EP48 揺れる水面、波紋の予感
神殿を離れ、一行は地下水道を流れる小舟に身を委ねていた。
水面を叩く静かな音だけが響く中、ジンが櫓を漕ぎながら、ふと思い出したように口を開いた。
「……なぁ、リリア。教団は実質、壊滅した。お前、これからどうするつもりなんだ?」
その問いに、リリアは膝の上のハープを優しく撫でながら、迷いのない瞳で答えた。
「そうですね……。私、一人になってしまいましたが、父が、いえ、お祖父様から習った教えは決して間違いではないと信じています。ですからこれからは、この温かな教えを、私なりのやり方で新しく広げていけたらと思ってます。これからの子供たちにも、ずっと繋いでいけるように」
その清々しい決意に、カイエンはふっと表情を緩めた。彼はボロボロになった魔剣の鞘に手を置き、静かに告げる。
「……お前ならできるさ。その真っ直ぐな心がある限りな」
カイエンの珍しい温かい微笑みに、リリアの顔がパッと華やぐ。彼女は目を輝かせ、ぐいっとカイエンの距離に身を乗り出した。
「本当ですか! ありがとうございます、カイエン様! あ、それとですね――ところでお伺いしたいのですが、カイエン様は現在、お付き合いしている方はいらっしゃるのですか?」
あまりの唐突な質問に、カイエンは大きく肩を揺らした。
「は……? おい、ちょっと待て。いきなり何の話だ!?」
リリアは真剣そのものの表情で、胸元で手を組む。
「これから教えを広めるにあたって、信頼できるパートナーの存在は不可欠ですもの! 教団の再興と、私の人生設計における重要な確認ですので!」
そのリリアの天然混じりの熱弁に、ジンが肩を揺らして吹き出した。
「おいおい、こりゃ羨ましいねぇ! 教団の再興ついでに結婚まで決めちまう気か? いやはや、お前さん、これは責任取らなきゃならねぇな!」
さらにガザムが、神妙な顔つきで船の縁に手を置いた。
「左様でございますか。ならば、私めが式の仲人、兼・神父を務めさせていただきましょう。お二人の信仰されている神はどなたでしょうか? 特になければ、我が国の古式に則り――」
「お前ら……少しは黙ってろ!」
カイエンは真っ赤になった顔を背けるが、揺れる舟の上で、今までになく穏やかな時間が流れていた。
使徒との戦いを終えた彼らの心には、血塗られた過去の残滓ではなく、これから始まるはずの「未来」へのささやかな期待が、波紋のように広がっていた。
神殿の最奥、通常の神域からは完全に隔離された「血の処刑場」。
そこは、教団の光の裏側に隠された、狂気と禁忌が渦巻く場所だった。
石造りの祭壇で、深紅の法衣を纏った一人の老人が、震える手で血塗られた石盤を握りしめていた。
大司教『ヴォルクハルト』。
かつて教団の正史から抹消され、死んだはずの、バルタザールの兄であり、リリアにとっては「死した大叔父」とされる男である。
「ディーヴァの気配が……消えただと!?」
ヴォルクハルトの咆哮が、地下の冷たい石壁に反響する。
彼は血走った眼で、周囲に転がる不完全な「肉の塊」たちを睨みつけた。それらは、彼が禁術を駆使し、地獄の淵から強引に引きずり戻したかつての同胞たちだ。
彼らはディーヴァという「神」に裏切られ、食い尽くされた教団の犠牲者たち。ヴォルクハルトは、ディーヴァへの復讐ただ一点のために、自らの魂を削り、彼らに「死なない体」を与えたのだ。
「奴に復讐するために……私はこの呪われた地獄から、再び這い上がってきたのだぞ!」
禁術の代償により、彼の肌は黒く変色し、その血管には魔力ではなくドス黒い憎悪が脈動している。
ディーヴァの存在が消えたということは、彼が積み上げてきた「復讐の計画」の対象が、誰かの手によって完全に「消去」されたことを意味していた。
「なぜだ……なぜ奴は私の手で果てなかった! この歪んだ心と、燃え盛る殺意を、今さら一体どこへ向ければいいというのだ……!」
ヴォルクハルトは祭壇を拳で叩き割り、狂ったように笑い声を上げた。
その歪な笑みは、悲哀と絶望に満ちている。復讐という唯一の生きる糧を失った老いた復讐者は、亡霊たちの群れの中で、行き場のない怒りに震え続けていた。
「ディーヴァを殺した奴らは誰だ……! 私の復讐を奪った……その『整理』とやらを、私自身の血で書き換えてやる……!」
地下深く、誰にも知られることのない暗闇の中で、新たな歪みが生まれようとしていた。
リリアの天然爆弾な結婚質問にタジタジになるカイエンと、それを面白がるジン&ガザムというパーティーの空気感は、ダークファンタジーの過酷な世界観の中での大きな癒やしですね。
しかし、そんな穏やかな余韻を切り裂くように、ディーヴァの死によって「復讐の対象」を失った狂気の老人が動き出します。リリアにとっての血縁者である彼が、今後パーティーにどのような脅威をもたらすのか……?
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