第15話 配信者たち
朝、高校に行く前にやることがある。
わたしは仏壇の側に置かれたねえさんの遺影を見る。遺影の中のねえさんは無邪気に笑っていた。
わたしはねえさんへと手を合わせて、目を閉じる。
(……おはよう。ねえさん)
(ようやく、見つけることができそうなの)
(しっかりと準備して、絶対に殺してみせるから、)
(――見守っていて)
少し経って、わたしはゆっくりと目を開けた。
ねえさんは笑っていた。
ずっとここにいたいという思いを振り解いて、わたしは歩き出す。床に置いていたスクールバッグを肩に掛けて、居間の机の上に無造作に置かれた千円札を掴むと、玄関へと向かった。
*
高校の昇降口に着くと、上履きの上に何かが置かれていた。
(ん……?)
怪訝に思いながら手に取ると、それは封筒のようだった。取り敢えず、開けてみることにする。
そこには……縁が赤い薔薇の絵で彩られている便箋に、眩しい金色のインクで文字が書かれたゴージャスな手紙があった。
(おいおい何だこれ……)
普通に黒色のインクで書けよ読みにくいだろと思いながら、わたしは手紙の内容に目を通していく。
『コラボダンジョン配信のお誘い
突然のお手紙、失礼致しますわ。
わたくしは二年一組の皇菜奈子と申しますわ。
同じく二年生の羽生音子と共に「なこねこ百合かっぷる」というダンジョン配信グループを結成しておりますの。
貴女が運営している「らぶらぶ♡ サヤトワカップル♡」と、このたび是非ともコラボしたく、お手紙をしたためさせていただきましたわ。
つきましては、お時間のあるときに、二年一組までいらっしゃってくださると助かりますわ。
お待ちしておりますの。
追伸 最強の百合カップルは――わたくしたちでしてよ?
皇家の令嬢 皇菜奈子』
わたしはげんなりとしつつ、ひとりごちる。
「いや別に最強の百合カップルはあんたらでいいよ……主張してこなくていいよ……」
それから令嬢(?)からの手紙を封筒に戻し、パーカーのポケットに突っ込んだ。この令嬢(?)は地雷臭がするから、関わらないでおこう――そう心に決めて、上履きに履き替えると教室を目指した。
*
頬杖をつきながら、わたしは窓の外を眺めていた。
(雨龍ダンジョンの深部には、あいつ以外の強い魔物だって沢山いるはずだ。なら――どうすれば、あいつを誘き寄せることができる?)
すっと目を細める。
(そもそも「蜜」で現れる強力な魔物は、完全にランダムなのか……? 遠川詩を不用意に危険な目に遭わせることは避けたい……何か出現には法則性があるのか? ネットで検索してみても、余り有益な情報は出てこなかったし……)
「佐山さん」
頭上に声が降り注いで、わたしはばっと顔を上げた。
そこには――遠川詩が、立っている。
クラスを見渡せば、教室の視線はこいつに集まっているようだった。わたしは眉根を寄せる。
「……あの、放課後以外にあんま喋りかけないでほしいんですけど」
「な、何故だ……!?」
ショックを受けている遠川詩に、わたしは「……目立つの嫌いなんですよ」と言って溜め息をついた。
「なるほど……気を付けるよ。ところで、その首のところの絆創膏、キャラクターもの? 可愛いね」
「てめえがキスマークとか付けるからこんなことになってるんだろうがああああああ!」
わたしは勢いよく立ち上がって遠川詩の胸ぐらを掴んだ。遠川詩は「……あっ、そ、そういうこと!? それは申し訳なかった!」とあたふたとしている。どう考えてもそういうことだろうが!
キスマークという言葉にざわつき出した教室を一通り睨み付けてから、わたしは着席する。
「……で、何かわたしに用事ですか?」
「ああ、その……ボクたち、連絡手段がないだろう? だから、DLHのアカウントとかあれば、交換できたらと思って」
DLH――ダンジョンライブハウス。
大手ダンジョン配信サイト「ダンジョンライブ」と連携しているSNSで、投稿やメッセージのやり取りが可能だ。ダンジョン配信者やリスナーの交流の場となっている。
……一応、サヤトワのもの以外にも、DLHのアカウントは持っているが。
「……DLHは、嫌です」
「ええっ……!? ボ、ボクと連絡を取るのは嫌ということか!?」
「違いますって。DLHは、って言ったでしょう? パインなら別にいいですよ」
「ほ、本当か! そうしたら、パインで繋がろう!」
ぱあっと表情を明るくする遠川詩に、わたしはパーカーのポケットに突っ込んでいたスマホを取り出した。
遠川詩のパインのアイコンは、他撮りの幸せそうな遠川詩だった。無邪気に、笑っていた。
*
放課後、わたしは思い出したようにパインを起動する。もしかしたら、遠川詩から何か届いているかもしれな――
――百八十四件のメッセージが溜まっていた。
「え、はぁっ、多っ!?」
思わずくらっとしてしまう。家族としか交換していない(しかもほぼやり取りしない)ので通知を切っていたため、気が付かなかった。
「何だよ……なんか重要な用事か?」
ひとりごちながら、わたしは遠川詩とのメッセージ画面を開く。
〈ねえ、佐山さんは犬派? 猫派?〉
〈ちなみにボクは猫派だ。佐山さんも猫っぽくて可愛いよね、ふふ〉
〈そういえば、佐山さんって何味のアイスが一番好き?〉
〈ちなみにボクはバニラアイスクリームが好きだ。今度、佐山さんと一緒に食べに行きたいな〉
〈ところで、佐山さんはどんな髪型が好き?〉
〈ちなみにボクはポニーテールなんだけれど、佐山さんのおすすめの髪型があったら、それにしようかな……〉
……そんな、「質問」と「ちなみに遠川詩の回答」が永遠に(正確には九十二パターン)繰り広げられている。
「ふう……ブロックするか」
わたしはそうひとりごちてから、遠川詩に〈うるせえ。それと次の配信はいつにしますか〉とだけ返して、スクールバッグを持って教室を出た。
*
春とも夏とも言い難い季節の温い空気を浴びながら、わたしは大きく伸びをする。
(雨龍ダンジョンに行くか……いや、無闇に探索するよりも、「そのとき」のために準備をした方が……)
「あの」
――ふわりと、花のような香りがした。
声のした方を見れば、そこにはどこかの学校の制服に身を包んだ、桜色の長髪の少女が立っている。
わたしは驚いて、目を見開いた。
「……弓晴、ユミカ……さん」
少女――ダンジョン配信者の弓晴ユミカが、わたしに向けてふわりと微笑った。
それから、わたしの右手を両手で包み込む。
「――ずっと、貴女に会いたかったの。めぐめぐ」




