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第21話 コラボ配信 後編

 わたしは、雫猫地下三階の「目的地」に向かって進んでいた。

 隣を歩いている遠川詩が、こそっとわたしに囁いてくる。


「(なあ、サヤ……一応、企画を考えてみたんだが)」

「(どんな?)」

「(ボクが魔物を倒して、サヤがご褒美にチューを)」

「(それもうやったことあるじゃないですか)」

「(な、なんかやばい魔物に邪魔されて、チューしてもらえてないもん!)」

「(小声なのにうるせえ。……わたしがいい企画を考えといたんで、まあ信じてくださいよ)」


 わたしの言葉に、遠川詩は唇を尖らせながらこくりと頷いた。


 それから数分ほど経って――わたしたちは、()()()()()に到着する。


〈何ここ、いちご農園!?〉

〈ただのいちごじゃなくてダンジョンいちご、略してダンチゴな〉

〈ダンチゴって美味いんだっけ〉

〈結構甘くて美味いぞ〉

〈たまにちょっと酸っぱいやつある〉

〈いちごと何が違うん?〉

〈いちごよりダンチゴの方が全体的に小さい気がする〉

〈ダンチゴ食べたい〉


 皇菜奈子が、わたしを試すような視線で見つめてくる。


「……ダンチゴの生息地ですわね。でも、ここで本当に『尊さに溢れた配信』ができるのかしら?」

「まあ、見てなさいよ。わたしたちの百合、見せつけてやりますから」


 そうして、わたしと遠川詩を映し出したダンホに向けて、わたしは「……スタート」と告げる。

 画面に「5:00」という文字が表示されて、わたしは早速側にあったダンチゴを一つ摘み取った。


「……ねえ、トワ。ダンチゴ、食べたことありますか?」

「え。いや……ないけれど。美味しいのか?」

「うん、美味しいですよ。噛むごとに、口の中に優しい甘酸っぱさが広がって、やみつきになってしまいそうな味わいです」

「そ、そうなのか……」


 遠川詩が、ごくりと喉を鳴らす。


「トワ。ダンチゴ、食べてみたいですか?」

「うん……食べてみたい」

「そうなんですね。あむっ」


 わたしは持っていたダンチゴを、口の中に放り込む。

 遠川詩が目を見張って、それからしょんぼりと目を伏せた。


〈ダンチゴ食べられちゃったwww〉

〈トワさん悲しそう〉

〈ダンチゴ食べたかったよね、よしよし〉

〈元気出してー〉


 どこかほのぼのとしたチャット欄を横目で見てから、わたしは遠川詩に笑いかける。



「――それじゃあ、()()()で、食べさせてあげますよ」



 わたしはちろりと舌を出して、その上に乗っているダンチゴを遠川詩へと見せつけた。


「え、く、口移しっ……!?」


 わかりやすく狼狽する遠川詩へ、わたしはにっと口角を上げる。


〈口移し……だと……!?〉

〈ちょっと待ったそれはえっちすぎるのでは!?〉

〈そもそもサヤトワの口同士のキスって確か初だぞ!?〉

〈えええええええええええ〉

〈い、いいんですか、それ見て!?〉

〈尊い通り越した何かになってしまうのでは!?〉

〈ヤバい企画来たwww〉

〈サヤトワも勝ちに来てて草〉


 盛り上がるチャット欄は、想定内だ。

 わたしは遠川詩へとさらに近付いて、彼女の首の後ろに手を回した。


「ほら、ダンチゴ、食べたいんでしょう? トワ」

「たっ、食べたいけれど……でも!」

「それじゃあ、わたしとキスは、したくない?」


 首を傾げるわたしに、遠川詩は耳まで真っ赤になる。


〈小悪魔サヤさんキターーーーー!〉

〈これだからサヤトワはやめられない〉

〈待ってくれドキドキが止まらないぞ〉

〈サヤトワ初見だけどハマっちゃいそう〉


「…………し、したい、けれどっ」


 小声でぼそぼそと言う遠川詩に、わたしは笑いかけた。


「それなら、一石二鳥でしょう?」

「…………で、でもぉっ」

「じゃあ、わたしとキスしなさいよ。ね、『王子様』?」

「う、うううっ……」


〈なんか見てはいけないものを見ている気がしてきた〉

〈これ無料で見ていいやつ?〉

〈有料で見たいなら課金コメント打とうぜ〉

〈はっ、その手が!〉


 わたしは目を合わせてくれない遠川詩に、少しずつ顔を近付けていく。


 そうして――後少しで、唇が触れそうになったところで。


「や、やっぱり、だめぇっ!」


 遠川詩の手が、わたしのことを軽く突き飛ばした。


〈ああああああああああ!〉

〈後ちょっとだったのにいいいいい〉

〈まさかの寸止め!?〉

〈ぐわあああああ!〉


「……く、唇のキスは、もっと大事なときに、したい……」


 小声で言う遠川詩に、わたしは心の中で密やかに笑う。



 ――これも、思い描いていたシナリオ通りだ。



 わたしは口内のダンチゴを軽く咀嚼してから飲み込んで、遠川詩にわざと冷たい視線を向ける。


「へえ……トワは、唇のキスさえできないんですね?」

「キスさえ、って……だ、だって、恥ずかしいんだもん!」

「ふうん……悪い子、ですね。悪い子にはお仕置きが必要ですよね?」

「え、お、お仕置き……?」


〈なんか流れ変わったぞ!?〉

〈お、お仕置き……だと……!?〉

〈サヤさん何するつもりなんだ!?〉

〈腹パンか……!?〉

〈バイオレンスすぎるだろwww〉


 わたしは少し涙目になっている遠川詩の()()に、そっと顔を近付ける。

 それから――皮膚を、ちゅっと強く吸った。


「あぁ、んぁ…………!」


 遠川詩から声が漏れる。気にせずに、わたしは皮膚を吸い続けた。

 数秒経ってから、唇を離して――遠川詩の首には、まるでダンチゴのような赤い痕ができている。

 わたしは自分の唇に手を当てて、微笑った。


「――はい。お仕置き、ですよ」


〈まさかのキスマーク!?!?!?!?〉

〈このカップルキスマーク付け合いすぎだろwww〉

〈え、前も付けたことあんの!?〉

〈前はトワさん→サヤさんだった〉

〈後で配信アーカイブ見とくわ、サンクス〉

〈サヤトワてえてえすぎるっ!〉

〈お仕置きキスマークはえっちすぎる〉

〈何かが、満たされた……〉


「う、うう……ちょ、ちょっと痛かった!」

「あんただって前わたしにやってきたでしょう。因果応報」

「そ、それはそうだけれどさ……!」

「まあ、痛かったのは可哀想だし……頑張ったご褒美、あげますね?」


 わたしはそう告げて、ぷちっとダンチゴを一つ摘む。

 それから、遠川詩の口元へと運んだ。


「はい、あーん」

「え!?」

「ほら、早く食べなさいよ。あーん」


 遠川詩はまた赤面してから、おずおずとダンチゴを食べる。

 ごくんと飲み込んだのを確認して、わたしは笑う。


「どうですか、美味しい?」

「……うん、甘かった。美味しい」

「ふふ、よかったです」


 わたしが微笑んで、遠川詩も微笑み返してくれたところで、五分間終了のアラームが鳴り響いた。


〈ありがとうございました……〉

〈てえてえ限界突破だった〉

〈俺、今日からサヤトワ推します……〉

〈サヤさん好きになりそう〉

〈俺はトワさんに恋しかけてる〉

〈まじで最高だった!〉

〈素晴らしい百合をありがとうございました〉

〈サヤトワ!〉

〈サヤトワ!〉

〈サヤトワ!〉

〈サヤトワ!〉

〈サヤトワ!〉


 *


「なこねこ34%……サヤトワ66%……!?」


 皇菜奈子が、投票結果を見てわなわなと震えている。

 そんな皇菜奈子の頭を、羽生音子が優しく撫でた。


〈ななこどんまい!〉

〈サヤトワがちょっと強すぎた〉

〈サヤトワの百合はなんかストーリー性があって引き込まれた〉

〈物語、だったな……〉

〈なこねこもよかったけどなー〉

〈撫でてくれるねこ優しい〉


「ふ、ボクたちの勝ちということだな」

「それじゃあ約束通り、わたしの要求を聞いてもらいますからね」


 遠川詩とわたしの言葉に、皇菜奈子はふうと息をつく。


「覚えておきなさい、庶民リスナー。では」


 ぶつっとダンホの配信を切ると、わたしたちに背を向けて爆速で駆けていった。……っておい、逃げたなあいつ!?

 追い掛けようとするわたしのパーカーの裾を、誰かが掴む。

 見ると、そこには羽生音子がいた。


「ごめん……ななこ、プライド高いから。そっとしておいて」

「いやでも……」

「要求って何? ねこが聞くよ」


 そう言って、羽生音子は少しだけ微笑んだ。

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