2-20
日毎に女子寮内部が騒がしくなる。
あまりの喧噪に、イルマに「留学生一人迎え入れるのに凄い騒ぎね」と言ったら、もう滅茶苦茶叱られた。言われてみたら「あっ」て思ったけど、隣国の王子様とその”婚約者候補”が一人で来る訳が無い。そのご令嬢本人に側仕えと侍女達に加えて、ご令嬢の”ご学友”とその周辺も来るんだそうだ。
そりゃ騒ぎになるわ……。
わちゃわちゃと騒がしい女子寮と小講堂や学生寮を行き来している間にも、日々は過ぎていく。
在校生的には、留学生、しかも隣国の王子様ご一行を構う余裕なんて無い。狩猟大会は文字通り日に日に近づいて来るからその準備に追われるし、同時に他の授業も手を抜く事なんてできないから皆必死だ。
だいたいなんでこの時期に来るんだよ。いくら身の危険が出てきたらしいとはいえ、それならもっと早く、例えば入学式に出られるようにして来ればいいと思うんだ。
魔法の授業は俺もタランスの忠告とその監視に従って、慎重に魔力操作の練習を重ねている。そうするとあの日タランスが言っていた、「呪文は魔力を高効率化させて魔法にするもの」という言葉の意味が分かってきた。要は、今まで呪文を使わずに水出しとか思うまま魔法使っていたのが悪かった。
同じ調子で魔力操作して呪文を唱えると、イメージしていた魔法に必要な魔力を大幅に超えて送り込んでいたと分かった。ちゃんと習わずに独学で好き勝手していたツケが回ってきた感じだが、思い返すとそもそも、タランスがちゃんと教えないで飛び出しのが原因だと思うんだけどな。
しかし良い方向に向かった事もあった。
授業中がほとんどだけど、Aクラスの面々とよく話をするようになった。最初はウジェニー・フィリスが魔力操作のアドバイスを求めてきた事から始まったが、あっという間に王子を始めとした男子達も会話の輪に入るようになった。すでに全身発光を見せているAクラスには、隠し事をしていると悟らせない方がいいと魔力操作や魔法のイメージの仕方を教えていたら、いつの間にか男子学生とも名前で呼び合うようになった。
それに皆ぐんぐんと魔法の扱いが上手になっていった。
「アリシア嬢は、身体強化の魔法の習熟に務めてらっしゃるようだが、初級攻撃魔法はどうされるのです?」
ある日、ミシェルが不思議そうな顔をしてそう聞いてきた。むしろ今まで聞いて来なかったのは、様子見していたのか。でもそういう質問への解答例はタランスやリリエンヌと相談済みだ。
俺は少し困った顔を作って答える。
「光の魔法の呪文が分からないのです。家の者はもちろん、タランス教授にも手を尽くして頂いているのですが、未だ皆目……」
そう言いながら視線を落とすと、マリーとユージニが勢いよく傍に駆けつけて来る。そして二人揃ってミシェル相手に「何故そんな事を聞くのか、アリシアが一番気にしているのが分からないのか」と捲し立てた。この困り顔と視線を落とす動作はリリエンヌに何度も練習させられた。練習中は意味が分からなかったけど、やってみたら効果絶大で、なるほどさすが先導者だと、感心した。
ミシェルはすぐに”そんなつもりはなかった”と弁解して、這う這うの体で男子達の方へ戻って行った。いやぁ女子バリアはイイね。心強い。
でもね、いつの間にか侯爵令嬢と伯爵令嬢を愛称で呼ぶ事になっていて、それはそれで気が重い。鉄壁の女子バリアの対価として、別種の神経をすり減らす関係性を作ってしまった。
そう言えばこの日、寮に戻る馬車の中でリリエンヌに女子バリアの話をして、あの視線を落とす仕草の絶大な効果を感謝した。するとリリエンヌは、何故か肩を落として乾いた笑いを見せていた。
神経をすり減らすと言えば、あの日以降はダンスの授業も様変わりした。
ペアダンスの授業となると、BC合同クラスの女子の大半が、俺にペアを申し込んでくるようになった。そりゃまぁ、好きでも無い男子の取り合いなんて彼女達もうんざりだろうし、女子同士の方が気が楽だろう。
だとしても、貴族令嬢達がこぞってアリシアを取り合うっていうのはどうなんだよ?
キュニ教授がペアを作るように言うと、一斉に俺を取り囲んだご令嬢達には驚いた。
その様子を側で見ているはずの友達たちを振り向くと、マクシミリアンとマルティーナは呆れ顔を見せた後笑い出すし、コレットは驚き顔を見せてから困り顔でころころと笑い声を上げて、リュシーは憤怒の形相から一転して無表情になってめちゃくちゃ怖かった。そりゃ怒るよな。この間まで俺を遠巻きにしてなんだかんだと言ってたご令嬢までいるんだから。ちなみに色々と相性の悪い伯爵令嬢は、前回と同じ男子と一緒にすたすたとホール中央に入って行った。
その一方で、一部には良い影響を与えた。これまでちゃんとダンスに取り組んでこなかった男子が、このままでは拙いと危機感を頂いて真剣に取り組むようになった。やっぱり十三歳くらいの男子って、一度火が付くと驚くくらい伸びるんだよな。もしかしたら自主練もしているのかも知れない。
あっという間に上達させて以前組んだ相性の良いご令嬢に申し込む姿を見た時は、微笑ましいものを見てほっこりした。だけどあいつら、揃いも揃って俺を睨んできたり、勝ったみたいな顔をしていたけど、バカじゃないのか? アリシアは女だぞ?
その反面で、俺がリュシーと踊ってひと騒ぎ起こした事を知ったAクラスのご令嬢達が、自分達も色々な方と踊る事で経験を積みたいと不満を漏らしたそうで、主張そのものは確かに正論だったから数日後にはダンスは一年生全クラス合同で行われる事になった。
Aクラスを指導していた教授とキュニ教授に、物凄い目で睨まれたんだけど、本当に意味が分からなくて困り果てた。
「わたくしは、遠からずこのようになるのではないかと思っておりましたわ」
Aクラスを迎えた最初のダンスの授業の日、リュシーが遠い目をしながらそう言うので説明を求めたら、”自分の胸に聞いてみろ”的な事を言われた。分からないから聞いているのに……。
日々の授業と狩猟大会の準備に追われる中、留学生の歓迎式典の準備もあるから、ほんとなんなら、今からでも来なくていいよと思って過ごしている内に、月が改まった。
月が改まった最初の土の日。その日は一日休講になって、全学生は大講堂に集められた。
学院職員の指示に従って指定された席に行くと、入学式と同じく伯爵位相当の席だった。頬を上気させたニコニコ顔でユージニが手招きしている。その側でエメリーヌとシルヴェーヌも微笑み顔でこっちを見ていた。
おーぅ……。
周囲を窺うと、皆ドン引きしているのが分かる。
ダンスの授業中は彼女達も自重していて、親し気に話しかけてきたり、ましてや俺と踊りたいとは言わなかった。だけど俺は気付いてる。俺が踊っていると、目をキラッキラさせてガン見してたんだよな。なんであんなにガン見されていたのか、未だに分からない。下手だからじゃないと思いたい。
そのせいかAクラスと俺の関係性は、BCクラスの皆にちょっとわかりづらいかもしれない。
ダンスの授業中の視線も、きっと魔法の授業中を知らないBCクラスの皆は、”光の魔法適正”持ちを珍獣的な目線で見ていると思ってたんだろうな。それが目の前で親し気にするところを見たら、衝撃だったのかもしれない。
でもね、その衝撃を与えてるの、俺じゃないからね? あのご令嬢達だからね? そこは分かっといてね?
席に着いてユージニ達と挨拶を交わして演壇を見る。そこには入学式とガラリと変わった大きな王家の紋章旗と見慣れない紋章旗が、並んで掲げられていた。
一つはディアフルーレ王国の紋章旗だ。白黒ベースの生地に光と闇の二大精霊と分かる人物画が左右から盾を挟み込んでいてごちゃごちゃと複雑な紋章が乗せられている。ちゃんとフルール・ド・リスが盛り込まれているから、やっぱりディアフルーレはフランスベースらしい。
もう一つは白ベースの生地に光と闇の二大精霊を分かる意匠を盛り込みながら、盾の上に双頭の鷲を囲むように火と土、水と風の貴色を配された紋章が乗っていた。
これがゾンネヴァルト王国の紋章旗なのか。その下に瀟洒な椅子が一脚だけ置かれていた。
初めて見たけど、双頭の鷲って時点でやっぱりゾンネヴァルト王国はドイツっぽい。
俺も紋章は有名どころしか知らないけど、ゲームの設定担当は色々調べてデザインしたんだろうな。モットーが書き込まれているリボンなんか、古語だから読めても意味は分からないけど、多分それっぽい格言が書かれているんだろう。
これらに比べると、リジュー家の紋章ってシンプルだなぁ。ま、子爵家だしな。紋章ばかり豪華絢爛でも意味が無いか。
呑気にそんな事を考えていたら、アカデミックドレスを着た学長が演壇に上がってきた。
「これより、ゾンネヴァルト王国よりの留学生を歓迎する式典を始めます」
学長のセリフに呆気に取られていたら、ユージニが小さく咳払いしてくれたから、若干遅れたけど立ち上がって姿勢を整えた。感謝を込めて微笑んだらちょっと照れた顔をしていた辺り、ユージニはやっぱりいい娘だよな。表現に難はあるけど、優しいんだよ、この娘。
それよりも俺の心の叫びを聞いて欲しい。
―――なんだよ!? 学長ってば変な調子を付けずに普通に喋れるんじゃん!!! あれ?
入学式の変な調子は普通の事だとリュシーは教えてくれた。じゃあ今の普通に喋ったあれはなんなんだ? 気になって仕方ない!
そんな事を考えていたら、パイプオルガンが奏でるような重厚な演奏が大講堂に鳴り響いた。
それを合図に在校生と学院職員は一斉に歓迎の姿勢を取る。基本的には、入学式と一緒だ。うーん、中腰がつらい。
すると演壇奥の右手から、制服姿の少年少女達がぞろぞろと入って来た。ぱっと見、男子が五人で女子が四人。
案外多いな。
そう思っていたら、曲調が一変した。一言で言うと荘厳な、重々しくも華やかな曲に変わると演壇に並ぶ留学生達も居住まいを正した。
あ、やっぱり本命はこれからか。って事は、今演壇に居るのは”ご学友”の皆さんか。
……お疲れ様です。
次に姿を現したのは、女性だった。学院の制服に身を包んで、しずしずとおしとやかに歩みを進めている。おお、ザ・お嬢様っぽい。いやマリーやユージニ達がそうじゃないとは言わないけど、演壇上のご令嬢はまさにお嬢様っぽい。
艶のある銀髪を左右別々にドーナツのようにくるりとまとめながら、全体のバランスを崩さないように腰まであるロングヘア―があると主張している。すげーな、あれ。セットするのにどれくらい時間かかるんだろう……。
あのご令嬢が、隣国の王子の”婚約者候補”、ヒルデガルド・フォン・シュトルベルク侯爵令嬢か。
伏し目がちだけど、ちらっと見上げた目元は、大きな目に深いルビー色の瞳が輝いていた。ああ、このご令嬢も絶対おモテになりますわ。
思っていた通り、用意されていた椅子には座らずにその横に控えた。
そしてようやく、一人の少年が演壇上に出てきた。
ズカズカと大股で歩みを進める少年は、年頃にありがちな根拠が希薄な自信に満ちた顔をしていた。
豪奢に光を反射する明るい紫色の長めの髪を風に揺らしながら、自信満々の笑みを大講堂にいる学院生に向けていた。その切れ長の目に浮かぶ深い緑色の瞳は、お前命の危険があるから留学してきたんじゃないんかい!と突っ込みたくなるくらい、キラキラと輝いていた。
ウィルヘルム王子が椅子に座るのを確認すると、学院生は一斉に座った。
あれが隣国の第二王子のウィルヘルム・フォン・ヴェルデンシュタイン? まじで?
驚きのあまり露骨にならないようにユージニ達の顔を見たら、三人とも残念そうな顔をして”間違ってないわよ”と視線で答えてくれた。
そうか、アレがウィルヘルム王子なのか。
そっか……。問題児感が凄い。
「では、ジョルジュ・ロベール王太子殿下より、ゾンネヴァルト王国の皆様をご紹介賜ります。皆、傾聴するように」
学長が変な調子を付けずに進行する事に違和感を感じながら、王太子殿下の紹介を聞いた。
ウィルヘルム王子は一年生に、”婚約者候補”のシュトルベルク侯爵令嬢は二年生に編入し、それぞれの”ご学友”も一年と二年に編入する。
つまり、一年生にはウィルヘルム王子と二人のご学友から男子四人と女子二人が編入して、二年生にはシュトルベルク侯爵令嬢と男子一人と女子二人が編入するそうだ。
妖艶な雰囲気を持ったシュトルベルク侯爵令嬢を見て、ああいう姐さん女房って案外怖いんじゃないか?と思っている間に、歓迎式典は幕を閉じた。
貴重なお時間を頂きましてありがとうございます。
励みになりますので、よろしければ評価ポイントやブクマ、感想を頂けると嬉しいです。




