表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

6

 最果ての森に程近い場所にも、けれど人が暮らす村があった。


 最も呪われた土地に近いその村は、犯罪を犯した若い男やその家族が多く送り込まれる場所だった。投獄される代わり、首に枷をかけられて、稀に最果ての森から出てくる魔物を相手取ることを強制させられるのだ。

 魔物は狩れば狩るほど報奨金が支払われ、一定の額を納めると無罪となり、その力量を見込まれて領主の騎士団に入ることができる。度々戦争が起こるこの地では、それ程優れた戦力を必要としているのだ。


 しかし、犯罪者やその家族、もしくは子孫ばかりが住む村である。治安はお世辞にも良いとは言えず、罪を犯した夫と共に送られた妻や娘がひと月先も無事であることの方が珍しく、家族の安全は枷を付けられた父親がどれだけ強い力を持っているかに左右されるような場所だった。


「………ん、」


 目が覚めると、いつかのように手足を縛られて、冷たい地面の上に転がされていた。直接的に光が入っているのではなくて、最果ての森と同じくらいに薄暗い。クロは、と探して、ああ、と思い至って落ち込んだ。


 暫く捜索範囲を広げた甲斐あって、この村を見つけたのが一日前。日が暮れてしまいそうだったから出直して、朝早く、明け方にそのまま洞窟を出たのが今朝のこと。この村は最果ての森の始まり近くからも小さく見えるくらいには近いところに位置していたのもあって、エヴァはクロに「暫くここで待っていてね」と言い聞かせて一人でこの村に来た。エヴァはクロのことがとても大好きで大切だけれど、一見して魔物とわかるクロを連れて行けば、きっとそもそも話をすることもできないだろうとわかっていたからだった。


 村には屈強な身体付きをした男がやけに多く、反対に女子供は痩せ細った姿のほうが多く見られた。

 その時点で、何となく嫌な予感はしていたのだ。それでも他に選択肢はないし、やるしかなかった。エヴァは物陰に隠れながら村の中を進み、せめてはじめに見かけた比較的に痩せていない女性にそっと声をかけたのである。


 エイダと名乗ったその人はとても優しかった。ボロボロのエヴァに「まぁまぁどうしたの」と目を開いて、手を取って家の中に案内してくれた。温かいスープをご馳走してくれて、「娘のだけれど」と言って服までくれた。事情を聞かれたけれど、最果ての森で魔物と暮らしていたなど言えるはずもなく黙り込むエヴァに、「言い辛いことを聞いてごめんなさいね」と微笑んで手を取ってくれた。

 優しい人だったのだ。とても。


「……いたい」


 縛られているから手をやることはできないけれど、頭の後ろがズキズキと痛い。もしかしたら少し切れているのかもしれない、と思った。がつん、と殴られた衝撃。意識が途切れる寸前、エイダを「おふくろ」と呼ぶ男の声が聞こえていた。

 エイダは娘の他に二人の息子がいるのだと言った。この村には昔にエイダの夫の仕事の関係で来たのだと。ここは貧しい村であり、エイダは足を痛めてあまり働けないのだけれど、エイダや家族が食べていけるのは、二人の息子や一人娘が一生懸命働いてくれているからだと言っていた。多分、その息子のどちらかがエヴァを殴り付けたのだろう。


 よく見れば、ここは物置のように見えた。エイダに通された家の、ずっと奥の方にあるのだろう。暫く使われてなさそうな埃をかぶった農具や、芋が麻袋に仕舞われていた。


「えーー、でもよぉ、お袋。ちょっとくらい良いだろ?」

「ばか言ってんじゃないよ!あの子、途中でやめたけど苗字を言いかけてた。きっと貴族の娘だよ。できるだけ綺麗にしといた方が高く売れる!」

「貴族の娘がこんなとこにくるもんか。な、良いだろ?俺も兄貴もこの頃仕事ばっかでさぁ、ちょっとくらいさぁ……」

「この馬鹿!もう少しでお前達の父さんが無罪になれるだけの金が貯まるんだからね。そうしたらあたしらだって、お前たちだって自由の身になれるんだから!」

「へえーーーーーい……」

「返事くらいちゃんとしたらどうなんだい、全くもう……」


 扉越し、そんな風に話す声がくぐもって聞こえてきて、エヴァは咄嗟に目を瞑って意識のないふりをした。ぎぃ、と立て付けの悪い扉特有の嫌な音がして、光が差し込む。エイダはエヴァが起きていないのを確かめるように「まだ寝てるね……」と呟いた。


「できれば出荷までこのまま寝ていてくれると良いんだけどね。さて、人買いはいつ来るんだったか」

「さぁ。今日着くみたいな話もしてたけど、来てないみたいだから、明日とか?」

「それじゃあ目が覚めちまうよ。せっかく身綺麗にもしてやったのに……。仕方ない。騒いだり暴れないように、口にも布当てて、あと手と足も……そうだ、そこにくくりつけちまいな」

「はいよ」


 足音が近付いてくる。エヴァは自分が目覚めていると知られないように、出来るだけ力を抜いて、されるがままに縛られた。エイダが出来を確認したのだろう。少しの後に「よし」という声がして、足音が遠退き扉が閉まる音がする。暫くしてエヴァは目を開くと、そっと息を吐いた。


 外は今どの位になっているのだろうか、と考える。多分、そう暗くはなっていないはずだ。扉の隙間から漏れ出る灯りが、火などの人工のものでさえなければ。

 エヴァが慌てていないのは、クロと別れる際、ひとつ約束ごとをしたからだった。もし暗くなってもエヴァが一度も戻って来なかったら、クロが迎えに来てくれる約束。


 クロはたくさん魔物を食べているからか、毎日少しずつ賢くなっている。このくらいの約束だったら意味が理解できるくらいには、意思疎通ができるようになっているのだ。


 早く夜になれば良い。

 クロはきっとエヴァを見つけ出してくれるだろう。唯一の懸念といえば、エヴァを見つけてくれたその時から守ってくれたクロが、そもそもが人間に優しい魔物である可能性だけれども、「攻撃されたらやり返すのよ」と言い含めてもある。

 もしかしたら、何人か死んでしまうかもしれないけれど、それでも構わなかった。


 だって、人間なんてどうでも良いのだ。優しい顔をして、すぐに裏切る人間なんかより、クロの方がずっとずっと大切で大好きだから。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ