第1話 朝のひととき
この世界には6つの大国がある。
その中の一つ、広大な領土を持ち、農業、工業共に盛んな国ーールナディリア王国。この国は人間と獣人が共生して生活していた。
互いに支え合い、良き隣人として暮らしていた。
職業も多岐にわたる。その中に一際珍しい便利屋を営む男がいた。王都の外れに居を構え、大樹を屋敷に改築して暮らしている。変わり者のその男はまだ幼さの残る獣人の子供達と一緒に暮らしていた。
便利屋の男ーーサクラは寝室で惰眠を貪っていた。昨日は遅くまで酒を呑んでおり、意識はまだ夢の中だ。
ガチャと扉の開く音がした。サクラの耳は確かにその音を捉えていた。意識を覚醒させて薄目で扉を見る。寝室に入ってきたのは猫耳の少女と垂れ下がった犬耳の少年だった。それを確認すると、サクラはまた意識を手放そうとした。
「サクラさん、まだ寝てるの!? 朝だよ! だからお酒呑みすぎないように言ったのに」
「本当に今日は起きて! 依頼人さん来ちゃう!」
「うーん、あと少し……」
反射的にサクラの口は言葉を発した。しかし2人の声を聞いて、サクラはそういえばと本日の予定を思い出した。農作物の収穫を手伝ってほしいと昨日顔馴染みの農家の男から頼まれていたことを。サクラはため息をついてベッドから体を起こす。
「おはよう、サクラさん」
サクラが体を起こすと2人、猫耳の少女――ルルと犬耳の少年――ロイは嬉しそうに朝の挨拶をする。
「おー、おはよう。2人とも起こしてくれてありがとな」
サクラは2人の頭をそれぞれの手で撫でる。微かに当たるふわふわの耳が気持ちいい。2人とも頭を撫でられたのが嬉しいのか尻尾がブンブンと振られている。それに自然とサクラの頬も緩む。
「とりあえず、朝の支度するな」
サクラは伸びをしてベッドから立ち上がる。自分の薄桜色の長い髪が視界の隅に映った。サクラは適当に手櫛で済ませようとしたが、それに気づいたのかルルがあっと声を上げる。
「また、サクラさん適当にしようとしてる! 座って、私がとかすから」
ルルはポケットから櫛を取り出してベッドに座るように指示をする。言い出したらルルは譲らない。サクラは降参と両手を上げてベッドに座った。するとちょうどルルの胸の位置にサクラの頭がくる。
ルルは慣れた様子で、丁寧にサクラの髪を櫛でとかしていく。ロイが部屋の窓を開けて、近くの椅子に座る。そして楽しそうにサクラ達を見ている。いつも通りの平和な日常にサクラは口元が緩むのが止められない。
空いた窓からそよそよと風が入ってきて、心地よい。また微睡みそうになったサクラは口腔内を噛みなんとか意識を保つ。
「うまいもんだな」
サクラの口から自然と言葉が滑り落ちる。
「だって、いつも適当だから毎日私がやってるんだよ? 慣れるよ」
「あはは。それもそうだ」
思わず声をだして笑ってしまう。自分で言うのもなんだが、こんなにグータラで適当なサクラによく2人とも愛想を尽かさないものだ。それが嬉しいと同時に申し訳なくなることがある。
しかしサクラは自分の性格を変える気はないし、ルル達も変えて欲しいと思っていない事を知っている。
「もうそろそろ終わる? 僕、朝ごはんの準備してくるね」
椅子に座り、足をぶらぶらと動かしながらサクラ達の様子を見ていたロイが椅子から降りる。もうサクラが寝ないと判断してくれたようだ。
以前、ルルに髪をといてもらっている際に寝てしまったことがあり、それ以降は2人体制で寝ないように見張られている。
本当にダメな大人だなとサクラは自嘲した。
そんな事を考えていると、目の前にいたルルが近くの机に移動していた。机の上に置いてある何種類かの紐を悩ましげに見つめている。ルルはその日の気分でサクラの髪を結ぶ紐を決めているのだ。少し考えてから、若草色の紐を持ってサクラのもとに戻ってきた。
サクラは髪が結びやすいように、ベッドに少し斜めに腰をかけ直す。
「ありがとう、サクラさん」
ルルは嬉しそうに笑い、慣れた様子で首の後ろでサクラの髪を1つに束ねる。
「うん、完璧」
満足のいく出来になったのだろう、ルルは一仕事終えたように額を拭う。
「いつもありがとな」
サクラはそんなルルにお礼を言って、ロイが開けた窓を閉める。そして、ルルに手を伸ばす。
「ロイが待ってるから、朝ごはんにしよっか」
「うん! 今日はレタスと卵のサンドイッチとスープだよ!」
「おっ、それはうまそうだ」
本日の献立を聞き、空腹に気付く。リビングに近づくとスープのいい香りが鼻腔をくすぐる。匂いだけでお腹が空いてきたなとサクラが思ったと同時に腹が鳴った。
「大きな音だね」
その音を聞いたルルがおかしそうに笑う。サクラは自分の頬が熱くなるのを感じた。その声に気づいたのか、スープをよそっていたロイが2人の方を見た。
「あっ、2人ともきた」
「きぃ」
ロイの隣ではぬいぐるみサイズのドラゴンーーノアが皿を並べながら挨拶する。
「ノアもおはよう」
サクラが挨拶をするとノアも嬉しそうに敬礼した。
そして、それぞれ自分の席につく。
「いただきます」
手を合わせて感謝をし、それぞれ朝食に手をつけた。スープもサンドイッチも絶品でサクラの腹は満たされる。
朝食を食べ終え、片付けが終わった頃に、玄関の扉がノックされた。
依頼人の到着だ。
サクラは扉を開けた。しかし、そこにいたのは農家の男ではなく、近くの養鶏場の少年だった。
「サクラさん、ドードー鳥が暴れてるの、助けて」
泣きそうな顔で助けを求めてきた少年にサクラは頷いた。
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