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人類誕生時代に来たので、人類の支配者になる  作者: 浅霧 瀬智
第三章

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75.報告

―― 地上 本部教会 ――




~ ロフィ視点 ~




本部教会の白い回廊は、何度歩いても背筋が伸びる。空気そのものが祈りで満ちているようで、嘘を吐けば即座に神に見透かされるそんな錯覚を抱かせる場所だ。




「ロフィ、入りなさい」




扉の向こうから、穏やかで落ち着いた声がした。



「失礼いたします」



俺は一礼して部屋に入る。背後からリーナも続いた。彼女の足取りがわずかに硬いのを、俺は聞き逃さない。部屋の中央、簡素だが格の違う机の前に座っているのが、ドルト様だった。天使様の側近。教会の実務を掌握する男。人を裁く立場にありながら、表情はいつも柔らかい。




「久しぶりですね、ロフィ」

「はい。お呼びいただき光栄です」



視線を伏せ、完璧な礼を取る。



「貧民街での働き、報告はすべて目を通しています」



ドルト様は微笑んだ。



「治安の改善、炊き出しの調整、孤児の保護。どれも地味ですが、教会にとって非常に重要な仕事です。よくやってくれていますね。地味だが教会は、そういう者を高く評価する」

「……ありがとうございます」




本心からの称賛だからこそ、油断できない。



「今日は、別件があると聞きましたが?」



俺は懐から小さな魔導記録具を取り出し、机の上に置いた。



「貧民街の問題を調査する中で、看過できない事実に行き当たりました」

「ほう?」

「最近、黒骸の流通が増えています。物資、武器、そして……人」




ドルト様の視線が鋭くなる。




「裏で糸を引いている存在がいます」

「……続けなさい」




俺は懐から、宝珠を取り出した。マナを流すと、空中に映像が浮かび上がる。夜の倉庫で指名手配された犯罪組織【黒骸】の幹部。そして例の大貴族が映っている。金の受け渡し、違法物資、取引内容。一つ一つが、弁解の余地を与えない。



ドルト様の表情が、はっきりと変わった。



「……これは……大貴族が、ここまで……」



驚きは本物だ。少なくとも、知らなかった”という反応に嘘はない。



「証拠は他にもありますが、要点は以上です」



俺は宝珠を収めると部屋の空気が一段、重くなる。



「……一つ、聞かせてほしい」



ドルト様が、静かに口を開いた。



「この大貴族は、教会の権限を一部行使している形跡がある。徴税免除、裁判介入……本来、簡単に渡るものではない」




視線が、俺に向けられる。



「彼は、どのようにしてそれを手に入れた?」



ほんの一瞬だが、確実に空気が張り詰めた。



「……分かりません。貧民街での調査中、既に権限は使われていました。経路を追いましたが、教会内の正式記録には残っておらず……」




嘘は混ぜない。事実だけを、都合よく切り取る。横で、リーナが微動だにしない。呼吸すら抑えている。

ドルト様は俺の目を探るように見つめる。




「そうか……内部の不手際か、あるいは……」



ドルト様は顎に手を当て、思案したがそれ以上は言わなかった。言わなくても、答えは同じだからだ。



「だが、この証拠があれば十分だ」

「天使治安部隊を動かせる。大貴族の身柄拘束、財産没収、黒骸との関係者一斉粛清を天使様に報告して動いてもらうようにする」

「君の働きだ、ロフィ。よくやったな。これからも、教会のために力を尽くしてくれ。」




視線が、真っ直ぐに突き刺さる。



「はい……恐れ入ります」



俺は頭を下げた。内心では、静かに整理していた。教会は“自らの権威を汚した存在”を、決して許さない。権限の出所を追及すれば、必ず教会内部に火が及ぶから、追及しない。悪を粛清し、帳尻を合わせる。それが、教会だ。




「下がってよい」

「失礼いたします」



執務室を出る直前、背後から声がかかった。



「ロフィ」

「はい」

「これからも、貧民街を頼む」

「……御心のままに」



廊下を歩きながら、俺は小さく息を吐いた。隣で、リーナも同じように息を吐き、小さな声で囁く。



「……心臓に悪い」

「だが成功だ」




切り札は切った。大貴族も、黒骸も、もう逃げ場はない。





― 空中都市 中央城の内部 ー 



~ ハンティ視点 ~




天空の中央に浮かぶ城。雲を踏み台にするかのように築かれたこの場所は、人の世界から切り離された裁定の座だ。



私はその一室、円形の観測室で光の幕を眺めていた。幕に映るのは、地上の出来事。いや、正確には一人の少年の軌跡。



「……本当に、面白い子」




転生者のロフィ。大貴族の第二子にして、教会所属の少年。年齢に見合わぬ冷静さ、信仰を装った思考力、そして何より恐ろしいほどの合理性。



彼は自分がどこまで見られているかを、知らない。それでいて、まるで“見られている前提”で動いている。



「分かっていないのではなく……想定しているのね」




私は唇に指を当て、くすりと笑った。観測幕には、少し前の光景が映っている。大貴族と犯罪組織【黒骸】の密会。そのすべてを、完璧な角度で記録するロフィの姿。




「教会に証拠を持ち込めば、次に動くのが誰か……理解した上での行動」



天使治安部隊つまり、私の部隊。少年は、剣を振るわないし、魔術で殴らない。ただ“正義が最も効率よく発動する位置”に、獲物を置いただけ。



「ハンティ様」




背後から、翼の擦れる音。振り返ると、白銀の翼を持つ天使が膝をついていた。私の直属部下。治安部隊の中核。



挿絵(By みてみん)



「地上教会より、正式な粛清要請が届きました」

「対象は?」

「大貴族一族、および関係者全員。犯罪組織【黒骸】との取引、教会権限の不正使用、貧民街への加害行為」

「……ええ、分かっているわ」




視線を再び観測幕へ。そこには、ドルトが証拠を確認し、天使に報告してる瞬間が映っている。



「ロフィが望んだ通りね」



彼は口にしない。願いも、命令もしない。だが、最も動かしたい存在だけは、確実に動かす。



「本当に、人の子かしら‥‥命令を出します」



空気が変わる。天使は背筋を正し、翼を閉じた。




「天使治安部隊、第一から第三編成を投入」

「抵抗は?」

「一切許さない。対象は教会の権威を穢し、神の秩序を踏みにじった。貴族であろうと、血筋であろうと関係ない」

「屋敷は包囲。逃亡経路はすべて遮断。関係者は一人残らず確保、もしくは粛清しなさい」

「御意」




部下の声に、迷いはない。



「黒骸については?」

「レズマ数人を粛清しなさい。残りはロフィがやるでしょう。」

「粛清後、地上には“教会の裁き”として通達を?」

「ええ。だが、少年の名は出さない」



ロフィは、まだ表舞台に立つ存在ではない。部下が去り、部屋には再び静寂が戻る。私は観測幕を消し、椅子に深く腰掛けた。



「自分の手を汚さず、神の刃を振るわせる」



天使治安部隊は、神と女神の意志を執行する刃。それを“理解した上で使った”人間は、これまで一人もいなかった。



「感心するわ、ロフィ……同時に、危険でもある」



あの少年は、いずれ神と女神をも、観測し、利用するかもしれない。

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