拉致
宿屋を出ると、爽やかな日差しが降り注いでいた。
空を見上げると雲ひとつない吸い込まれそうな青空だ。
でも、その程度でいい気分になれるほど僕は子供でもお人好しでもないんだけどね。
知らない場所にマズイご飯。ウン。考えるだけでものすごく憂鬱だ。
夢なら覚めて欲しいよマッタク。さっき起きたばっかりで言う事じゃないんだろうけど。
僕は心の中でブツクサ文句を言いながら路地を進んだ。次の曲がり角を左に曲がれば大通りだ。
今の宿屋はギルドや酒場『ルネシード』から大分離れた位置に建ってて少々不便ではあるんだけど
歩いて1分で大通りで出れる立地は素晴らしいと思う。
そんな打算的な事を考えながら大通りへ出るとそこは昨日見た通りとは全く違っていた。
道の両側に並んだ店舗のほとんどが軒先に商品を陳列し威勢の良い声を上げている。
昨日とのあまりの違いに面食らっちゃったよ。まるで別の場所を歩いてるような気さえするもん。
だって昨日雄也さんにギルドに案内してもらった時は全部閉まってたのに今日はフルオープンだよ?
恐らく昨日は営業時間が終わってたのか、そうでなければ休日だったんだろうと思うんだけど
あまりの様変わりっぷりに思わずテンション上がってしまった。
昨日とは比べ物にならないくらい活気ある大通りを歩きながら僕は遠目に人の往来を眺めた。
『なんで10mもあるんだろう』と疑問だった道幅もこの光景を見るとなるほどと納得してしまう。
まず買い物をする人たちだけど、道幅が10mもあるとさすがに『右のお店も、左のお店も覗く』なんて商店街みたいなことはできないみたい。
だから買い物客の人たちは通りの左右に分かれて店先に陳列された商品を覗き込んでる。
そうすると、人は通りの左右に分散するわけだから道の真ん中はぽっかり空くわけなんだけど
空いた中央は馬車やら馬やらが結構なスピードで走ってるんだ。
ところ変わっても交通事情っていうのは変わらないもんだなぁ。
歩道・車道の区別こそないけど、この世界でも人と車の住み分けはできてるんだぁと思ったよ。
でもまぁ折角だし、観察ばっかりじゃなくて僕もウィンドウショッピングと洒落こもうかな。
通りの右端を歩きながら僕はお店の前に並べられた様々な商品を見やった。
それにしても、なんか食料品店が異様に多い気がするんだけど……気のせいかな?
もちろん本屋とか、カーテンに仕切られててパッと見よくわからない店とかもあるにはあるんだけど
さっきから目に飛び込んでくるのは食材店ばっかりなんだよね。
しかもここでは肉屋、八百屋、魚屋みたいな食材毎にお店があるわけじゃなくて
どの店舗も大量の肉。そこそこの魚。少量の野菜って感じのラインナップで商品に一貫性がない。
既に20店舗くらいの食材屋を見たけど、まだ結構な種類の初見の食材を見つけることが出来る辺り食材の種類はとても多いみたいだ。
皮肉なもんだよね……。
自嘲気味にそんなことを思う。
多数の食材は料理のレパートリーを豊かにしてくれるというのに、
どんなに多種多様な料理が作れても全部マズイだなんて……。
そんな極めて失礼な事を考えてると、オープンテラスを備えたカフェみたいなお店が目に入った。
初めてみるタイプの店舗だけに、思わず歩く速度を落とし眺めてしまう。
ジロジロ見るのは流石に不躾だから、あくまで覗き見る程度だからね?
中でもオープンテラスで軽食らしきものを取ってる人に興味を引かれて
テーブルの上を見ると紙のように薄くスライスされたパンが置かれていた。
彼女は向こう側が透けて見えそうに薄いパンを1枚1枚ゆっくりと食べている。
なるほど……。
流石にあそこまで薄くスライスすればそのまま食べれるのか。
思わず今朝水浸しにしたロールパンを思いだし少しだけテンションが下がる。
朝食に出てきてたパンもあれくらい薄かったら水をかけてネチャネチャにする必要なかったのにな。
そんな思いで彼女を見てたんだけど
僕はすぐに自分の考えが間違っていることに気がついた。
手軽に食べれるからといって、決して味が良いわけではないらしい。
その証拠にペラッペラのパンを食べる女性の顔に笑顔はない。淡々と口に運んでいるといった感じだ。
そうか。彼女が食べてるパンが僕の知ってるパンと同じものだとしたら
きっと口に入れた瞬間唾液を吸ってネチャっとした触感に変わっちゃうんだろうな。
僕の場合は先に水をぶっかけてネチャネチャにしちゃったけど
結局先にネチャっとするか、食べた時にネチャっとするかの違いだけでパンの形状はあまり味に関係ないのかもしんないな。
結局どこで何を食べてもマズイと……。
昨日雄也さんがゴムステーキを『美味しい部類』と評価したのもあながち間違いじゃなかったってことか。
そんなことを考えながらカフェを通過すると、カフェの隣はまたしても食材屋だった。
やはり数点ほど初見の食材が並んでいたからそれらを中心に陳列されている商品を眺める。
と、1つの食材が目にとまりついつい足を止めて見つめてしまった。
なにアレ。
食材を扱ってるお店に並んでるから食べれる物なんだよね……?
思わず吸い寄せられるようにお店へ近づくと僕はソレを手にとってまじまじと凝視した。
これ……麦?
ズッシリと重く、カサカサした手触りのソレを見つめたままボンヤリとそんなことを考える。
薄黄色の乾いた外皮に包まれそれは正しく脱穀前の麦の穂そのものだった。
でも、麦にしては大きさがあまりにも大きすぎる。
だって小ぶりなメロンくらいあるんだよ。この麦もどき。
そりゃこれまで見てきた食材店でも
四角いキュウリみたいな野菜 (ちょっとだけビックリした)や
ショッキングピンクの蛍光肉(絶対に食べたくないでゴザル!と思った)や
それどころか、正真正銘初めて見る形状の野菜らしきものなんてのまであったけど
流石にこのサイズの麦があるなんて思わなかったなぁ……。
見た目のインパクトだけでいうならコイツが一等賞だよ。
恐らく僕が知る麦の数百倍の体積があるであろう巨大麦の実をソッと元の場所へ戻すと僕は再び歩き始めた。
いや、正確には歩き始めた瞬間
――ガシッと後ろから右腕を掴まれてしまった訳なんだけどさ。
あまりに突然の事で何も反応できずにいると背後から声がかかる。
「随分と熱心に見てたね。何か面白いものでもあった?」
振り返ると、ニヤリと笑う女の子が1人立っていた。
誰だ?と思うと同時に答えが出る。全く知らない人だ。
ログイン直後に肩を掴まれた思い出が蘇り、嫌な予感がする。
根拠はないけど僕の第六感的なものがリンゴンと警鐘を鳴らすんだ。
ど、どげんかせんといかん……。
「えっと、見たことない商品が並んでるなーと思って見てただけですよ……?」
呼び止められた意味が分からず、しどろもどろになりながらそう答えると
女の子はさらに口角を上げて笑い白々しく言い放った。
「アナタが見てたのって麦球だよねぇ?
なのに『見たことない商品』ってのはないんじゃない?」
う、ちょっと返答を間違っちゃったっぽいぞ。
こちらを探るような女の子の返答に少しだけ背筋が寒くなる。
『買おうかどうか迷ったけど結局やめた』とか返事しといた方がよかったのかも……。
どうやらさっきまで僕が見てた麦もどき――麦球はコチラでは結構メジャーな食材っぽいな。
女の子の口調から察するに『知らないなんて見え透いた嘘ついてんじゃねぇよ』ってところなんだろう。
なんか面倒な人に、変な因縁つけられちゃったなぁ……。
女の子が何を思って僕へ絡んで来たかは分からなけど、僕はできるだけ丁寧に現状を伝えた。
「麦球っていうんですね。
あまりに大きさが違うんで、気になって見てたんですけどやっぱり麦で正解だったんですね」
笑顔でそれだけ言うと、目の前の女の子の目つきが急に剣呑なものに変わる。
「ん?そんなバレバレの嘘とかいいから。
ちょーっと話しがあるんだけど、いいかしら?」
精一杯ドスを聞かせた声でそう凄まれたことで
ようやく僕は目の前の女の子から恐喝まがいの行為を受けているんだと理解した。
いやいやいやいや。
なんで見ず知らずの女の子に脅されないといけないのさ。
でも現実問題として女の子は僕の腕をガッチリ掴んだまま離す気はなさそうだ。
見ず知らずの人への恐喝。完全にヤクザ屋さんの手口だ。
いや、ヤクザ屋さんだって全く毛ほども関係ない人へ因縁を付けたりはしないだろうからヤクザ屋さん以上に性質が悪いよ……。
「あの、この後用事があるんでお話はまた今度にして欲しいんですけど」
遠慮がちにそう告げると、僕の右腕を掴む女の子の手の力が増した。
爪が伸びてるのか服越しに爪が食い込む。
「わかってるわかってる。アナタたちは皆そう言うのよね。
私はちゃんとわかってるから、こっち来て」
そう言って、逃がさないとばかりに腕を引き寄せられる。
わかってない。恐らくだけど君は何一つわかってないと思うよ!
どうやら彼女は誰かと間違えて僕を捕獲したらしいけど、僕は全くの無関係ですよ!
いや『アンタたち』って言ってたから対象は複数人か。
ということは僕が特別な集団に属してるとでも思ってるのかな。どちらにしても全く心当たりがありませんよ!
って悠長に考えてる暇はなさそうだ。
というのも力一杯握られた右腕がそろそろ限界に来ている。
女の子の力をと侮ることなかれ!爪が食い込んでるのも手伝ってこれが結構痛いんです。
嘘です見栄を張りました。
スッゴイ痛いよぉぉぉ……。
血が出ちゃうよぉぉぉぉ……。
でもかろうじて泣いてはないぞ。……泣いてはないんだからね。
僕は少し涙目になりながら彼女に訴えた。
「あの!何か勘違いしてるんじゃないんですか?僕たち初対面ですよね?」
「そうよ!初対面よ!それが何か関係あるの!」
でも無駄でしたー!
逆に無茶苦茶な事を言い返されて、更に涙目が加速する。
何なになんなの。初対面だって分かってるのに関係ないって一体何なの。
この娘怖い。言ってることもやってることもついでに目つきも全て怖い!
「いいから着いてきて!今度こそ逃がすもんですか!」
しかし僕が何か言い返す間もなく、彼女はそう宣言すると
僕の腕を掴んだまま、グイグイと路地裏へと入っていった。
解せぬ……。
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