴方の歌を聞きたがっているうちは歌っていただくことになります」
「えっと、ということは
22時までは必ず歌う。後はお客さんの様子次第でいつまで歌うか決まるってことですか?」
「ええ、その通りです。
とはいえうちにも営業時間がありますんで最大で翌1時までということになりますね」
ってことは最大5時間歌いっぱなしってこと?ウヘェ。喉もつかなぁ……。
いやゴメン。実は余裕です。カラオケボックスでオールナイト涼太オンステージ開催させられた事が何回もあるんで余裕でした。
むしろモヤッとするのは『いつでもいいから3日間』って条件の方なんだよね……。
僕はバイトの経験なんてないから詳しくは分からないんだけど
こういうのってさお店側から『この日入れる?』とか『この日だけは出て欲しいんだけど』とか交渉してくるもんなんじゃないのかな。
だって何度も言うけどお金出してわざわざ雇うんだよ?
『君の好きな日に来ちゃっていいよー』なんて、言葉は悪いけど適当すぎない?
僕の他に歌唱依頼を受けた人がいるかは知らないけど、その人とバッティングするなんて心配ないのかな……。
いや仮に歌唱依頼を受けたのが僕一人だけだったとして、出勤日を僕の都合に任せるとしてもだよ
都合のいい日を確認してシフトだけは先に確定させるべきなんじゃないの?
うーん……何なんだろうな。
失礼な話なんだけどネイさんからはいい意味での人の欲みたいなものを感じないっていうか。受け答えにどこか違和感を感じる。
この場合の人の欲っていうのは
『もっとお金を稼ぎたい』という商売人としての欲や
『もっとお客さんに楽しんでもらいたい』っていうサービス意欲とかになるんだろうけど
ネイさんはその両方とも希薄な気がする。いや、希薄どころか皆無とさえ思えるんだけど……。
言動がまるで『人らしくない』というか『人間味がない』っていうか。
まぁ、世の中には色んな人がいるから未成年の僕ごときが口を挟むことじゃないんだけどさぁ……。
言葉にできなそんなモヤモヤを胸に抱えたまま僕は確認のためにネイさんに告げた。
「それじゃあ、早速今日から入りたいんですが大丈夫ですか?」
しかし予想通りというかネイさんの返答は至ってシンプルだった。
「ええ。構いませんよ。
それでは歌詞カードをお持ちしますので、少々お待ちくださいね」
そう言って席を立ち、店の奥へと消えていく。
なんだかなぁ……。
この世界での初めてのバイトの面接は、こんな感じで終わった。
NPCっぽい存在の住人って設定を伝えたいんだけど、うまく伝わってる自信がありません。
でもいいんだぁ。ここで補足したから。それでいいんだぁ。
次回ようやく酒場に涼太の美声が轟きます。
聞け。異世界の住民よ。これがウチの子のホンキやっ!(ドヤァァァ