61 必斬のナイフと命名してやった
俺達は荒らしまくった地下から地表に出る。
すると大きな満月が目に飛び込んでくる。
入り口扉を開けると満月が真正面に見えるのだ。
ひと仕事した後だけに、清々(すがすが)しいな。
血生臭い空気から解放もされて、思わず深呼吸した。
スラム街は静まりかえっているが、静ではなく動を感じる。
今の俺は神経が研ぎ澄まされているから、そんな事まで感じ取ってしまう。
夜に動き出す闇の仕事人の活動時間だ。
周囲を警戒するが、誰もいないようだ。
俺の暴れた音は漏れていなかったのか、それともスラム街だからか、衛兵が来る様子はない。
物陰から視線を感じるが、近隣のスラム住人だろう。
何か仕掛けて来る様子はない。
それに今さら隠れても仕方ない。
魔物を連れた男なんて、直ぐに誰だか分かってしまう。
俺達は堂々と外に出て歩き出した。
まずはダナンを探すか?
いや、ダナンはターナー伯爵の側近なんだから、コップを奪ったのはやはり伯爵で間違いないだろう。
だったらもうターナー伯爵のとこ直接行くか。
「これからターナー伯爵の屋敷に向かうぞ」
するとダイ。
『屋敷に行って、その後どうするんだ』
考えてなかったな。
多分仕返しとして暴れてたとは思う。
いや、今の俺なら目に入った全員を噛み殺すか。
「レンドン子爵の側近に言われた通りに、ターナー伯爵の屋敷から何か大事そうな物でも奪うつもりだ。もしかしたら、少しだけ暴れるかもだな。少しだけだぞ」
『ライ、出来るだけ騒ぎは起こさないようにした方が良い。貴族相手で大事になると厄介だぞ』
ダイにそれを言われてしまうとは。
ダイも人間社会に慣れてきたってことか。
「ああ、そうだな。気を付けるよ」
どうも満月になると血が滾っていかんな。
冷静な判断が出来るか心配になり、一旦夜を明かす事にした。
宿の納屋を借りて馬車で一泊し、翌朝には気を取り直してターナー伯爵の屋敷を下見しに行った。
忍び込めるか確かめる為にだ。
まずは敵情視察だな。
やはり伯爵だけあって屋敷は大きい。
今になって昨晩、勢いだけで突撃しなくて良かったと思う。
この屋敷だが、これだけ大きいと忍び込んでも中で迷いそうだ。
衛兵もかなりいそうだし。
屋敷の周りをウロウロしてると、見覚えのある三人組が前方からやって来た。
勇者ハルトと神官戦士のリン、魔法使いのヒマリの三人が歩いている。
「誰かと思ったらライじゃないか!」
「うわ~、久し振り~」
「元気してた~」
向こうから声掛けてきた。
「おお、久し振りだな。しかし、こんなとこで歩いて何してるんだ?」
するとハルト。
「ターナー伯爵に会う為に来たんだけど、入り口はどこにあるか知ってるかな?」
そこで俺は思い出した。
確かハルトも、ダンジョン産のドロップアイテム拾ったんだよな。
ナイフだったか。
「ハルト達ってもしかしてだけど、ターナー伯爵に、ドロップアイテムを見せてくれとか言われてないか?」
「え? そうだけど。良く分かったな」
やはりそうか。
「多分だが、売ってくれって言ってくるぞ」
「売るのは全然構わないんだけど、これってゴミアイテムだよ」
「ゴミアイテム?」
「そうなんだ。鑑定してもらったらさ、“果物ナイフ”とか言ったかな、その名前の通り、果物しか切れないんだよ。果物だけだぞ? 魔道具の意味無しだよ」
確かにゴミだな。
だがハルトの説明を聞いているうちに、良い事を思い付いてしまった。
俺はハルトに事情を話した上で、俺の案を打ち明けた。
するとハルト。
「全然構わないよ。僕は悪い奴は許せないからね。でも貴族相手だから気を付けた方が良いよ」
やっぱこいつ、良い奴だな。
「ハルト、それにリンにヒマリ、借りが出来たな」
「なあに、気にしないでくれ」
リンとヒマリも笑顔で返す。
「いいよ、いいよ。だけど私達が魔王倒す時は手伝ってよね」
「そう、そう。その時はヨロシクね!」
返答に困るじゃねえか。
「あ、ああ、そうだな……」
しかし、やっぱり魔王を倒すつもりなんだな。
だいたい、魔王はどこにいるんだ?
勇者が出現したから確実に魔王も出現しているはずなんだがな。
噂さえ聞かない。
会いたくもないけど。
俺はそこで彼等とは別れた。
ただし帰り際に、子狼のダイがリンとヒマリに見つかり、散々モフられていた。
お陰でダイはぐったりだ。
勇者ハルト達と別れて、俺達はターナー伯爵の屋敷の正面門の前に来た。
そして堂々と門を叩いてやった。
「何だ、貴様は?」
門番が怪訝そうに俺を見る。
「ターナー伯爵に会いに来た。ドロップアイテムを見せる約束になってる」
「ちょっと待ってろ」
そう乱雑気味に言って、奥へ使いを出したようだ。
しばらくすると確認が取れたようで、屋敷内へと通される。
「先程は失礼しました。どうぞ奥へ」
俺を勇者と思っているらしく、急に態度が変わりやがったな。
ラミとハピは顔だけ見せて、魔物部分は馬車で隠して出さない様にした。
神官戦士のリンと、魔法使いのヒマリと思ってくれたらしい。
建物には俺が一人で入って行った。
応接室で待たされること半刻程。
やっとターナー伯爵が部下を連れて現れた。
そして――――
「何でお前がいる」
開口一番の台詞がこれだった。
そりゃそうだな。
勇者ハルト達が来ると思ったんだからな。
「実は勇者ハルトに頼まれてここに来たんだ。ダンジョン産のドロップアイテムを伯爵に見せに行ってくれとな」
するとターナー伯爵の表情がガラッと変わる。
「なんだ、そうか。それは遠い所済まないな。それで、その品物とはどんな物なんだ」
俺は懐からひと包みの布を取り出し、テーブルの上に置いた。
「これだ」
そう言って、俺は丁寧に布を開けていく。
すると中からは、みすぼらしい一本のナイフが出てきた。
ハルトから預かった“果物ナイフ”だ。
ただ、ハルトから受け取った時にはなかった、布が取っ手に巻かれている。
「このナイフ、“必斬のナイフ”と言う」
俺がそう言うと、何故かターナー伯爵は「おおっ」と声を上げた。
「いいね!」を押してくれている方々、非常に参考になります。
今後ともにご協力お願いします。
次の投稿は明日の昼頃の予定です。