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乙女ゲームは分からない!  作者: 金鹿
第二章:王立フォルミニス学院一年生
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2-54

いつもお立ち寄りありがとうござます。

始めましての方もありがとうございます。


ブックマーク追加ありがとうございます!

本当に嬉しいです!


次回は12日(水)の予定です。

引き続きよろしくお願い致します。

 雲一つなく青々と澄み渡った高い空からふりそそぐ日光が、カルムフルーヴ川の水面に反射して眩しいほどに煌めいている。

 架けた王にちなんで善良王の橋と呼ばれる石造りの橋を渡る馬車に揺られながら、俺はぼうっと川面を眺めていた。上流の船着き場を目指す乗り合い舟や荷役舟、沢山の荷物を積んだ(はしけ)が、川岸の馬に曳かれて遡上し、あるいは川の流れに乗って下っていく様子は、王都の経済を支える物流体制の一角を垣間見た気分になる。

 自動車と違ってフロントガラスが無いから、前方を見る事が出来ないのがもどかしい。もっともガラス張りだとしても、御者と馬のお尻に塞がれているんだと気付いた俺は、むしろ延々と尻を見続ける自分を想像してその滑稽な様子に吹き出すのを堪えていると、はす向かいに座るリリエンヌが言った。


「お嬢様、そろそろヌヴェリィムーブルでございます」


 カルムフルーヴ川の西岸。そこは准男爵や騎士爵といった一代限りの下位貴族や、中流以上の平民が暮らす広大なエリアだ。面積だけ比較すれば貴族街(ヴィレ・ディアマン)の倍以上、人口比なら何十倍以上にもなる。

 知識として知らされた時はどういう事かと首を傾げたけれど、今、窓から見えるヌヴェリィムーブルの街並みを見ると一目瞭然で納得出来た。

 朝の慌ただしい時間という事もあるだろうが、行き来する馬車を避けて歩く人々でごった返していた。

 街行く人々の装いは流行の最先端でもなく洗練されてはいないものの、落ち着いた色合いながら色とりどりと言っても過言ではない。

 見上げればどの建物も五階建て以上の高層建築で、ほとんどの場合一階には商店や飲食店が入っているのだが、その立派な入口を避けるように間口の狭いドアを買い物篭を下げた子供連れの女性が出入りしていた。リリエンヌの説明によると上層階に住む平民だそうだ。

 空がない。そう表現したのは智恵子抄だったか。大通りに面した建物は五階を下回るものは無く、秋の高い空が酷く狭く感じられた。

 しかしこれだけの人口密度なら、洗濯物や採光はどうしているんだろう。そんな疑問を抱くと、これもリリエンヌが教えてくれた。

 大きな建物は真上から見ると片仮名のロの字状になっていて、中庭があるのだそうだ。だから採光も一応問題無いらしい。ふぅん、なるほどね。よく考えてあるもんだな。

 それにしても、さっきから鼻をくすぐるこの臭いはなんだろう。そこはかとなく牧場や農場で嗅いだ事のある印象的なスメルに近い。きっと眉を寄せていたんだろう。リリエンヌは少し困った顔をして言った。


「平民でも特に高層階の者は、湯浴みの習慣がございませんので……」


 ああ、寮と同じ水利の問題か。……えっ? それだけでこんなに匂う!?

 少し考えてある事に気付いた俺は、ほほほと笑ってごまかしてこの話を打ち切った。中世から近世ヨーロッパのトイレ事情を思い出したからだ。この話題を膨らませたとしても、どう考えても和気あいあいとはなり難い。だったらこんな話題は止めておいた方がいい。


「ところで、あとどのくらいで今日の目的地に到着するのかしら?」


 これほど露骨な話題転換も無いなと自嘲しながら聞くと、予定通り昼前には到着できるだろうと答えが来た。何て言うかね、広いよね、王都。春の狩猟大会よりも二時間近く早く出発したのに、カルムフルーヴ川を渡るのに一時間。ヌヴェリィムーブルを抜けるのに二時間半かかって、さらに目的地の丘に着くのが昼前とか、そりゃ朝の七時出発になるよ。リュシー達男爵家の学生は俺達子爵家の学生よりも三十分以上早く出発しているんだもんな。

 それにしても狩猟大会って片道五時間かけてまでやる事なのか? 現地滞在時間の事を考えたら、なんだか怖くなってきた。

 その後ヌヴェリィムーブル側の王都外縁部を抜けた学生達の馬車は、黄金色に輝く麦畑やたわわに実った果樹園を通り抜け、聞いていた通り昼前に目的地に到着した。

 王宮騎士の姿も見える場所で学院職員が続々と到着する馬車を捌いている。俺達も到着するやいなや人定確認を済ませると、一年生がたむろする一角に追い立てられるように誘導された。


「アリシア」


 先に到着していたリュシーが優雅に近づいて来る。今日の装いは春の狩猟大会と同じく、幾重にもプリーツの入ったキュロットスカートと袖を絞った上着だった。

 それに引き替えて俺は、上着こそ前面は同じだが背面を長く伸ばしてヒップラインを隠す為、緩いアールの付いた燕尾服になっている。ボトムスは太もも部分を膨らませたオー・ド・ショースと呼ばれている乗馬ズボン姿だ。更にひざ下まである黒い革のロングブーツを履いている。

 お互いに挨拶を済ませると、真っ先にリュシーが食いついた。


「あら、実技服が……」


 こくりと頷くと、リュシーが俺を見る目はなんだか呆れたような諦めているような、何とも言えない微妙な色を含んだものになっていた。

 まぁね、ほぼ男装って感じだもんね。そういう目になるよね。髪型もこの魔法の実技服に合わせて、トップとサイドから太めに束ねた髪をリジューの貴色である若草色のリボンでくるくると巻いてまとめている。いっそポニーテールでもいいと思ったんだけど、この世界では身分の高い女性が不用意にうなじを見せるのは破廉恥という常識があるので、うなじを見せずに激しい運動をしても大丈夫という髪型の選択肢の一つでしかない。

 とにかく春の狩猟大会で懲りたんだよ、俺は。キュロットスカートとは言え、あんなマキシ丈で外を歩くなんてもう嫌だ。万が一、また林の中を走るような事になったら、絶対にビリビリに破れる。実際破れたからね。俺は学習したんだ。だいいち上級生だってこのタイプの実技服を着ているんだから問題にはならない。

 この新しい実技服は夏休み中にダルボワ夫人にお願いして仕立てて貰ったんだけど、ギヨームとエリザベスは残念そうな顔をしていた。どうせ上着はミシェルの兄ちゃんの血で汚れたし、キュロットスカートは枝に引っ掛けまくったせいでビリビリのボロボロだったから、仕立て直す必要があったし、それなら本人の希望を盛り込むは当然だと主張した。

 そりゃまぁ、両親にしてみれば娘には女の子らしい恰好をして欲しいだろうけど、非常時に機敏に動けないと困ると言ったら、仕方ないと受け入れてくれた。だから何も問題無い。

 実技服を仕立てる経緯や実際に着てみた感想をお喋りしていると、コレットも到着した。振り返って挨拶を済ませた俺は、彼女もお喋り(暇つぶし)に誘う。


「ところでこの実技服、似合っているかしら?」


 そう言いながらくるりとターンをする。燕尾服の裾もふわりと浮き上がるが、やっぱりこういうのはドレスの方が良さそうだ。当たり前だが使っている生地の量が違いすぎて、さぞかし貧相に見えただろう。

 失敗を自覚して照れながらリュシー達の顔を見ると、二人とも少し困ったような顔をしてもじもじとしていた。

 やっぱなー、失敗だったか。謝罪して質問を撤回しようとすると、そうと察したコレットが言った。


「いいえ、本当によくお似合いですわ。あの……あまりにお似合いなので何と申して良いか迷っていたのです」


 そう言ったコレットは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 うわー、無理やり言わせた感がパない。そうか普通のご令嬢なら、ほぼ男装を褒められてもってなるかもしれない。逆に無理強いしたと謝っていると、リュシーがぼそりと呟くのが聞こえた。


「似合い過ぎているのが問題なのですが、アリシアは気付いていないのですね」


 えっ? そうなの!?

 慌てて振り返ると呆れかえったリュシーの顔がそこにあった。うーん、ここは素直に褒めて貰った事に感謝しよう。


「それにしても、秋の狩猟大会は場所が違うせいか、随分ゆったりとした雰囲気ですわね」


 俺がそう言うと、コレットは「本当に」と言って微笑み顔を返してきたし、リュシーは「春は色々あり過ぎた」と言って笑っていた。

 それから雑談に花が咲いた。改めて実技服の話をすると、二人とも動きづらさは感じていたようで、今年はこのままでも二年生になったら仕立て直すと言っていた。その時、もし構わなければアリシアの仕立てに合わせていいかと聞かれた俺は、すぐに快諾した。三人仲良しでお揃いコーデというのも面白そうだ。

 あれ? 俺もかなりこの身体とこの世界に慣れてきたな。

 そんな事を考えていた俺が辺りを見回しているように見えたのか、リュシーがこの丘の事を教えてくれた。ここは鹿や猪と言った獣の狩場としても有名だが、それ以上に貴重なきのこ類がよく獲れるらしい。そこでついた名前も『きのこの丘』だという。そっか山じゃないんだなとどうしようもない事を考えていると、学院職員が集合するように声を掛けて回っていた。

 いつの間にか学院生徒全員が到着したらしい。いそいそと移動すると、途中で俺だけ呼び止められた。


「リジュー様はAクラスの皆様とご一緒していただきます」


 ―――え、嫌です。

 本当にそう言えたらどれだけ楽かと、これまでに何度思っただろう。

 リュシーとコレットの顔を見ると、やっぱりそうなるのねと残念そうに気落ちした顔をしていた。

 そうなんだよ。そもそも春と秋では同じ狩猟大会でも目的が違うらしい。まず妙なチーム分けが無い。大きく男女に分かれて、男子学生は文字通り狩りに女子学生はこの丘に設えたガーデンパーティーのエリアで社交に勤しむ。途中休憩に戻った男子を労ってからまた送り出し、その間に連れてきた側仕えが獲れたてのジビエを吟味して学院の料理人が調理する。

 最後に戻って来た男子学生を交えて食事とダンスを楽しむ。これが秋の狩猟大会だ。

 だから俺も今日を楽しみにしていたのに、またAクラスと一緒とか……なんだってんだよ、もう!

 しかし、ここで駄々をこねても意味が無い事は重々承知している。どうせ俺から目を離せないとか、それならAクラスと一緒にしろとか、そういうオトナの判断があったんだろう。

 ま、俺も教授側なら同じ判断をしている。でもなぁ、だからと言って大人しく従えるかというと、そこはやっぱり反発しちゃうな。

 戸惑っていると思ったのか学院職員が催促してきた。別にこの人を困らせようとも思っていないし、後で何となくリュシー達に近づけばいいやと、割り切る事にしよう。彼女達にまた後でと言って職員の後に続く。二人とも返す言葉は「ええ、また」と言っているのに、目が心配してくれていると分かる。

 歩き出すと直ぐに、周囲の小さな声が聞こえて来た。


「ほら、あの方が……」


「あの方が例の……」


 そうか、学年混成で女子だけってこういう場にもなるんだな。女って怖ぇな。視線が痛いって意味を始めて理解したかも知れない。

 でもそろそろ、珍獣扱いにも慣れてきたよ。だけどさっきまでは気にならなかったから、リュシーとコレットの存在って俺にとって大きいものだと教えられた気がした。直接に好奇の視線を向けないだけ皆まだ自制心があるんだと、どこか他人事のように思いながら足を進める。そうしないと、うっかり反応しそうになる。


「当然のようなお顔をされてますわね……」


 してねーよ! 連行される囚人気分だっての!! 羨ましいならいつでも変わってやるぞ!?

 ……だめだ、反応しちゃだめだ。

 顔は絶対に下げない。俺は責められるような事は何もしていない。

 だから顔を上げろ、胸を張れ。堂々としていろ。そう自分に言い聞かせながら歩き続ける。


「……ふんっ」


 あれ? 今の声ってあの子じゃね? よく突っかかって来る伯爵家のご令嬢。絶対そうだよ、間違いようが無い。それにしても、鼻から息を吐くんじゃなくて、ちゃんと「ふんっ」って発音するんだ。いかん、ウケる……。


「ふふっ」


 やべっ。なんかいつも通りの声が聞こえて来た事に安心して、うっかり笑っちゃったよ。

 視線で左右を窺うと、しっかり聞かれていたようで驚いていたり呆気に取られていたり、中には露骨に睨んで来る子もいた。あーでも、睨んで来る子は記憶に無いから、多分上級生だな。

 気付けば学院職員も驚いたのか足を止めていたので、早く行こうと小さな咳払いで催促すると、くるくると顔色を変えてからまた歩き出した。


「エルシー、こちらですわ」


 俺を見とめたユージニが元気よく声を掛けると、色々な視線が一斉に外れたのが分かった。同時に学院職員も、これ以上俺に関わる時間が無いのか、関わりたくないのか、すっと音も無く離れて行った。

 ユージニに微笑み返すと、少し驚いた顔をしてから顔を赤くしていた。呼びかけの声が大きかった事に気付いたかな?

 つかつかとユージニに近づくと、Aクラスの皆も珍しい物を見るような視線を送って来ていた。

 あ、この実技服でしょ? ほぼ男装に見えるだろうから仕方ないよな。悪ノリだけど男性の最敬礼でもしてやろうかと思う俺と、それはやり過ぎだと自重を求める俺が頭の中でせめぎ合っている。後先考えずにやりたいようにやっていいなら悪ノリコースで構わないけど、アリシアの事を考えるとそうもいかない。

 Aクラスの皆の前まで歩み出た俺は、ついっと上着の前裾をつまんでゆったりとした動作で足を引き腰を曲げ、頭を下げる最敬礼のカーテシーをしてから、またゆったりと立ち上がってAクラスの皆に挨拶した。


「皆様、ごきげんよう。本日は天候にも恵まれて本当によろしゅうございましたわね」


 微笑みつつ軽く首を傾げて言いながら、Aクラスの皆の顔を見ると皆揃って驚きを隠しきれていない様子だった。

 これは俺の先制攻撃が通ったな。

 彼女達からしてみれば八つ当たりでしかないんだけど、ちょっとはやり返せたと満足しながら視線を移すと、ウィルヘルム王子(問題児)の隣で楽しそうに微笑む銀髪の少女が居た。歓迎式典の時にも思ったその髪型どうやって結ってるのと聞きたくなる長い銀髪を小刻みに揺らしながら、愉快なものを見たと深いルビー色の瞳が浮かぶ大きな目を輝かせた少女は、俺を真っすぐに見据えていた。

 ヒルデガルド・フォン・シュトルベルク公爵令嬢。ちょいちょいウザ絡みしてくるウィルヘルム王子の婚約者候補。

 俺はごくりと喉が鳴るのを感じながら、こういう時、本当に喉が鳴るんだなと我が事ながら驚いていた。

貴重なお時間を頂きましてありがとうございます。


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