第29話 それらしい言い訳
「それらしい依頼は……無いみたい」
掲示板を一通り見渡したユラが呟くと、レインが肩をすくめる。
「まぁ、正直そんな気はしてたけどな」
「俺は受付で聞いてみるから、お前は掲示板の依頼をもう一度確認してみてくれ。もしかしたら、トレントが出るような依頼があるかもしれないからな」
レインの言葉を受け、ユラはもう一度、掲示板の方に視線を戻す。
薬草回収、鉱物採取、それに商人の護衛、場所は王都近辺の依頼ばかり。それから……ダンジョンの依頼もあるけど、杖の素材になるようなトレント系のモンスターが出現するダンジョンではない。
ユラは胸をそっとなでおろした。
素材が見つからないのは困る。でも、またダンジョンに潜ることにならなくて、少しだけ安心している自分がいた。
めぼしい依頼がないことを確認したユラは、レインの方に顔を向ける。受付で話すレインの様子を見るに、結果は芳しくなさそうだ。
「誰かと思えば、ユラじゃねぇか」
突然、後ろから話しかけられる。ユラが振り返ると、見覚えのある顔がそこにあった。
「あの後は大丈夫だったの?」
「ええ、大きな問題も起きることなく、素材は回収しきれました」
ガレスの代わりに、隣のハンナが答えた。
「ならよかった」
ユラの答えを聞くと、ガレスが一瞬だけ言いづらそうに視線を逸らし、後頭部を軽く掻いた。
「あの時は悪かったな。俺たちがしっかりとお前らのことを見守っていれば、危険な目に遭わせることもなかったんだがな」
ガレスの言葉を聞いて、ユラは少しだけ目を見開くと、大きく息を吐いた。
「あの依頼に参加することを決めたのは私たちだし、見守ってもらうつもりなんて最初からなかった。あれは、あくまで事故だからそっちの責任じゃない」
ユラの言葉に、ガレスは意外そうに目を瞬かせた。やがて、その口元がわずかに緩む。
「ありがとな。お前らには借りを作っちまった。何かあれば遠慮なく頼ってくれ」
ユラが頷くと、そんな様子を見た二人が優しく微笑んだ。
「それより二人はなんでギルドにいるの?」
あのダンジョンでの回収依頼から戻って、まだ二日も経っていないはずだ。
不要な素材の換金に、消耗した装備品の補充。それに休養だって必要だろう。
そんな中で、もう次の依頼でも探しているのだろうか。ユラには解せなかった。
「諸々の処理は、ミレナとトッドに任せてある。俺たちは次の依頼の準備で、臨時でパーティに入ってくれる冒険者を探してるんだ」
「なんで探してるの?」
「うちのミレナは、固有魔法も含めて火属性に特化してるだろ? それに目をつけて、俺たちを指名してきた討伐依頼があってな」
「それで?」
「相手には土属性の魔法が効きにくいらしくてな。ミレナ一人に負担をかけるわけにもいかねぇから、もう一人、火属性の魔法使いを探してるんだ」
「……それって、対象のモンスターは?」
「トレントだが?」
ユラは目を見開く。
「ほんと?」
「あぁ、どうしたんだ?」
「その依頼に連れていってほしい」
突然のユラのお願いに、ガレスとハンナが顔を見合わせた。それからガレスは困ったような表情でユラを見つめる。
「でもよ、お前、風属性だろ? ユウマも火属性じゃないって話だしな。いくら借りがあるからって、そんなお前らを連れて行くのは……ちょっとな」
「それはそうだけど……」
ユラはもどかしそうに唇を噛んだ。
そんなユラの隣に、レインが並ぶ。
「どうしたんだよ。ん? おっさんたちは前の依頼の」
「あぁ、レインだったか。その節は、世話になったな」
「こっちの奴らも世話になったからな。その件はお互い様だ」
「その話はさっきした。それより」
ユラが会話を遮る。そして、レインに事情を説明する。
話を聞いたレインは、考え込むように顎に手を当てる。しばらくして、口を開いた。
「なぁ、火属性の魔法が使える奴に心当たりがあるんだが、紹介する代わりに、俺たちもその依頼に連れていってくれないか?」
「ちょっと、レイン」
慌てて、ユラがレインを手で制した。
「火属性の魔法が使える奴って、アイリのこと? これはアイリに秘密の話でしょ」
「分かってるよ。おっさんたちには事情を説明すればいいだろ。アイリには討伐の手助けとか言っとけば大丈夫だ。自分以外のことにはやたら鋭いが、自分のことになるとアイツは鈍いからな」
「……本当に大丈夫?」
「受付で話してみたが、それらしい依頼もなかった。むしろ渡りに船って感じだぜ」
不安げなユラとは対照的に、レインはそれほど気にした様子もない。
「どうだ? おっさんたち。俺たちが欲しいのは、トレントの素材だけだ。報酬も最低限でいい」
ガレスは腕を組み、難しそうな顔をする。
「火属性の冒険者が欲しかったのは事実だ。だが、お前らを連れていくとなると話は別だぜ?」
「ユラの実力なら前の依頼の件で知ってんだろ? 俺やその火属性の冒険者は、同じかそれ以上だぜ」
「だが、前みたいなことが起きない保証はねぇからな」
「リスクがあるのは分かってる、絶対無理もしない。だから頼む」
レインの言葉に、ガレスはしばらく考え込んだ。
「……ったく。少なくとも、あとで詳細は聞かせてもらうぜ。それで納得できれば考えてやる。それに——」
そう言うと、ガレスの顔から険しさが消える。
「ユラたちには、借りがあるからな」
ガレスが手を差し出す。それを見たレインも、わずかに頬を緩めた。
「あぁ。それで構わないぜ。よろしく頼む」
二人は固い握手を交わした。話は取り敢えずまとまったらしい。
まだどこか不安を抱えているユラに、ハンナが声をかけた。
「また一緒に行けるといいね、ユラちゃん。今度はみんな無傷で帰りましょうね!」
ハンナは、そう言って両拳を胸の前で握り、ぐっと構えた。
「うん。また世話になるけど……、よろしくお願いします」
ユラは少し表情を緩め、そう返した。
◇
「なるほどね」
「理解した?」
「あぁ、それにしても、誕生日プレゼントの素材を、本人も同伴で取りに行くっていうのは、なかなか大胆だな」
ユウマの言葉に、ユラはこくりと頷いた。
「それ、大丈夫なのか」
「私もそう思った。でも、レインが大丈夫だって」
「あいつ、意外と肝が据わっているところあるよな……」
「……うん」
レインは普段しっかりしているくせに、たまに大胆なことを言い出す。今回もそうだ。
だが、不思議とそういう時はうまくいくことが多い。もしかすると、本人なりに勝算があるのかもしれない。
「まぁ、プレゼントのことはどうにか誤魔化すとして……結局、依頼に連れてってもらえるかはまだ分かんないってことか?」
「ガレスさんに詳しい事情を話して、アイリの実力を見てもらって決めるってことになってる」
「実力次第ね……」
少し考え込んだユウマは、改めてユラに尋ねた。
「今さらだけど、アイリって実力的にはどんなもんなんだ? 結局、アイリが戦っているところを見たことないんだよな」
「ずっと一緒にいるのに、そんなことも知らないの?」
「見る機会がなかったんだよ。仕方ないだろ」
ユウマは不満げに口を尖らせたが、ユラは気にも留めずに話を続けた。
「アイリの魔力量は、七歳ごろに測ったときは『E+』だった。もしかしたら今なら『D』くらいにはなってるかも」
——そういえば。
以前、魔力測定の際にリシェルさんから聞いた話を、ユウマは思い出した。
魔力量は数値で表され、その数値によってランクが区分される。
最高位のSから最低位のGまで、全部で八段階。さらに、同じランク内でも上位に近ければ「+」、下位に近ければ「-」が付くという、細かな区分が設けられているらしい。
「それってすごいのか?」
自分には関係ない話と割り切っていたこともあり、どのランクがどの程度の魔力量を表しているのかをユウマは知らなかった。
「十歳までの子なら、魔力量は大体『F-』から『E-』の間くらい」
「平均よりは高いってことか、そう言われても、あんまりイメージできないんだよな」
「例えば、赤銅の剣のミレナさんは、多分『D+』あたりで、ハンナさんが『C-』あたり」
「ん。だとすると、アイリはだいぶ優秀なんじゃないか?」
「そう。アイリは優秀。それに魔法の扱いも上手い」
そう言ったユラは、どこか得意げで子供らしい表情をしていた。
「なんで、ちょっとお前が得意げなんだよ」
ユウマに指摘されて、そのことに気づいたユラが表情を引き締め直す。
「明日の朝、ガレスさんとミレナさんが時間を取ってくれるみたい。アイリが了承してくれれば、そこで実力を見てもらうことになる」
「なるほどな」
「ユウマも、依頼に行くことになったときのために、もう少し訓練しておいた方がいい」
「そういえば、ダンジョンの依頼の件があって、朝の特訓も一時中断してたもんな。腕がなまらないうちに、そろそろ再開したいとは思ってたよ」
「レインは明日、実力確認に立ち会うし、私がやるよ」
「……マジで?」
「なに驚いてんの」
「いや、いっつも途中で来て、俺がボコボコにされてたから。最初からユラが教えてくれるのって初めてだなって思って」
「……やっぱりやめる」
そう言ったユラがそっぽを向いた。
「うそうそ。よろしくお願いします、ユラ様」
拝むように手を合わせるユウマを横目に、ユラは小さく笑った。
「明日、朝、いつもの場所で。あとボコボコにしてたわけじゃなくて、ユウマが弱すぎただけ」
「それ、さりげなく俺の悪口だけど?」
「そろそろ下の様子でも見にいこ」
どこか満足げなユラは椅子から降りると、部屋の扉へと向かった。無視されたユウマもその後ろをついていく。
階段を下りたところで、聞き慣れた声が響いてきた。
「なんで、大してお金にもならない討伐依頼にみんなで行くわけ?」
アイリの声だ。
ユウマとユラは思わず顔を見合わせる。
「……揉めてるな」
「……うん」
そのまま二人が食堂の方に近づくと、アイリの声が再び聞こえてきた。
「そもそも、こっちのユラとユウマが危険な目に遭ってるんだから、わざわざそんな依頼に協力する必要ってあるの」
「それもそうだが、熟練の冒険者パーティと良好な関係を築いておくことは、今後のためになると思うぜ。それに今回はダンジョンと違って、危険だと判断すれば撤退もしやすいだろ。経験豊富な連中と一緒に戦えるなら、俺たちにとってもいい経験になる」
「なんか引っかかるわね」
おお、鋭い。
レインの説明は一見もっともらしく聞こえる。それでも違和感を覚えるあたり、さすがアイリだ。
「おい、ユラ。これ、秘密にしたまま誘うの無理なんじゃないか?」
「……レインが大丈夫って言った」
「大丈夫そうな感じはしないけどな」
そんな会話を交わしながら食堂の扉を開ける。
すると、テーブルを挟んで向かい合っていたレインとアイリが、同時にこちらを振り返った。
「あっ、ユウマ! あなたもユラから聞いたでしょ?」
「ん?」
「あんなことがあった後だっていうのに、私たちがわざわざ、パーティ指名の依頼の手助けなんて、ちょっとおかしいと思わない?」
ユウマがレインを見ると、彼は何食わぬ顔で肩をすくめた。
「お前も行きたいだろ? トレント討伐」
「いや、まぁ……行けるなら行きたいけど」
「ほらな」
「ほらな、じゃないわよ!」
アイリが声を上げる。
「ユウマまで何言ってるのよ! この間あんなことがあったばかりなのよ?」
「それは、そうなんだけどさ……」
アイリの言うことは正しい。しかし、ここで簡単に引き下がってしまっては、アイリの誕生日プレゼントが遠のいてしまう。
ユウマは助けを求めるようにユラを見た。だが、ユラは小さく首を横に振るだけだった。
……おい、まさか全部俺に任せる気か?
その視線の意味が伝わったのか、ユラはぽつりと呟いた。
「……頑張って」
いや、頑張ってじゃなくて。
ユウマは大きく息を吐いた。どうやら、トレントと戦うより先に、手強い相手を説得しなければならないらしい。
「なぁ、アイリ」
「何よ」
「アイリの言いたいことも分かるけど、これは俺とユラのリハビリみたいなものでもあるんだ」
「……どういうことよ」
「ダンジョンの一件もあって、俺とユラは、危険な魔物との戦闘に対して、恐怖心みたいなものを持ってしまっていると思うんだ。その恐怖心は早いうちに同じような経験をしておかないとまずいと思うんだ」
ユラが一瞬だけユウマの方を見るが、すぐに視線を前に戻す。
そこにどんな意図があったのかまでは、ユウマには分からない。
ただ説得のための言い訳に、ユラの意志を無視して巻き込んでしまったことは後で謝ろう。
さっきの言葉は半分本当で、半分嘘だ。
ダンジョンでの戦いは恐怖もあったが、今は、ユラと二人で乗り越えたという思いが強かった。
だが、強い恐怖体験が心に傷を残すことを日本にいたユウマは理解していた。
もちろん、危険な魔物と戦えば恐怖心が克服できるなんて保証はない。かえって悪化させる場合もある。
それでも、アイリを納得させるにはこれくらいの理由が必要だった。
「確かに、ダンジョンでパーティが壊滅的な被害を受けたとき、生き残った冒険者が、復帰しても魔物と戦えなくなることがあるって聞いたわ。そういう状態を『呪いにかかった』って言うこともあるわ……」
アイリは目を伏せる。
どうやら推測自体は正しかったようだ。この魔法がある世界において、心的外傷は呪いとされているらしい。
「だから、今回の依頼を受けるのは俺とユラのためでもあるんだ。アイリが心配するのも分かる。危険な行動はしないし、慎重に立ち回るようにする。だから頼む」
「…………」
まだ完全には納得していないのか、アイリはわずかに眉を寄せていた。それでも、先ほどまでのように反論してくることはなかった。
「それにさ、四人で一緒に依頼に行けるかもしれないってことに、俺は結構ワクワクしてるんだぜ」
最後のユウマの言葉を聞くと、アイリはしばらくユウマを見つめていた。やがて、諦めたように大きく息を吐く。
「分かったわよ。ただし、依頼を受けるかどうかは、詳しい話を聞いてから決めるわ」
「おう、それでいいぜ」
「それに……」
アイリは少しだけ目を逸らし、頬を赤らめた。
「私も、みんなで依頼を受けるのは楽しみだし」
小さな声でそう呟いた。
レインが手を叩き、みんなの視線を集める。
「よし、話はまとまったな。アイリは明日の朝、俺と一緒にギルドに行ってもらうぜ。ガレスのおっさんがお前の実力を見たいそうだからな」
「分かったわ」
それからアイリが少し得意げな顔をした。
「実は、まだみんなに見せていない魔法があるから楽しみにしておいて」
その表情はユラとよく似ていた。
「あぁ、この依頼はお前次第なところもあるからな、頼むぜ。じゃあ、俺は疲れたから帰る」
レインはそう言うと、入口に立つユウマたちの方へ歩いてきた。そしてユウマの肩に手を置いた。
「さっきはありがとな。というかお前、呪いの話なんてどこで知ったんだよ」
「あぁ、あれは……エリアスの部屋の本に書いてあったんだよ」
「……たまにお前が、実はすげぇ頭が切れる奴に思えるんだよな。バカなのに」
「バカは余計だ」
ユウマはレインの脇腹に軽く拳を当てた。レインは小さく笑うと、そのまま教会を後にした。
「ちょっとレインと何話してたのよ」
アイリが疑わしげな視線を向けてくる。
「まぁ、男同士で親交を深めてたんだよ」
「いいことなんだろうけど、なんか気持ち悪いわね」
今日はよく罵倒される日らしい。
問いには答えたはずだが、アイリがユウマを見つめる視線を外さない。
「どうしたんだ?」
「今日、貴方に言いくるめられるのは、これで二度目ね……」
「言いくるめとか人聞きの悪い言い方だな。俺は本心だけどな」
「だといいけど」
アイリの視線がやっとユウマから外れる。
「今日は、エリアスが外に出ちゃってるから、みんなでちゃっちゃと夕食の準備をするわよ。二人とも手伝って」
そう言って、アイリは調理器具や夕食の材料がある奥の部屋へと入る。
「二度目って何?」
隣のユラがこそっと耳打ちしてくる。
「あぁ、昼間にお前たちを見かけたんだけど、うまいこと言いくるめて会わないようにしたことを言ってるんだと思うぜ?」
もちろん、そんな事実はない。
アイリが言いたかったのは、おそらく人攫いの事件で協力体制を敷くことだと思うが、それはユラには内緒の話だ。
「ふーん? なるほどね。ちゃんと言いつけは守ってたみたいで安心した」
「人を犬みたいに言うのはやめてもらっていいかな」
二人は、軽口をたたきあいながら、奥の部屋へ入っていった。
夕食の後には、アイリから人攫い事件について話を聞くことになっている。そのことは忘れないようにしよう。




