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人類誕生時代に来たので、人類の支配者になる  作者: 浅霧 瀬智
第三章

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59.転生者(イラストなし)

―― 地上 貴族邸 ――


熱は、世界を壊す。それが最初の感覚だった。意識が浮上する途中、脳の奥が焼け落ちるような感触があった。思考が一度、完全に溶け、再構築される。目を開ける前に、理解してしまった。


瞼が重い。だが、確かに自分の意思で開けられる。それだけで、胸の奥が妙にざわついた。見えるのは木製の天井。歪みのある梁。布張りの天蓋。どれも記憶にないはずなのに、同時に「当然だ」と納得している自分がいる。


息を吸う。肺が、痛くない。それだけで、感動が走った。


 ――動ける。

 ――呼吸が苦しくない。

 ――心臓が、規則正しく動いている。


その瞬間、雪崩のように記憶が流れ込んできた。前世。病室。消毒液の匂い。動かない足。医療書と論文に埋もれた人生。俺は、知識欲の塊だった。動けない体で、世界を理解しようとした成人男性。病気は俺から未来を奪ったが、思考だけは奪えなかった。


次に目を覚ましたら、この体だ。幼い。5歳ぐらいの体だが、健康だ。指先に力を入れると、素直に曲がる。関節が悲鳴を上げない。それだけで、笑いそうになる。天井は見知らぬ木組みで、装飾は簡素だが古い。電灯はない。代わりに、昼間の光が小さな窓から差し込んでいる。部屋の空気は、消毒された病室とはまるで違い、木と布と人の匂いが混じっていた。


「ロフィ……?」


声がした。感情の乗った音声。距離、約一メートル。視線を動かすと、中年の男と女。服装から見て、貴族階級。装飾は控えめだが質がいい。隣に立つ少年は、俺より年上。長男だろう。


 家族、か。


彼らの表情を観察する。安堵、恐怖、喜び、罪悪感。感情が混ざり合っている。人間らしい表情をしている。


「よかった……本当に……」


母親が、俺の手を握る。体温、正常。脈拍、やや早い。泣きそうだ。


 ……面白い。


俺が生きているかどうかで、ここまで感情が動くのか。この体は、随分と価値があるらしい。


「医師も、教会も……もう、だめだと……」


父親が言葉を詰まらせる。教会、という単語に思考が反応する。教会?治療?なぜ宗教施設が医療を?違和感が、胸の奥に小さく刺さった。だが、正体が分からない。分からないものは、今は保留だ。情報収集は、体力が戻ってからでいい。


体を動かそうとすると、さすがに重い。筋力が足りない。高熱の後遺症もあるだろう。合理的判断として、今は休息が最優先だ。俺はゆっくりと目を閉じた。意識を落とす準備に入る。眠りに落ちる直前、家族の会話が耳に入る。


「教会の治療魔術が……まったく効かなかったのに……」

「ああ。それでも、こうして意識を取り戻した……」

「奇跡だ……本当に……」


声が震えている。喜びと困惑が混ざった音だ。治療魔術?また、違和感を感じた。だが、今はいい。

情報が足りない。判断には早い。この世界は、どうやら俺の知っている地球とは違う。だが、それが何を意味するかを考えるのは、もう少し先でいい。


(この体で、どこまで行けるか)


それだけを考えながら、俺は再び眠りに落ちた。



―― 空中都市 中央城の露天風呂 ――


~ ツバイ視点 ~


地上の地球では10世紀の時が流れた。湯の中に身を沈めると、肌にまとわりつく温かさと微かな硫黄の香りが、思考をわずかに鈍らせる。外の世界ではすべてが整然と動いているはずだが、ここでは時間が緩やかに溶けているように感じられた。俺は目を閉じ、熱い湯に肩まで浸かりながら、久しぶりに肉体の感覚だけを味わう。


「……はぁ」


胸の奥から深く吐息が漏れる。人間の体は、こうして温められると喜ぶのだと、改めて思う。この感覚を享受しておこう。


後ろからかすかに手の動く音がした。柔らかい手が肩を押し、筋肉をほぐしていく。メイドとして働く人間の中でも、とくに優秀な一人だ。肌に触れる感触、指先の圧、すべてが計算され尽くしているようで、俺の体は無意識に反応する。しかし、心は完全に静かだ。感情などもう必要ない。これは単なる身体的な刺激。快楽でも苦痛でもない、存在の確認に過ぎない。


「失礼します」


声と共に、空間が折り畳まれるように開き、セリアが現れた。銀の髪を揺らし、いつも通り冷静な表情だが、その瞳の奥には微かな興奮があった。それを見て、俺は悟る。


「想定外か」

「はい」


セリアは即答した。


「……聞こう」


湯の温かさで身体が緩むと、思考も少しだけ軽くなる。今の俺には感情的な反応はない。あくまで事実として受け止めるだけだ。


「転生者が誕生しました」


セリアの言葉に、一瞬だけ眉が動く。転生者つまり、人間でありながら前世の記憶を保持して生まれた存在。この世界では一度も確認されていなかった現象だ。


「……詳しく」

「魂の移行が確認された、とは言えません。そもそも、私たちは“魂”を観測できません。存在証明もできない。これは前提条件です」

「分かっている」


俺は苦笑する。神を名乗り、世界を管理し、人間に奇跡を与えているが、魂については、何一つ知らない。力はある。だが、知識は万能ではない。


「どのような特徴だ?」

「5歳の男児で、21世紀の記憶を保持している可能性があります。本人の適応は良好で、知識欲が非常に強い様子です」


湯の中で手を止め、目を閉じながら考える。21世紀の知識を持つ転生者つまり、俺たちの管理下の中世地球とはまったく異なる歴史を知る人間が生まれたということか。


「なぜ転生者が生まれたのか、そもそも原因はわかるか?」


セリアは少し目を細める。俺が聞きたいのは事実ではなく、論理の確認だ。


「現段階ではわかりません。魂の性質、前世と現世の接続経路、あるいは“転生”という現象自体が、我々の定義とは異なるのか、転生の過程……何も確定していません。ただ、この存在は意識的にこちらの世界で誕生したのではなく、自然発生の可能性があります」


「魂の証明は未だ存在しない。力を持った人間として、俺自身もその存在は感知できない。だが、この転生者が持つ記憶の精度、そして適応の早さは、異常としか言いようがない」


セリアは静かに頷く。視線は遠く、湯気の向こうの森を見つめている。


「……なら、観察と研究を進めるしかありませんね」

「そうだな」


俺は湯に肩まで浸かり、手で湯を掬い上げて水面を乱す。水の揺らぎが、頭の中の思考の波紋と重なる。


「エンリには、魂の研究と、この転生者の観察を担当させろ」

「かしこまりました。エンリに伝えます。」


「この世界は、安定している。人類は管理され、魔獣もいない。外敵もいない。争いは人間同士に限定され、教会が制御している。その均衡に、21世紀の記憶”は不要だ」

「ですが……彼は、その違和感に気づき始めています」


俺の知る限り、21世紀の地球と、この10世紀相当の地球は、根本から異なる。歴史、宗教、技術の発展、そして魔術が存在する。すべてが違う。


「彼は教会に注目しています」

「賢いな」


人間は、知りたいことがあれば、権力の中枢を見る。この世界における中枢は、間違いなく教会だ。


「彼はいずれ、我々に会おうとするでしょう」

「そうだろうな」


神である俺ですら、分からない現象。魂を知らず、転生を知らず、それでも世界を支配している。もしかすると、転生という概念そのものが、人間側の誤解なのかもしれない。


「世界は、我々の想定よりも、ずっと複雑なのかもな」


俺はそう結論づけた。転生者が生まれた理由は、まだ分からない。だが一つだけ確かなことがある。


「……面白くなってきた」

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