23 人間の努力の結果を知った
魔物の支配地域を半刻ほど進んだが、狼達はいなくなる気配が全く無い。
ずっと俺達の馬車の周囲から離れないつもりらしい。
恐らく隙があれば襲って来るだろう。
さすがにこれは黙認出来ないと、ダイが立ち上がった。
『ライ、ちょっと追っ払って来る』
そう念話を送ってきたかと思ったら、荷車から飛び出した。
草の中をダイが駆け抜ける。
草で姿は見えないが、まるで静かな湖面を走る舟の様に草が波打つ。
突如その波がガサガサと動くところと交叉する。
「キャンッ」
鳴き声が響き、空中に魔物が弾き出される。
森林狼だ。
続いて二匹目が空中に弾かれる。
弾かれた森林狼は地面に落下すると、一目散に逃走して行く。
ダイめ、相手が狼だからって手加減してやがるな。
ダイの攻撃は威嚇でしかなく、相手を咥えて放り投げるか、体当たりで吹っ飛ばすだけだ。
大したダメージはない。
数匹それを繰り返した所で、森林狼の群れは諦めて退散して行くようだ。
ダイが一仕事終わって荷車に戻って来た。
荷台にヒョイッと飛び乗ると、俺の方にドヤ顔を向けてきた。
きっと何か言って欲しいのだろうな。
俺は親指を立ててそれに返答した。
するとダイは天に向かって吠える。
「ウオォ~~ン」
遠吠えだ。
俺に近付くなと言う、先程の狼に対しての宣言だ。
縄張りの主張みたいなもの。
文官のオンドラが、珍しいものを見る目で一部始終を見ていたが、魔物をあまり見たことがないようで、特に何も言ってこなかった。
逆に従者のマーカスは、怪訝な表情でダイを見ていた。
それは怪しいと思われてもしょうがない。
自分の意志で森林狼を蹴散らし、さらには戻って来たんだからな。
何も言ってこないから黙ってるか。
そして魔物の支配地域の真っ只中で、日暮れを迎えることになる。
一番警戒すべき時間帯、ここからが本番である。
まだ明るい時間帯からすでに、夜営場所を見つけて準備は進めている。
文官のオンドラは暗くなる前からビクビクしていたが、日が沈むと異常な程に神経質になった。
微風が草木を揺らせば、「魔物が出た!」と飛び上がって驚く。
俺が気を利かしてハーブティーを渡そうとすると、「ひゃあっ」と叫んで大袈裟なくらいに飛び上がり、そこらじゅうにハーブティーをぶちまけた。
ラミから「食い殺していいか?」とか、ハピからは「爪で引き裂いても良ろしいかしら」と何度も聞かれた。
その度に俺は「楽しみは最後に取って置け」と、その場しのぎで誤魔化した。
俺とマーカスは交代で夜番をすることになった。
オンドラはお貴族様だからしないんだと。
始めマーカスは俺も客人だからと夜番を一人でやろうとしていたが、さすがにそれは無理だろう。
俺が強引に交代制にした。
だいたいこっちには獣魔がいるから、やろうと思えば俺達だけでも夜番を回せる。
だが獣魔と言えども魔物は信用できないらしく、マーカスは俺が寝ている時は起きていると宣言した。
そして、無事に朝を迎えるほど魔物の支配地域は甘くはなかった。
マーカスが夜番の時だった。
ジャングルサーペントと呼ばれる大蛇が現れた。
それに気が付いたのは、夜番をやっていたマーカスとダイだ。
ダイは寝ていたにも関わらず察知したようだ。
ダイからの念話で俺も起きる。
マーカスは誰も起こそうとしない。
一人で片付ける気だ。
ダイも目覚めてはいるが、手を出さないつもりらしいな。
体を丸めたまま、視線をマーカスに向けている。
昼間の狼を追っ払うのに、ダイ一匹でやったから、今度はお前の番だと言いたげだ。
ダイはニヤニヤしながら眺めている。
ならば俺もマーカスのお手並み拝見といきますか。
マーカスがゆっくりと立ち上り、腰の長剣をスラリと抜く。
良い剣だ。
焚き火の炎に照らされて、艶やかに輝く剣身。
ジャングルサーペントが、マーカスの存在に気が付いたようだ。
首をもたげてアゴを引いた様な恰好をとる。
人間の頭くらいなら、ひと飲み出来るだろう大きさのアゴ。
その巨大な口からチロチロと舌を出す姿は、おぞましくもあり不気味でもある。
マーカスは剣を頭の上へ持っていくと、剣を横に倒す形でピタリと止める。
変わった構えだ。
少なくても俺は見たこと無い。
ジャングルサーペントが大口を開けて、マーカスに飛び掛かった。
マーカスはそれをギリギリ避けてみせる。
サーペントの頭は空を切り、何もない所でアゴを閉じた。
サーペントはマーカスを見失ったようだ。
周囲を見回すサーペント。
次の瞬間、サーペントの首がドサリと地面に落ちた。
マーカスは早い動きで体を沈め込み、サーペントのアゴ下へと移動し、奴の視界から消えて見せたのだ。
人間にしては早い動きなのは間違い無いだろうが、魔物の俺達からしたら十分追える速度。
マーカスの凄さは、瞬時にサーペントのアゴ下に逃げた判断力だ。
上に逃げたならば、追撃されていただろう。
アゴ下はサーペントの死角になる。
そこに逃げたのが正解だったな。
そのおかげで、人間の限界に近いその早さも生かす事が出来た。
そういった意味で言えば、マーカスは人間としての能力を限界まで使いきれている。
こうなるには、相当の努力を積んできたに違いない。
こんな所でくすぶっているのは勿体ない。
だが知能の低い魔物には対応出来ても、知能の高い魔物の精鋭には、どこまで通用するのか見てみたい気もする。
例えばこれから行こうとしているオーク支配地域。
基本的な身体能力が人間よりも高いオークが暮らす土地。
そこでもし戦闘になった時、マーカスはどうするか見てみたいな。
マーカスが剣を鞘に納めると、焚き火の側に戻って来た。
「起きているんだろ?」
俺の方に向かってマーカスが言ったのだ。
やはりバレていたか。
「いやあ、すまない。コッソリ戦いを見させてもらったよ」
俺が大して悪びれずに返答すると、マーカスは「いいさ」とだけ言って焚き火の前に座り込み、先程まで飲んでいたワインを再びチビチビと飲み始めた。
ハピとラミを見てみると、気持ち良さげに眠ったままだ。
ハピとラミはそういった能力に欠けるな。
タメ息をつきながらオンドラの眠る馬車に目を移すと、そこからは豪快なイビキが聞こえていた。
こいつと一緒かよ……
次回の投稿は明日の昼くらいの予想です。
昼過ぎになるかも。
追伸:
「いいね!」のお願いです。
どういった話の時が面白かったのか、読み手側の好みを知りたいのです。
面白かった話の最後には是非「いいね」ボタンをよろしくお願いします。
一話に着き一度押せます。
全部ではなく、面白かったところで押していただけると助かります。
「いいね」が貯まったら順位の発表をしたいと思います。