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不適合者のレギュレーター  作者: シャロン=ミ
工都ギアフォージ・レース編

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145/145

EP145 純粋なる疾風

工都ギアフォージグランプリ決勝、直前。


昨夜の使徒の残滓による暴走事件は、カイエンたちの迅速な対処と工都の警備隊によって表向きは「極秘裏に収束」されたこととなり、メインサーキットは変わらぬ熱狂と大歓声に包まれていた。


パドックの緊張感は最高潮に達している。予選を勝ち抜いた8機の異形・異能のマシンたちが、排気煙と重圧感を撒き散らしながら出走の刻を待っていた。


ピットエリアの静けさの中、ナナ・クロムウェルは自機の黒きブラックバードの前に立っていた。 そこへ、水色の短髪を揺らした青年――ゼノス・ヴァイスが静かに歩み寄ってくる。


前年度チャンピオンの無表情な青い瞳が、まっすぐにナナを見つめた。


「……昨日の予選、見事だったな」


ゼノスが低く口を開く。周囲を敵機に囲まれ、壁に押し付けられながらも、限界の隙間を潜り抜けたナナの走行を称える言葉だった。


ナナは一瞬驚いたように瞬きをしたが、すぐに強い眼差しを返した。


「ゼノス……」


「俺は、お前に勝つ。だが……昨年のように、スポンサーの圧力や汚い妨害で掴んだ勝利など、もう要らん」


ゼノスは拳を握り締め、真っ直ぐな言葉をナナにぶつけた。


「今年こそ、本当の意味でお前に勝ちたい」


その言葉に、ナナの瞳がパッと輝く。 重圧と抑圧に苛まれてきた少女の心に、純粋なレーサーとしての熱い火が灯った。


「……私も。あなたを倒して、本当の王者になりたい!」


かつてスポンサーの道具として、ただ競わせられていた二人。しかし今、この一瞬だけは他者の思惑など関係ない――互いを認め合う純粋な「ライバル」として、二人は視線を交わしたのだった。



だが、その高潔な空気を踏みにじるように、重々しい足音が近づいてきた。 ナナの父親であり、クローバー社の重鎮であるガレス・クロムウェルだ。その後ろには、ゼノスの所属する巨大コンツェルンの幹部スポンサーが、冷酷な笑みを浮かべて控えている。


「ふん、無駄な傷舐め合いか」


ガレスは吐き捨てるように言い放ち、娘であるナナを冷たく見下ろした。


「ナナ、昨日の走りは不合格だ。今度の決勝では余計な機避など考えるな。障害となる敵は全て叩き潰せ。『勝つためなら何でもする』……それがクロムウェル家の、そして勝利者の鉄則だ」


勝つためなら相手を破壊し、ルールを歪め、手段を選ばない。 ガレスの吐き捨てた言葉に、ゼノスの所属するスポンサー幹部も深く満足そうに頷く。


「その通りだ。ゼノス、貴様も分かっているな? 我が社の新製品の売上は、この決勝の『結果』にかかっている。邪魔な機体は力づくでコース外へ弾き飛ばせ」


大人の醜い欲望と、勝利至上主義の冷血な価値観。 ガレスたちが押し付けるその理屈に対し、ゼノスは静かに、しかしはっきりと首を横に振った。


「……違う」


「何だと……?」


スポンサー幹部が不快そうに眉をひそめる。 ゼノスは逃げることなく、大人たちの醜悪な顔を青い瞳で射抜いた。


「勝つためになんでもするんじゃない。……『速い方が勝つ』。それがレースだ」


真逆の価値観。 ゼノスの胸の奥で、長年押し殺されてきた「一人のレーサーとしての誇り」が、はっきりと拒絶の声を上げたのだ。



『さあ――大変お待たせいたしました! 工都ギアフォージグランプリ決勝! スターティンググリッドに8機が揃いました!!』


場内に轟く実況のアナウンス。 大観衆の地鳴りのような歓声を前に、8機のマシンがグリッドに着く。


最前列に並ぶのは、前年覇者ゼノスの《フロスト》、ナナの《ブラックバード》、モエの《カーピー》、そしてカイエンの乗る重装甲の異端機レギュレーター


コクピットの中で、ゼノスの耳につけた通信インカムが、耳障りなノイズとともに跳ね上がった。 ピットエリアからの、スポンサー幹部の怒号だ。


『ゼノス! 聞こえているな! クローバー社の娘……ナナ・クロムウェルを潰せ! 第1コーナーの手前で横から突っ込み、二度と走れんようコースの壁へ叩きつけろ! これ命令だ!!』


露骨な破壊工作の強制。 昨夜までのゼノスなら、葛藤しながらも首を縦に振っていたかもしれない。


だが、今のゼノスの青い瞳に迷いはなかった。


ゼノスはインカムのスイッチを指先で静かに押し込むと、低く、しかし鉄のように硬い声で言い放った。


「……断る」


『な……何だと!? 貴様、自分が誰に口を利いているのか――』


「俺は、俺の速さで勝つ」


パチンッ。


通信を一方的に遮断し、インカムを耳からむしり取ってコクピットの床へ投げ捨てた。


『な、何だとぉぉぉぉっ!? ゼノスの奴、命令を無視しやがった!!』


モニターの前で、スポンサー幹部が顔を血の形相に染めて激怒し、机を力まかせに叩き割る。


そんな大人たちの怒号も、今やゼノスの耳には届かない。 澄み切った心で操縦桿を握り締め、フロントガラスの向こうに広がる直線コースを見つめる。


隣のグリッドには、漆黒の《ブラックバード》に乗り、前だけを見据えるナナ。 そして、その背後で静かに蒸気を吐き出すカイエンの灰色の巨体。


シグナルランプが、赤から黄色へ。


『運命の決勝レース――カウントダウン開始!!』


翼を縛られた鳥たちが、それぞれの誇りを胸に、ついに自由な空へと飛び立とうとしていた。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

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