第12章 波多野の仮面 ― 計画が揺らぐ音がする ―
午後3時すぎ。
リンクル社内は夕方前の落ち着きを取り戻しつつあったが——
その中に、ただひとりだけ呼吸のリズムを崩した男がいた。
波多野樹。
彼のデスクだけが妙に静かで、
それは“集中”ではなく“乱れ”を隠すための沈黙だった。
(……おかしい。
こんなはずじゃない……)
自分が敷いたレールを、
誰かが静かに剥がしはじめている。
そして——
その “気配” が確かに近づいていた。
◇◇◇
その頃、アークシステムズの仮設作業室。
柊、凪、環、蒼真の4人が端末を囲んでいた。
凪が画面に表示されたログを指しながら言う。
「……これ。波多野さんの端末から出てきた“不可解なログ”です。」
蒼真が椅子に腰掛け、腕を組む。
「不可解というより……“無理がある”ですね。」
環が目を瞬かせる。
「無理が……ある……?」
凪は頷いた。
「はい。
たとえばこの日付の部分、
本来は“経理処理のログ”だけが動くはずなんですが——」
凪が矢印で示す。
「同じタイミングで、
不自然に“ネットワーク遮断の準備コード”が動いてるんです。」
柊が眉を寄せた。
「……経理のログと、ネットワーク遮断……?
つながらないな。」
「つながらないはずなんです。
本来なら絶対に関連しません。」
蒼真が静かに補足する。
「つまりこれは——
“横領の処理と、証拠隠しの準備”を
同時に行ったログ……ということになります。」
環は資料を握りしめた。
「……証拠を消すために……?」
凪が苦い顔で言う。
「そうです。でも……ここで問題があります。」
柊が凪を見る。
「なんだ?」
凪は画面をスクロールし、波多野のログを示した。
「波多野さんは……技術者じゃない。
このコードの意味すら、本来なら“理解できない側”です。」
環は息をのんだ。
「じゃあ……誰が……」
蒼真が続ける。
「“誰かが波多野さんに書かせた”。
もしくは“書かせたように見せかけた”。」
柊の目が鋭さを帯びる。
「宮野……か。」
環は唇をかむ。
宮野の“揺れた表情”が胸をよぎる。
(……利用されていたのは……宮野さんのほう……?
それとも……)
凪が冷静に言った。
「どちらにせよ、波多野さんは動揺しています。
これは……“自信を崩した人間のログ”です。」
蒼真が静かにモニターの1行を指でなぞる。
「そして。
こういうときの波多野さんは——
必ず、“余計なこと”をし始めます。」
柊が短く息を吸った。
「……動揺の隠蔽行動だったな。」
「はい。
自信家の人ほど、“完璧さ”を装いたくなる。
でもそれが逆に、ミスとして現れるんです。」
そのとき。
環の端末が“ピッ”と音を立てた。
メールの受信——
差出人は、リンクル社内の共有アドレス。
環が画面を開いた瞬間、
顔色がさっと変わった。
「柊……凪くん……蒼真さん……
これ……リンクル全体へ向けた“緊急通達”です……。」
凪が環の肩越しに覗き込み、目を見開いた。
「……これ……!」
柊がメールを読む。
《本日15時30分より全社員のネットワークアクセスを一時遮断します
(原因:システムメンテナンスのため)
担当:波多野》
環は震える声で言う。
「波多野さん……
“隠そうとしている”……?」
蒼真の瞳がわずかに光る。
「いえ。
“計画が揺らいだ時、彼は必ず動く”。
これは……その“第一歩”です。」
柊はすぐに凪へ指示を送る。
「凪、すぐにバックアップを取れ。
蒼真、波多野の端末へのアクセス準備を。」
凪は椅子を強く蹴って動き出した。
「了解です、柊先輩!」
蒼真は端末を立ち上げ、手を止めずに言う。
「……波多野さんは、もう“隠しきれない”。
追いつめる必要はありません。
彼自身が、自分で暴きます。」
環は胸に手をあてた。
(……結月さん……早く助けたい……
だれも……壊れてほしくない……)
その願いが、静かに胸の奥で揺れ続けた。
波多野の仮面は——
今、確かにひび割れ始めていた。




