第16話 弓晴ユミカ
弓晴ユミカに連れられて、わたしは洒落た喫茶店へとやってきた。
店内には落ち着いた音楽が流れており、用意されている席はふかふかのソファだ。
(「まずは、ついてきてほしい」って言ってきてから、ここに着くまで何も喋りかけてこねえ……何が目的なんだ……?)
疑問に思いながら目を細めるわたしに、弓晴ユミカは丁寧な動作でメニュー表を手渡してくれる。
わたしははらりと、メニュー表を捲った。
ブラックコーヒー 3,000円
カフェラテ 4,000円
アールグレイ 4,500円
......
(た、たっけえええええええええええ!)
余りの値段に驚愕してしまう。
それから、太ももの辺りに頬杖をついてにこにこと微笑んでいる弓晴ユミカをげんなりと見た。
(まさかこいつ……ぼったくりか? まあ別に、金はあるけど……)
考え事を巡らせていると、弓晴ユミカが少しずつ頬を赤く染めていき、やがて両手に顔を埋めてしまう。
「……ああ、どうしたものかしら……」
(いや、どうしたものかしらはこっちの台詞なんだが……)
ジト目のわたしを、弓晴ユミカは指の隙間から覗く。
「……そ、そんなに見つめないでほしいわ。子どもが、できてしまいそう……」
「え、は、はあぁ!? 子どもぉ!?」
「そうよ……私とめぐめぐの、子ども。名前も考えてあるわ……『ユミカ』と『恵』から一文字ずつ取って、『ユ恵』なんて……いいと思わない?」
「ユ恵!? クソみたいな名前子どもに付けんな! あとわたしとあんたの間に子どもはできねえ!」
「ああ……めぐめぐに、こんなに罵倒されるなんて、夢のよう……身体が火照ってしょうがないわ」
弓晴ユミカは目を閉じて、パタパタと自身を右手で仰ぎ出す。
わたしは唖然とした。
(こ、こいつ……配信では清楚で優しくて美容に詳しいお姉さんとして女性人気を集めてるのに、実際は救いようのない変態じゃねえかッ!)
脳内でツッコみつつ、取り敢えず「……あの、そもそも、わたしは巡葉恵ではないんです」と告げる。
弓晴ユミカは目を開くと、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「めぐめぐじゃ、ないの……?」
「……はい」
どうせ信じてもらえないだろうなと俯いたわたしに、思いがけない言葉が降り注ぐ。
「…………まあ、そうよね」
ばっと顔を上げると、弓晴ユミカは微笑っていた。
悲しそうに、口角を歪めながら。
「薄々、気付いてはいたわ。何度も、見たもの。めぐめぐが、死んじゃうところ……」
その言葉に、わたしはきゅっと唇を噛んだ。
「……ごめんなさいね。つい、本当にめぐめぐだったら、って思ってしまったのよ。だから、こういう風に、話しかけてしまって……」
「いや……謝らないでください。全然、気にしてないので。……そういえば、わたしの学校、何でわかったんですか?」
「ああ……私の家の専属探偵に頼んだのよ」
「ん、専属探偵?」
「ええ……私の家、大きいから。専属メイドや専属執事は勿論、専属運転手や専属シェフだったり……珍しいものだと、専属殺しy……あ、うふふ、何でもないわ」
弓晴ユミカは唇の辺りに手を添えて微笑う。いや誤魔化せてないからな? やっぱこいつやべえ奴だろ関わりたくねえ帰りてえ……!
「ところで、何か頼みたいものはある……? あ、ケーキなんてどうかしら? 貴女は命の恩人だから、勿論私が奢るわ……」
わたしの気持ちなどつゆ知らず、弓晴ユミカがテーブルの上に置かれたメニュー表のページを捲る。
ショートケーキ 10,000円
ガトーショコラ 10,000円
チーズケーキ 10,000円
......
(一万円のケーキ怖すぎるよ……何使ってんの……? もしくはすげえデカい……?)
青ざめるわたしに、弓晴ユミカは「とても美味しいのよ……」と微笑んだ。
「……わ、わたしは、この美味え水で充分満足と言いますか」
「そうなの……? でも、それでは、私のこの高まった気持ちが収まらないわ……そうしたら、この十種類のケーキを全て、頼むことにしましょうか」
「十万円はエグいって! えーとじゃあガトーショコラで、ガトーショコラ!」
「一つだけでいいの……? めぐめ……じゃなかった。サヤさんったら、少食なのね……」
片方の頬に手を添えながら、弓晴ユミカが息をつく。
「ちなみに、ブラックコーヒーは飲めるかしら……?」
「ああ、まあ飲めますけど……」
「よかった……そうしたら。すみません」
弓晴ユミカは店員を呼ぶと、わたしの分の注文と、フルーツタルトとロイヤルミルクティーを頼んでくれる。
店員が去っていくと、弓晴ユミカは太ももに頬杖をつきながらわたしと目を合わせた。
「それにしても、本当にめぐめぐそっくりだわ……」
「……そうみたいですね」
わたしは少しだけ目を逸らした。
現実でも、インターネットの世界でも、わたしが巡葉恵の妹であることを明かすつもりはない。
ねえさんはとある事情から、兄弟や姉妹はいないと公言していた。
そんなねえさんが嘘つきだと見做されてしまうのが、堪らなく嫌なのだ。
「……私にとって、めぐめぐは神様なの」
弓晴ユミカは、ふいに寂しそうに告げる。
わたしは、彼女の言葉を繰り返した。
「神様……?」
「ええ……私ね、中学生の頃、病気を患ってしまったの……それで、中々学校に行けない日が続いて……そんな自分に価値を見出せなくなって、病んでいって。……そんな私を救ってくれたのが、めぐめぐなのよ」
うっとりと微笑いながら、弓晴ユミカが言う。
「めぐめぐは私に、笑顔をくれたわ……ある日ね、めぐめぐが私のコメントを読んでくれたの。『死にたいです。どうしたらいいですか?』ってコメント……そうしたらね、めぐめぐ、危険なダンジョンの中なのに、魔物を適当な魔法で薙ぎ払いながら、いっぱい話を聞いてくれたの。すごく、親身になってくれた……顔も名前も知らない、私なんかのために」
弓晴ユミカの声は、少しばかり掠れていた。
「――だから、これからもずっと、めぐめぐは私の神様なの」
そう言って、弓晴ユミカは口を閉じる。
店員の運んできたブラックコーヒーとロイヤルミルクティーが、わたしたちの前に置かれた。
弓晴ユミカは店員にお礼を言ってから、わたしの方を見ると目を見張る。
「サヤさん……どうして、涙目になっているの?」
わたしは、「……あ」と声を漏らす。
それから、パーカーの袖で涙を拭った。
「……別に、何でもないです。ちょっと、……嬉しかっただけで」
弓晴ユミカはぱちぱちと瞬きしてから、「……そうなのね」と言って、わたしにレースのハンカチを差し出してくれた。




