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第12話 勝負の結果

災いを運ぶ水妖精(ウォーラリリー)じゃん!〉

〈配信二回連続でつええ魔物出てくるのヤバすぎ〉

〈この階層だと運が悪いとしか言いようがない〉

〈ほっぺたチューがああああああ〉

〈それどころじゃないから一旦忘れとけ!〉


 わたしはユニーク・スキルを使って逃げようとして、思い出す。


(そうだ……災いを運ぶ水妖精(ウォーラリリー)は、近くにいる探索者のユニーク・スキルを妨害する特殊な力を持っている。厄介な敵に出くわしちまったな……)


 険しい目付きをするわたしの隣で、遠川詩が口を開いた。


「だ、大丈夫だ、サヤ。君のことは、ボクが守るから……!」

「……笑わせんな。あんたには無理だから、大人しくわたしに守られてなさい」


【おねえちゃん】【あそぼう】【なにしてあそぶ?】【わたしはね、みずあそびがすき!】【だいすき!】――


 遠川詩と会話している間も、災いを運ぶ水妖精(ウォーラリリー)の言葉が頭に流れ込んでくる。幼い女の子のような口調だが、それは人間を油断させるためだ。現にわたしの〈堅牢な守護(ラプテクテ)〉で弾かれてはいるが、強力な水の嵐は未だ収まらない。その狡猾さに……苛立つ。


(……確かあいつの弱点は、草属性の魔法だ)


「……〈高性能な幻(ヒナーフルージュ)〉」


 魔法を、唱える。

 すると―― 災いを運ぶ水妖精(ウォーラリリー)が、何もないはずの場所に人間二人ほど入る大きさの分厚い水の球を展開する。けたけたと笑う災いを運ぶ水妖精(ウォーラリリー)に、わたしは口角を上げてとんと地を蹴った。


〈今のって〈高性能な幻(ヒナーフルージュ)〉……!?〉

〈まためぐめぐの得意魔法やん〉

災いを運ぶ水妖精(ウォーラリリー)にしっかり効いてるな〉

〈完全に魔物サヤさんとトワさんの幻見てるっぽい〉

〈めぐめぐー!〉


 災いを運ぶ水妖精(ウォーラリリー)の側で、わたしはダンジョン・リングに手を添える。


「〈死の蔦(ディアヴィー)〉」


 瞬間、災いを運ぶ水妖精(ウォーラリリー)の身体を突き破るように数多の蔦が生えた。舞う赤色の血に、思わず顔を顰める。

 災いを運ぶ水妖精(ウォーラリリー)は甲高い断末魔の叫びを上げて、ばたりと倒れた。すぐに、白い光の粒に包まれていく。

 わたしはふうと息をついた。


〈まさかの〈死の蔦(ディアヴィー)〉!?〉

〈もう完全にめぐめぐだって!〉

〈使う魔法がマジでめぐめぐと似通りすぎてる〉

〈巡葉恵と書いてサヤと読む〉

〈あああああとにかく無事でよかったああああ〉

〈トワさんを守ってくれてありがとう!〉

〈サヤさんのサは最強のサ!〉

〈サヤさんのサは最高のサ!〉

〈( ´・ω・)⊃(お茶の絵文字) スッ〉

〈ねぎらいの茶キターーーーー!〉


 チャット欄を見ればすごい勢いでコメントが書き込まれていて、わたしは少しだけ笑ってしまう。


「サヤーっ!」

「え、ちょ、わっ」


 なだれ込むように抱きついてきた遠川詩に、わたしはバランスを崩して倒れ込んでしまった。


「ちょっと、いきなり何するんですか……!」

「よかった……本当に、無事でよかった」


 遠川詩の声は、微かに震えていた。

 その姿が、どこか自分と重なって――気付けばわたしは、そっと彼女の頭を撫でていた。


「大丈夫ですよ……わたしは、()()()()、死にませんから」


 ……多分今、わたしはすごく、冷たい目をしている。


 憎悪に呑まれそうになる心で、ふと、頬に何か柔らかなものが触れたのがわかった。


(…………え)


 遠川詩が、わたしの頬から顔を離す。

 彼女は赤面しながら、わたしから目を逸らしていた。


〈ほっぺたチューキターーーーー!〉

〈まさかのトワさんからだ!〉

〈うおおおおおおおお〉

〈生きててよかった……〉

〈てえてえの過剰供給で死にそう〉

〈来世でもサヤトワ推すわ……〉


 わたしはチャット欄を確認すると、立ち上がってダンホに手を伸ばす。


「ああもうクソ恥ずかしいんで配信終わりです!」


 待ってとかいうコメントが見えた気がしたが、わたしは無視して配信を切った。


 *


 雫猫ダンジョンを出ると、世界は夕暮れに包まれていた。


 ……それにしても、何だかおかしい。

 上層部に最深部の魔物が出てくるなんて、本当に稀なことだ。それなのに、遠川詩との配信で二回も連続して生じている。

 わたしひとりで探索しているときには、全然起こらないのに……


 ――そこでわたしは、ある「可能性」に気付く。


「……おい、遠川さん」

「どうかしたか?」

「ダンジョン・リングのステータス、ちょっと見せてください」


 ダンジョンを出れば、ダンジョン・リングによって魔法を使うことはできなくなる(リング・ポイントによる新たな魔法習得は可能だが)。

 でも、「MP(マジック・ポイント)」「ユニーク・スキル」「特性」といった項目を確認することはできるはずだ。


「え……いいけれど、なんか照れるな……」

「こんなんで照れんな」


 わたしの言葉に遠川詩は少し唇を尖らせながら、「〈開け(オプネ)〉」と言ってダンジョン・リングを起動する。すぐに、ステータスウィンドウが表示された。

 わたしは、目を見開く。


「ま……MPが250,000!?」

「そう、だけれど……それ、すごいのか?」

「めちゃめちゃにすげえわ!」


 どれくらいすごいかと言うと、わたしはMPが2,500しかない。なので、わたしの丁度100倍のMPを持っていることになる。今まで目にした中でも耳にした中でも、ぶっちぎりの最高値だ。


(天才じゃねえか……)


 慄きながら、続いてユニーク・スキルを確認する。

 遠川詩のユニーク・スキルは、「魔力供給」だった。

 自身のMPを他者に分け与えるという、珍しいかで言えば全然珍しくないタイプのありふれたユニーク・スキルだが。


「こ、このMPでこのユニーク・スキルは、相性がよすぎる……」

「そうなのか……?」

「めちゃめちゃにそうだわ!」


 きょとんとしている遠川詩に、わたしは溜め息をついた。天才は往々にして自分を天才だと理解していないから困りものだ。


(……でも、この二つは魔物の説明にはならない。となると、やはり特性か?)


 わたしは、遠川詩の持つ特性を確認する。


 ――蜜、とだけ書かれていた。


 わたしが遠川詩の右手を借りて詳細ボタンを押すと、そこには「強力な魔物を誘き寄せる体質」と説明されていた。


(…………やっぱりか)


 わたしは目を細める。

 噂話程度に聞いたことはあったが、目にするのは初めてだ。ダンジョン探索には、非常に不向きな特性と言えるだろう。

 圧倒的なMPとそれを助けるユニーク・スキルがあったところで、ダンジョン初心者がこんな特性持ちだったら、破滅は目に見えている。強い魔法は、ダンジョンに幾度となく潜らなければ使えるようにならない。こいつは、その前に死ぬだろう。


「そういえば……佐山さん」


 俯いていたわたしは、名前を呼ばれて顔を上げる。

 見れば、遠川詩が夕陽のオレンジを浴びながら微笑んでいた。


「勝負の結果を、教えてほしい。ボクと一緒に、これからもダンジョン配信を続けてくれるか……?」


 彼女の微笑みには、確かな緊張が滲んでいた。


 答えは決まっていた。

 否定だ。

 こんな特性の奴に、ダンジョン配信を続けさせる訳にはいかない。

 こんな特性は、危ない……



 ――この特性があれば、「あいつ」のことを誘き寄せられる?



 どくんと、心臓が脈打った。

 そうだ。

 あいつと会えるかもしれない。

 ……殺せるかも、しれない。


「……佐山さん?」


 遠川詩がわたしの顔を覗き込む。

 その柔らかな眼差しに、思わず涙が出そうになった。


(やっぱり、似てる……)

(天然で、真っ直ぐで、優しくて)

(ああ……)

(……わたしは、最低な人間だ)


 きゅっと、唇を引き結んだ。


(でも)

(今度は死なせない)

(わたしが、いるから……)

(だから、大丈夫……)


 そう自分に言い聞かせながら、掠れた声で言葉を紡ぐ。


「……わたしの、負けです。カップル配信、これからも続けさせてください」


 せめて、微笑まなければならないと思った。

 泣く資格は自分にない。


「……本当か!? や、やった……!」


 嬉しそうに飛び跳ねる遠川詩の紺色のポニーテールに、きらきらと夕陽の光が瞬いた。


(……こいつの、恋心を利用して)

(復讐を、成し遂げようなんて)

(巡葉恵が聞いたら、何て思うだろう)


 そう考えながらも、わたしは先程の言葉を消せなかった。

 きゅ、と自身の手のひらに爪を食い込ませる。


(それでも、わたしは)



(――巡葉恵ねえさんを殺したあいつを、……殺したい)



『和歌ちゃんはいつも、すっごく頑張り屋さんだよ〜』


 記憶の中のねえさんは頬を掻きながら、全てを許してくれるかのように微笑んでいる。

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