81.ロフィの目的
―― 地上 本部教会 ――
~ ロフィ視点 ~
「転生者であるあなたが優秀なのは必然かもしれません。」
呼吸が止まった。心臓が一拍、遅れる。音が消える。いや、もともとこの部屋は防音結界の中だ。外界の音は遮断されている。だが今、俺の内側の音すら遠のいた。
「……何を、仰っているのですか」
自分でも驚くほどに声は平静だっだが指先は冷たい。天使様は俺を真っ直ぐに見つめている。逃げ場のない視線。
「この世界の者ではない魂。異なる理を知る思考様式。あなたは一度、死んでいる」
脳裏に、前世の断片がよぎる。近代的な都市の景色。鉄と魔術が存在しないの世界。そして、終わり。俺は誰にも言っていない。言えるはずがない。転生の記憶は、俺の最深部に封じ込めてきた。家族にも教会の誰にも、リーナにも、ドルトにも言っていない秘密。
「……なぜ、それを‥‥なぜご存じなのですか」
「神の御力です」
「……」
「神は、すべてをご存じです」
血が逆流するような感覚が全身を走る。
「すべて、ですか」
「ええ。あなたが何を考え、何を隠し、何を望んでいるのかも」
俺は立っていられなくなりそうだった。俺のの目的、誰にも語らなかった、人生の核心を知られている。
「……俺の目的も?」
「神にお会いすること。世界の真実を知ること。それがあなたの人生の目的」
背筋に冷たい刃が走る。完全に、暴かれている。
「……どうして、神がそれを覗き見るのです」
「覗く、とは?」
「他人の思考や秘密を知ることです」
俺は怒りが、胸に燃え上がり一歩、踏み出した。
「それは許されない行為です。たとえ神であろうと。他者の内面は不可侵であるべきだ」
俺は法を重んじる。秩序を重んじる。だからこそ理解できない。全能だからといって、何をしてもいいのか?
「神が人間の心を無断で知るなど……それは暴力だ」
相手が天使であっても、引くつもりはない。天使はわずかに目を細める。
「許されないのは、人間同士の話です」
「……何ですって?」
「人間は対等ではない。ゆえに、思考の侵害は罪となる」
天使の声は静かだ。
「しかし神は創造主。理そのもの。あなた方の上位存在。神には適用されません」
俺は奥歯を噛みしめた。
「理不尽だ」
「そう感じるのは、人間の視点だからです」
「神であろうと、倫理はあるはずだ」
「倫理もまた、神が定めたものです」
神は法の外にいるというのか。全ての上位にいるというのか。それでは、誰が神を裁く?誰が神の暴走を止める?俺は生きを整えながら天使に質問する。
「……ではなぜ、今それを私に告げたのです」
天使は少しだけ首を傾げる。
「あなたの考えを聞きたくて言ったわけではありません」
「では、何のために」
「神様とお会いするためです」
思考が止まった。……今、何と言った?
「神様が、あなたと会いたがっている」
脳が理解を拒否する。神が俺に会いたがっている?
「……冗談はやめてください」
自分でも驚くほど弱い声だった。
「冗談ではありません」
「あなたの存在は、神にとって興味深い」
「興味……?」
「ええ」
俺は立ち尽くした。あまりにも唐突だ。俺の人生の目的。それが今、向こうから差し出された?努力し、登り、辿り着くはずの場所が今、呼ばれている?
「……なぜ、私なのですか」
かろうじて言葉を絞り出す。
「理由を教えてください」
天使は静かに首を横に振った。
「それは申し上げられません」
「なぜ」
「神の御意志です」
「私は駒ですか」
「いいえ」
「観察対象ですか」
「いいえ」
「では何です」
「……それも、今は」
俺は神に会うためにここまで来た。教会に入り、地位を上げ、腐敗を正し、力を得た。全ては階段だった。その頂が、突然目の前に現れた。
しかし、理由を教えない?選ばれた理由も。意図も。神の思惑も。
「……理解できません」
俺は正直に言った。
「私が望んでいたことです。だが、望んだ形ではない」
自力で辿り着きたかった。対等に近づきたかった。覗かれた上で、招かれるなど望んでいない。それでは試験の答案を盗み見られた受験者のようだ。
「あなたは会いますか?」
天使が問う。拒否は可能なのか。
「拒否すれば?」
「それでも、いずれは」
逃げ道はないらしい。俺は目を閉じる。鼓動が速い。恐怖か。歓喜か。怒りか。この感情は全部だ、ゆっくりと目を開ける。天使を見据えて意思を強くして言う。
「……会います。ですが、俺は神に問います。」
「構いません」
俺は深く息を吐いた。自分の世界が、動いた。俺の知らない場所で。俺の知らない理由で。だが一つだけ確かなことがある。神は、俺を見ている。そして俺は、神を見に行く。




