61.授業
―― 地上 貴族邸 ――
~ ロフィ視点 ~
魔術の授業をするにあたって安全のために屋外で行う事になる。家庭教師から赤い宝石を渡される。淡く光を反射するそれは、見た目だけなら美しい工芸品にしか見えない。だが、直感が告げていた。これが、魔術の核だ。
「今日は実地だ、ロフィ」
家庭教師は淡々と言った。感情を交えない声色は、俺にとって都合がいい。余計な共感を求められることもない。
「これまで教義と理論を学んできたが、今日は実際にマナを操作する」
俺は小さく頷き、宝珠を見つめた。魔術は前世の俺なら、真っ先に否定した概念だ。だがこの世界では、否定する方が非合理らしい。
「まず、基礎から説明する」
教師は机の横に立ち、持ち出した板書用の板に図を描く。
「魔術は、マナを用いて発動する。マナとは生命に宿る資質であり、量は生まれながらに決まっている。努力で増えることはない」
その言葉に、思考が即座に反応する。固定資源。遺伝的上限。前世の世界で言えば、才能を血筋で完全に固定する思想だ。合理的ではあるが、同時に残酷でもある。
「人はマナの量によって、四つに分類される。マナを持たない者をゼマロ。農民、職人、その大半がこれだ」
俺は心の中で記録する。ゼロマナ階級は完全な非魔術者。
「次に、わずかにマナを持つ者。兵士や傭兵が多い。スカマ」
少量マナは戦闘補助程度しかできないのだろう。
「多くのマナを持つ貴族階級――レズマ」
俺は自分の胸に手を当てる。両親は国の中でも大貴族なので俺は、レズマのはずだ。
「そして、王族。極めて多くのマナを持つ存在――オーブマ」
階級は、血で決まる。努力や功績ではない。生まれで、すべてが決まる。随分と、管理しやすい社会だ。不満はない。むしろ効率的だと感じる自分がいる。公平でないが、合理的だ。感情的な反発は起きるだろうが、秩序を保つには向いている。
「だが、忘れるな」
教師は宝珠を指差した。
「マナがあっても、魔術は使えない。魔術は教会が管理する宝珠を通してのみ発動する。個人が勝手に力を振るうことは許されていない」
マナは人間に宿るが、発動の鍵は外部にある。力の根源を持たせつつ、行使は管理する。あまりにも完成された支配構造だ。
「では、ロフィ。やってみろ。レズマであるお前なら、反応はする」
俺は椅子から降り、宝珠の前に立つ。小さな手を伸ばし、宝珠に触れる。
「目を閉じろ。体内のマナを意識しろ」
従って目を閉じると、世界が一気に内側に沈む。心臓の鼓動。呼吸。血の流れ。その奥に、奇妙な感覚があった。説明はできないが、確かに“何か”がある。数値化も、物理法則への変換もできないが、感覚として認識できる。前世の俺が一度も感じたことのない、内側の密度。
「それを、宝珠に流すイメージを持て」
俺は思考を切り替える。感覚を、指先に集中させる。次の瞬間、宝珠が、淡く光った。ほんの一瞬だが、確かに光った。
「……初めてにしては上出来だ。普通は3日ぐらいかかる。」
教師が言う。だが、俺の思考は別の方向へ走っていた。マナが、動いて感じた。科学では説明できない。だが、現象としては確実だ。魔術は、存在する。疑いようがない。同時に、別の違和感が膨らむ。
なぜ、宝珠が必要なのか。
なぜ、教会だけがそれを管理しているのか。
なぜ、人は生まれで階級を固定されるのか。
これは、自然発生の文化じゃない。誰かが、意図的に設計した秩序だ。宝珠を通さなければ魔術は使えない。宝珠は教会が管理する。教会の頂点には、神と女神がいる。
俺は宝珠から手を離し、教師を見る。
「質問があります」
「許可する」
「オーブマとレズマの二人から生まれた子供は、どう分類されるのですか」
教師は一瞬だけ目を細めた。だが、すぐに淡々と答える。
「半数の確率でオーブマ、半数でレズマだ」
「……平均化されるわけではないのですね」
「されない。これはすべての組み合わせに言える。ゼマロとスカマ、スカマとレズマ、すべてだ。必ずどちらかに完全に分かれる」
俺の頭の中で、統計と社会構造が一気に繋がる。固定化された支配階級が、自然発生的に再生産される仕組み。しかも、それを「神の秩序」として正当化している。
「先生。なぜ、こういう仕組みなんですか」
教師は一瞬だけ言葉に詰まった。
「……神が定めた秩序だからだ」
予想通りの答えだ。だが、俺は内心で冷静に評価すると説明になっていない。神が定めた、という言葉は、理由ではなく停止命令だ。思考を止めるための言葉。前世の俺は、こういう言葉を嫌っていた。だが今の俺は利用価値を感じている。
この秩序は、完成度が高い。人間を管理し、暴走させず、文明を一定水準に保つ。だが同時に俺の知る地球とは、決定的に違う。
魔術。マナ。階級。神と女神。そして、俺という21世紀の記憶を持つ異物が存在する事から偶然とは思えない。宝珠を見つめながら、俺は結論を保留する。今はまだ、情報が足りない。
―― 空中都市 中央城の中庭 ――
~ツバイ視点~
中央城の中庭に吹き抜ける風は、いつもより柔らかかった。その理由は単純だ。俺の足元で、巨大な影がのびをしているからだ。
「……本当に、大きくなったな」
思わず独り言が漏れる。俺のペットいや、もはや家族と言っていいドラゴンは、初めてこの城に連れてきた頃の面影をほとんど残していなかった。名はすでに決まっている。アストラ。星を意味するその名の通り、空とマナを愛する個体だ。
鱗は深い藍色に輝き、腕に走る金色の紋様は、成長するたびに複雑さを増している。翼を広げれば城の中庭を覆い尽くすほどだが、俺の前では未だに子供のように甘える。
「きゅるる……」
幼体形態になり、喉を鳴らし、俺の指先に鼻先を押し付けてくる。その感触は温かく、マナの流れが直接伝わってくるのが分かる。
「マナ操作が、自然呼吸と同じになってきているな」
「はい。人間の魔術師より、よほど繊細です」
隣で腕を組みながら答えたのは、ハンティだった。軍人気質で、戦場では冷酷無比な彼女だが、今はアストラの角を布で磨いている。
「ほら、動くな。鱗の裏に汚れが残っている」
「きゅっ」
「……本当に、お前がそんな声を出すと調子が狂う」
文句を言いながらも、ハンティの手つきは優しい。アストラに限っては、彼女も完全に骨抜きだった。アストラは、生まれつきマナ操作ができる。だがそれは“扱える”というだけで、魔法として体系化して使う”段階には至っていない。俺は空を見上げながら、決断を口にした。
「そろそろ、無限マナを与えて魔法を取得させようか」
「訓練ですか」
「ああ。遊び半分ではなく、正式なものだ。マナを術式に落とし込み、意思で制御する。神獣として、次の段階に進ませる」
アストラは言葉を理解しているのか、首を傾げた。
「きゅ?」
「怖がる必要はない。俺とハンティがついている」
そう言って、俺はその額に手を置いた。指先から流したマナに、アストラのマナが自然と同調する。抵抗はない。むしろ、喜んで受け入れている。
「……素直すぎて、逆に心配になりますね」
「それは信頼だ。俺達を、親だと思っている」
ハンティは一瞬だけ視線を逸らした。
「……そういう言い方は、ずるい」
俺は小さく笑った。戦場で数え切れない死を見てきた女神が、ドラゴン一匹でここまで柔らかくなるのだから、命というものは不思議だ。
「まずは簡単なマナ操作からだ」
俺は中庭の端に立ち、手本として小さなマナの塊を展開した。火でも雷でもない。純粋なマナの球体。
「これは“形を保つ”という概念を学ぶための訓練だ。破壊ではない」
「きゅる!」
次の瞬間、アストラの周囲のマナがざわめいた。空気が震え、無数のマナ粒子が集まり、歪な球体が、ぷるぷると浮かび上がる。
「……一発目ですか。これは、優秀すぎませんか」
「俺のペットだからな。よくやったな。天才だ」
「きゅうう!」
中庭に、平和な声が響く。世界では今も、人間同士の争いが行われている。それでも、この城の中だけは違う。俺はアストラの頭を撫でながら、静かに思った。このドラゴンが魔法を完全に使いこなす頃。世界は、また一段階、私の想像を超えた形へ進むのだろう。
「さて、次はマナ操作の上級編だな」
「……本気ですね」
「当然だ」
ハンティがため息をつきながらも、どこか楽しそうに剣を壁に立てかける。
「分かりました。訓練でも、全力で可愛がります」
「それは訓練になるのか?」
「なります。情緒教育です」
アストラが嬉しそうに翼を広げ、空へ舞い上がる。




